第三章 「約束」 第二話 「大きな笑い声」
「天眼 風をみる」
第三章 「約束」
第二話 「大きな笑い声」
手紙の「送り主」は、「小太郎」からであった。
「小太郎」は、龍気らに頼まれ、「大日坊」(長政)を
影から見守る為、大日坊の後を追い一緒に旅立った
元、「忍びの里」の者である。
玄海が手紙をほどき、読み進める。
玄海「そうか・・、長政殿が帰られるか・・・、
三年・・、短いようで、長い三年であったの・・・。
さっそく皆に知らせねばいかんの。」
玄海は、懐から「犬笛」を取り出すと、大きく息を吸い
歓喜の笛を吹いた。
犬笛は、高すぎる音の為、人の耳には聴こえぬが、
「忍犬」の耳には、しっかりと届いた。
程なく、「小鉄」とその妹にあたる「桃」の二匹が
正覚寺の門を疾風のごとく、すり抜けてきた。
玄海「二匹参ったか、ちょうど良い。」
玄海は、「小鉄」を龍気のところへ、「桃」を半兵衛の
所へ向かわせた。
半兵衛の配下は、いたる処に「忍び込んでいる」
その忍びの「お頭」、半兵衛に連絡を入れれば、
ほぼ、総ての者に報せる事が出来る。
小鉄が運ぶ、龍気への手紙には、道願が居る
永光寺に集まるように書いておいた。
玄海「さて、これでよい。わしも永光寺に向かうとするか・・・。」
程なくして、龍気親子が住む長屋に、忍犬「小鉄」
が着いた。 忍犬小鉄は、長屋の前に来ると、
玄関前で「クン・クン」と鼻をならす、
中に赤子の「小五郎」の匂いしか感じられないと、
踵を返し、「安寿庵」に向かう。
「安寿庵」は長屋から、そう遠く無い処にある。
剣術を教えていた元、「道場」を改装して、
「安寿庵」の看板を掲げたのである。
その門を小鉄がくぐりぬけると、 庭先で、
「洗濯」をしていたお菊の下に駆けて来た。
お菊「ま~、小鉄、「お使い?」、どれどれ・・・。」
小鉄の頭を撫でながら、首につけている竹筒から、
玄海からの手紙を取り出す。
お菊が玄海からの手紙を読むと、みるみる顔が赤くなり、
両の目からぼろぼろと涙がこぼれた。
もちろん、「うれし涙」である。
お菊は思わず手紙を握り締め、「わっと」顔を覆う。
傍らでは、小鉄も嬉しそうに尾っぽを振っている。
小鉄は、感極まるお菊に近づき、 両手から溢れた
涙を「ペロペロ」と舐める。
お菊は、小鉄を抱きしめると、 声を殺して
感涙にむせぶ。
お菊「そうだ、こうしては、いられないわ!
小鉄、もうひとっ走りしてね」
お菊は、自分の言葉で、手紙を書くと、
小鉄の竹筒に入れ、龍気の下に走らせた。
もちろん、長政が帰って来る事と、
今晩、永光寺に集まるようにとの玄海の
言づてを書いたものである。
玄海からの手紙は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
お菊は、その足で、お鈴の下に走った。
お菊「お鈴、 長政様が帰って来ます。
今、玄海様から手紙が来ました。」
そう言いながら、お菊が安寿庵の療養所に
駆け込むと、患者の口の中を覗いていたお鈴の
顔が、一瞬、微笑んだ。
しかし、すぐに患者の口を覗き込み、それまでの
治療を続ける。
そこには、大人になったお鈴の顔があった。
仕事に対して、厳しい顔である。
お菊は、逆に娘から、その雰囲気を教わり、
はしゃいでいた自分が急に恥ずかしくなってきた。
患者の治療が一段落ついた頃、お菊とお鈴は、
もう一度、 確かめるように言葉を交わす。
二人の間に、優しい微笑が交差する・・・。
暫くすると、お鈴が言った。
お鈴「お母さん、顔・顔に墨がついているよ。」
玄海の手紙を握り締め、うれし涙に濡れた手で
顔を覆ったものだから、顔中に墨がついていたのだ。
手鏡を見たお菊は、おもわず吹き出し、
安寿庵の療養所に、大きな笑い声がこだました・・・。
「長政が、旅から帰って来る。」
この報せは、長政と繋がりのある者に、
瞬く間に広がり、
町中が正月を迎えたような感じに包まれた。
しかし、その報せは、同時に、小笠原家にも
通じる事となる。
屋敷の中で、その報せを聞いた、「長棟」は、
道中の暗殺に失敗したことに気づき、
思い出したように、殺意の炎を再燃
させるのであった。