第一章 「旅立ち」 第十六話 「竹の皮と吾平」
「天眼 風をみる」
第一章 旅立ち
第十六話 「竹の皮と吾平」
茶店に入ると、長利は、店の女将に、茶と笹団子を注文して、
あえて、店先の長椅子に二人で腰掛けた。
長利「ここは、吾平に教えてもらったのじゃが、笹団子が美味しくての~」
お菊「あら、今、お館さま(長利の父の意)の所で奉公している吾平さんですか」
長利「うむ、そうじゃ、お菊と吾平は、何度か会うておろう」
お菊「そうですね、あの方は、良い方で、私の噂などまったく気にせず、
気さくに話していただけました」
そんな話をしていたら、名物の笹団子を店の女将が自ら持ってきた。
丁寧にお茶と笹団子を二人に手渡すと、「ごゆっくり、どうぞ」と一言添えると、
お菊は「どうも、ありがとう」と自然に声が出た。
お菊「そういえば、吾平さんは、元、きこりでしたね」
長利「うむ、そうじゃの、確かそのような事を聞いておる、なんでも、
木の上から、足を滑らせて、下に落ち、打ち所が悪く、 足の骨を
折ってしまったようじゃ、骨はくっ付いたが、あのように、びっこになって
しまっての、元のきこりは出来なくなり、長高の所で奉公
するようになったそうじゃ」
お菊「でも、吾平さんは、「木」に関しては、とても物知りだそうですよ、
木の種類やその木質、育て方など、とても詳しくて、 わざわざ遠い所
から、尋ねて来る方もいるそうです とくに、「接木」とかの技がすごいとか」
長利「接木、とな? それは、どんな技じゃ?」
お菊「詳しくは、聞いていないのですが、なんでも、種類の違う木を
くっつける技だそうです」
長利「ほ~、違う種類の木がくっつくのか! それは、初めて聞く技じゃの~」
吾平「これは、これは、長利様、お菊さん、ご機嫌でごぜ~ますだ」
と不意に声をかけられた、吾平である。
お菊「ま~、吾平さん、ちょうど、噂をしていた所なのよ」
長利「こりゃ、びっくりじゃの・・・、」と、長利も驚いている。
吾平「へ? おらの何を噂しとったので、ごぜ~ますだ?」
長利「い、いや、吾平が元、きこりであった事と、木に関して、
物知りであるという事を話しておったのじゃ」
お菊「そうよ、わざわざ、遠い所から、吾平さんの話を聞きに来るって事もね」
吾平「そったら事でごぜ~ますか、いや、お恥かしいこってごぜ~ます」
長利「それは、そうと、吾平もどうじゃ、笹団子でも、食わんか?」
吾平「へぇ~、そのつもりで、茶店に参りましたもので」
長利「そうか、わしのおごりとするので、いくらでも注文するがよいぞ、
孫娘のお千代に、お土産も注文すればよいしな」
吾平「それは、それは、ありがたいこって、それじゃ~ちょっくら、
注文してまいりやす」
そう言うと、吾平は、店の奥に向かって、自分が、
今、食べる「三皿分」とお千代のお土産の分を注文した。
長利「本当に、びっくりしたわい・・、」
長利がぼそっと言うと、お菊も小声で、「噂をすれば、なんとやらですわね」
と言って笑った。
お菊「そういえば、ここの笹団子は、お持ち帰りも出来るのですね」
とお菊が言うと、さも、自分の店のように吾平が
吾平「そうでごぜ~ますだ、 いつも孫娘のお千代に持って帰るの
でごぜ~ます ちゃんと、竹の皮で包んでくれるので、
日持ちもいたしやす」と得意げに言った
お菊「あら、竹の皮に包むと日持ちがするの? 吾平さん」
吾平「昔からの知恵でごぜ~ます
竹の皮には、物が腐るのを、遅らせる力があるので
ごぜ~ます」
長利「ほう! それも、初耳じゃな、じゃから、握り飯なども竹の皮で包むのじゃな」
吾平「その通りでごぜ~ますだ、 おらが、きこりの時は、いつも竹の皮で
包んだ、握り飯を腰につけ、木の上で、
枝打ちをしながら、握り飯をほうばったものでごぜ~ます」
長利 「ふむ、竹の皮にそのような力があるのか・・・、
そもそも、握り飯は 何故腐るのじゃろうな・・、」
吾平「そうで、ごぜ~ますな、おらは、昔から考えておったのですが、
目には見えない小さな「虫」がいて、その虫達が、握り飯を食べて
しまうのじゃ~ないかと考えておりやした
そして、その虫達が出した糞をわしらが、食べると腹を壊す
という訳でごぜ~ますな、 あ、こりゃ、失礼いたしやした
こんな所で話す事では、ごぜ~ませなんだ」
長利「そうか・・・、「糞」か・・、あ、いかん! つい口に出してしまった
じゃが、そう考えると、つじつまがあうの~、
目に見えぬ虫か・・・、ん、 これは・・・、もしかして・・、」
お菊「どうなさいました、長利様、」 お菊が考え込んでいる長利を不思議そうに見ている。
長利「ん、いや、はぐれ村の事を考えておった もしや、あやつらの病も
同じように「小さな虫」が原因であるかも知れんとな、
そうであれば、それに効く何らかの薬があるのかも知れんとな・・、
吾平や、はぐれ村の病の事は、そなたも知っておろう」
吾平「へぇ~、はぐれ村の事は、よく知っております、
おらの幼馴染もあそこにおりますだ・・・、」
長利「そうか・・、 先程の小さな虫の事じゃが、もし、はぐれ村の病も、
その目に見えぬ小さな虫の仕業だとすると、竹の皮のように、
その小さな虫を退治するような物は、ないものかの」
吾平「そうでごぜ~ますな~・・・、実は、おらもその事を考えたことが
ありやして、色々と試した事があったのでごぜ~ますが、
思うように、いきませなんだだ・・・。」
長利「そうか・・、」
吾平「ただ・・、この国には無い、南の暖かい国で、あの病に効く「木」が
あると聞いた事がごぜ~ますだ」
長利「何! そんな木があるのか!」
吾平「確かなことは、言えませんだが、あくまで、噂ですだ、おらも、
確かめようがないもので、諦めておりやしただ・・、」
長利「いい事を聞かせてくれた、諦めるのは、まだ、早いぞ・・、
うむ、希望が見えてきたの・・・、 吾平よ、いつか、お主の力を
借りる時が来るやもしれぬ、 息災でおれよ・・、」
その後、長利は、長椅子に座りながら、しばらく考え込んでいた
その様子をお菊は、わが子を見守るような目で、
何も言わず、ただ、優しく、見ていた・・・。
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