第一章 「旅立ち」 第十二話 「お菊」
「天眼 風をみる」
第一章 旅立ち
第十二話 「お菊」
龍気は帰り、長利は、自分の部屋で色々と考えていた。
いや、正確には、考えがまとまらず、気が抜けたように、ぼーっとしていた
この所 色々な事がありすぎた、 長高の謀反の事、お松さんの御懐妊、
旅立ちの事を父上に話し、そして、今日は、長末の病の事、
特に最後の長末の事が、気がかりであった。
(わしが見舞いに行けば、長末は、本当に腹を切るであろうな・・・、)
長末は、そんな男である。
外は、いつの間にか雨が降り出して、雷が鳴っている
随分前から, 雷は鳴っていたのだが、長利は、「今」ようやく気がついた。
「いつの間にか、雨が降っていたのか・・・、」 と、ぽつりと嘆いた・・・。
「爺っちゃ・・・、必ず、薬を 見つけて来るからな・・・、
まっていてくれ・・・」
そう、つぶやくと、長利は、いつの間にか、そのまま、深い眠りについていた・・・。
長利の屋敷には、身の回りの世話をする、女が居た 名前は「お菊」と言う。
年は、30過ぎで、中々の働き者である。 飯の支度や洗濯など、
一切の事は、この「お菊」一人で、まかなっている。
お菊は、所帯を持っていたが、旦那は、野良犬に噛まれた怪我が元で、
あっと言う間に亡くなってしまった。
医者が来たときは、狂ったように暴れ周り、最後は口から泡を吐いて、
痙攣して死んでしまった
その壮絶な死を目の当たりにしたお菊は、それ以来、所帯を持つ事が出来ず、
独り身である。
「独り身」の理由は他にもある 旦那の死に様を見て、心無い人が
「あれは、犬にとりつかれた」とか「いや、お菊が毒を盛った」
終いには、「お菊と一緒になると、殺される」などと、噂を立てられたのだ、
旦那を亡くした事と、そんな噂が、 お菊の耳に入った時、お菊は生きているのが、
馬鹿らしくなり いっそ、信濃の川で身投げしてやろうと、橋のたもとまで
来たときに、長利と出会ったのである。
長利は、「問いかけ」るまでもなく、お菊の様子をひと目みるなり、
「この女は、死ぬつもりじゃな」そう、気がついた。
長利はお菊に話しかけ、理由を聞くと、お菊は堰をきったように、
「泣きながら」「怒りながら」「喚きながら」長利に総てをぶつけた。
その間、長利は、「そうか、うん、なるほど、ふむ、それは、辛かったろう~、」
などと、相槌を打ちながら、お菊に総てを話させた。
総てを話した後、お菊は、「は~、お武家様、何だか、すっきりいたしました・・。」
と、晴れやかな表情となっていた。
その後、「働き口も無い」との事であったので、自分の屋敷で働かせる事
にしたのであった。
「お菊」は、就寝の時間であったが、長利の部屋の行灯の火が、いつまでも
消えずにいたので、不信に思い長利の部屋の前で声をかけた。
お菊「長利様、お菊でございますが、お休みですか?」 ・・・
返事が無い・・。
そっと襖を開けると、長利は、畳の上で、そのまま寝ていた。
「あら、ま~、こんな所で、お休みになられては、風邪を引きますよ、」
そう、言いながら、肩を揺すると、半分寝ぼけた長利が、
「うむ・・・、」と言いながら、また、眠りに付こうとする。
お菊は、仕方がないので、すぐ横に布団を敷いて、長利をゴロンと
敷き布団の上に転がし、上からかけ布団をかけた。
「こうして、見ていると、まだ、幼さが残る顔つきなのにね~、」
そう、言い残すと お菊は行灯の火を消して
長利の部屋を後にした・・・。