和風花伝
百合奈は夜道を歩いていた。
少し長い着物の裾を軽くあげ、光る蝶々の明かりを頼りにキョロキョロしながら。
「魅薔薇御姉様ったら、なんて絵が下手なんでしょう!」
片手に持った手書きの地図はとても雑で地図と呼べる代物ではなかった。
ムッと一瞬頬を膨らせ、ため息をつく。
魅薔薇を責めても仕方ない。これはいつもの事。きちんと自分で調べなかったのがいけないのだ。
並ぶ長屋も、時々現れる大きな屋敷も、話に聞いている建物とは程遠い。
再びため息をつき、百合奈は地図を懐に直して顔を上げた。
もう、こうなったら誰かに聞くしかない。
百合奈は出来るだけ歳の近い人を探し、話し掛けた。
「あの。道をお訊きしたいのですが。」
「えぇ。構いませんよ。」
紅い着物に黒髪を高く結い上げた、綺麗な容姿のその人はふっと微笑んだ。
親切なその態度に百合奈はこれはついていると思った。
「貴方。何処へ行きたいの?」
優しい人はおっとりと尋ねた。
「はい。」
百合奈は直した地図を取り出して、かろうじて読める文字を読み上げた。
「蕀の…夕波亭?だと思います。」
すると優しい人はクスクスと綺麗な声で笑って言った。
「と思うって、可笑しな人。」
そしてニッコリ微笑む。
「夕波亭ならうちにことよ。」
やはり今日の百合奈はついている。