第一章 「旅立ち」 第十話 「不安と期待」
「天眼 風をみる」
第一章 旅立ち
第十話 「不安と期待」
「玄海」との気取らない時を 惜しみながら、長利は春風につぶやく、
長利「春風、いつもの帰り道じゃ、よろしく 頼むぞ 暮れ六つまでに
帰らねばならんからの・・」
暮れ六つまで、あと半時(1時間)程あるので、十分間に合うのであるが、
この時 長利は何故か焦っていた
夕闇が迫ってきているのも事実だが、まだ、しばらくは持つ
軽く一杯呑んでいるのも気がかりだ、だが、本当の所、旅に出ると言う事の
不安が長利を焦らせているのだ、 玄海が最後に言っていた言葉、
「生きて帰ってこい」 この言葉は、実際に 独りで旅に出たこと
があるから言える言葉である。
道中何があるかわからない 路銀は多少多めに持っていく
つもりであったが、なるべく使わないつもりであった。
基本、野宿か、どこかで一夜の宿を頼むつもりである
しかし、どこかで、寝首をかかれる事もあるかも知れないし
路銀を奪われるかもしれない 食い物にあたって、
腹を下すかも知れない 病気になっても、周りの人は知らない人
ばかりである 考えれば、きりがないが、そんな事が焦り
となっていた
ひょっとしたら 自分の考えが、まったく無謀な事なだけ
なのかもしれないそんな風にも考えていた・・。
何故か、頭の中で、亡き母の面影が、役目を終えた桜の花
のように、ちらついていた末っ子の長利の事を想い
あの世から心配しているのかも知れない・・、
「やってみるさ、 いや、やらねばならんのだ・・。」
長利は馬上でそう呟いた
春風に身を任せていたら、 いつの間にか 屋敷に着いていた。
「どう、どう~~、春風 ありがとうな、今日は、ゆっくり 休んでくれ」
そう言うと、 馬小屋に繋ぎ、首筋をポン、ポンと 軽く叩いた。
その時、春風の耳が、「ピクン!」と動いた、すでに龍気が来ていたのである
長利もすぐに気づいた
長利「龍気か、早かったな」
龍気「そうで御座いますな お館様、 何やら 胸騒ぎがいたしましてな
少々早めに はせ参じました」
長利(相変わらず、感のいいやつよの~)「ま~、わしの部屋まで来てくれぬか」
龍気「は、かしこまりました」
長利は自分の部屋に入ると、まず行灯に火をいれ
「ま~、座ろうではないか」と龍気に座布団を差し出した
「これは、ありがとうございます」 と、龍気が言うと 二人の間には
明らかに緊張の空気が流れた・・・。
長利「さて、まずはじゃな、長棟殿に子が出来たのは、聞き及んでおろう」
龍気「は、我の配下の者から知らせがありました」
長利「さすがは、早いの~ そこでじゃ、前々から わが父が、わしを長棟殿の
「養子」にさせようとしている事は、この前話した通りじゃが、その件は、
今回 長棟殿に子が出来た事で後破算となった」
長利は、以前から、父の心を見て、すでに知っていたのである
その事を龍気にも話していたのだ
龍気「そうでございますか・・、して、これからいかが いたします」
長利「うむ、旅に出る」
龍気「旅でございますか」
長利「そうじゃ、旅に出て、もっと自分を鍛えてみたいのじゃ、 それと、
いろんな人に会い いろんな考えを知り、それらを持ち帰り、
この信濃の国をもっと住みやすい、良い国にしたいと想っておる」
龍気「して、どれぐらいの期間になさいます」
長利「また、驚かんのじゃの~、ま~、話が早くてよいわ、ははは、
そうじゃな、三年のつもりじゃ」
龍気「三年でございますな、わかりました」
長利「相変わらず、なんというか・・ま~よいわ、そこでじゃな、
わしが帰った時の為に龍気にして欲しい事がある」
龍気「いかがな事でございますか?」
長利「うむ、その前にわが、小笠原家は、全国に草忍を放っておろう
その数はどれぐらいじゃ?」
「草忍」とは、様々な土地に 何年、何十年も住み着き、仕事も持ち
妻や子供も作るが、いざと言う時は、「命」(めい)を受け
様々な活動をする忍者の事である。
龍気「草忍ですか、そうでございますな、五十名程が全国に点在してございます」
長利「五十名か・・、 よいか、龍気、 わしは三年後に必ず帰って来る
その時までに その草忍達を総てこの信濃の国に連れ戻すのじゃ、
そのもの達に家族がおろう、その者も総てじゃ、一生に一度、
あるか無いかの「命」をじっと待つ事など、 人の意志を軽んじて
要る事じゃ、父には、後からわしが責を受けよう
だから、秘密裏に事を運んで欲しいのじゃ その者達には、
もっと働き甲斐のある 仕事をさせるつもりじゃ、 それと、
おそらくじゃが、もっと人手が必要と
なってくる この信濃の国でいい仕事があると草忍に伝え、
その者達の知り合いで仕事が欲しいものがおれば、そやつらも
この国に 受け入れるのじゃ、
「金」の心配なら要らんぞ、考えがあるからの 人が沢山集まれば
おのずと金もあつまるものよ」
龍気「何をなさるおつもりかは、わかりぞんぜませんが、
いか程の人手を考えておられますか?」
長利「千、いや、万の人でも足りぬであろう」
龍気「ふむ、かなり大掛かりな事でございますな・・・、判りました。
三年をかけて集められるだけ、集める手筈を整えておきまする」
長利「うむ、さすがは龍気じゃ、頼もしいの~ よし、頼んだぞ!」
龍気「は、かしこまりました しかし、お館様、 旅には、
お供を連れて行かれませんので ございましょうや」
長利「うむ、わし独りで行くつもりじゃ」
龍気「道中、何があるか、判りませんぞ、出来れば、一人でも供を
連れて行かれては、いかがでございますか」
長利「・・・、龍気よ、わしを気弱にさせんでくれ、確かに、
その事は考えておったが、それも踏まえての決断じゃ!」
龍気「む・・・、これは、大変失礼いたしました・・、固い決心を鈍らせる所で
ございましたな・・ 判りました、それでは、 ひとつ、
お約束して頂きたい。 必ず、必ず、ご無事でお帰りください
お願いいたします」
そう言うと、龍気は、深々と頭を下げた・・・。