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龍の哭くとき  作者: 風吹流霞
第壱章
9/21

8.満天下


「ラジオが深夜0時をお伝えします」


黒塗りのイヤホンから流れる女性アナウンサーの時報。

応接間にある時代ものの柱時計の針が12時を知らせていた。

この柱時計は、季和の祖父の時代から此処に鎮座しているらしい。

彼女はゆっくりと立ち上がる。着替えはとっくに済ませている。


白衣に赤い袴――


巫女装束と見間違えそうだが、実際には巫女の袴は緋袴ひのはかまと呼ばれる三つ折タイプ。

季和が着用している袴は、死んだ母が成人式のためにと仕立ててくれた女袴おんなばかまと呼ばれる袴だった。

FM放送局は一日の放送が終了し、「ザァーザァー」という雑音だけがイヤホンから流れてくる。

彼女はウォークマンの電源を落とし、イヤホンを外した。

ラジオや音楽を聴くのは好きだ。こうやって、いつも任務に向かう夜、時間つぶしによく聞いている。

草履に足を通し、玄関口に置いてある土鈴をいつものように白衣の懐に入れた。

同じ箇所に呪術用のお札を数枚忍ばせてある。

ウォークマンを土鈴が置いてあった場所にそっと置いて、そろりと社務所を抜け出した。


うわ・・・、星、綺麗・・・


外に出た季和を待ち受けていたのは満天の星空だった。

天空の中心である中天には、北極星が瞬く。

中天に近い場所に柄杓形をした星座、北斗七星、カシオペア座が鎮座していた。

どちらも北極星を見つけるのに重要な意味を持つ星座である。

5月の星空は春の星座と夏の星座が混在している。

一部の春の星座は、天空と言う舞台に幕を下ろし、彼らの代わりに夏の星座の一部が舞台へ上がってきていた。

季和は星空も好きだ。

何も考えずに夜空を見上げるのもいいが、星というのは占いでも重要な存在でもある。

術者の家系として生まれ、自信も術者である彼女は、自然と星を見上げ占うという、星見という技術を会得しようとしていた。

といっても、まだ若輩なので深い意味を読むのはまだ難しい。


明日は晴れそうだ・・・


彼女は笑顔になる。5月は晴れ日が多いのだが、任務時が晴れと雨ではテンションも雲泥の差が出る。

テンションを侮る無かれ、そのテンションの上がり下がりは任務時の効率の良さにも関わってくる。


出来るのであれば、4日間、晴れますように・・・


夜空に手を合わせる。神頼みだとしても、気分は違う。

いつもの習慣通り、神社の二体の狛犬たちに「行ってきます」と挨拶し、彼女は鳥居をくぐった。

今日いく場所は比較的近場なので、徒歩で向かうつもりである。

ざっと計算をしてみると、およそ、徒歩で20分程度。

作業にかかれるのは0時30分過ぎというところだろう。

彼女はペンライト型の懐中電灯を取り出す。

街灯はあるが、結界のある場所全てに街灯があるわけではないのでこれも必需品だった。

神社付近も少し暗いので、いつも坂を下る時には懐中電灯を使う。

いつものように、懐中電灯のスイッチを入れた。懐中電灯の小さな明かりが暗闇を照らし出す。

その中にいつもとは違う光景を見出し、彼女は首をかしげた。


「明良・・・?」


思わず疑問調になってしまったのも仕方が無い。

ペンライトの明かりに照らし出された明良は、ばつが悪そうに茶色い髪を掻いている。

彼の服装は私服ではなく、白衣こそ季和と同じだが、浅葱色の袴を穿いていた。

腰に愛用の木刀を佩いている。


「・・・呼んで・・・ない・・・よ・・・?」

「うん、呼ばれてないな・・・」


思わず口に出た言葉を、明良はあくびれもせずに鸚鵡返しで切り返した。

「どうして・・・?」と彼女は怪訝そうに眉をひそめる。


「親父に無理やり・・・」


ああと彼女は一人合点する。あの人ならやりかねない。

秀麗な見た目に反し、いざとなったら有無を言わさぬ迫力がある。

さすがは宮家の当主ということか。

彼に逆らえるのは恐らく、妻である春香と季和の父親、季直ぐらいだろう。


「それに危険・・・なんだろう・・・?」


明良の茶色い瞳は真剣そのもので、その真摯な瞳に見つめられ、彼女は「うーん」としばし考える。


「・・・危険といえば・・・危険かな・・・」


彼女の相手は膨大なエネルギーを秘める龍脈。

いまだ謎の多い龍脈の結界を一時とはいえ外す、それは予想も付かないこと。

最悪の事態も想定しなければならない。

そう思えば、実は季和の役目は常に危険と隣り合わせだったということに気付いた。

普段は大人しい龍脈を観ていたから、それに気付かなかった。

「ならっ!」と意気込む明良を、「待って」と彼女は制止する。


「明良、今日、部活出た?」


「もちろん!」と彼は晴れやかに応えた。そんな彼の晴れやかな笑みに彼女は爆弾を落とす。


「寝れなくなるかもよ?」


「え?」と明良の顔がこわばった。

今でこそ慣れたが、守護者になった当初は結界の張り方から何から初めてで、大層難儀した覚えがある。

その時は、ほんの小さな綻びでさえ、補強するのに時間がかかり、結局帰宅できたのは空が白みだした明け方近くだった。それから寝る暇も無く、朝食、登校という日々がしばらく続いた。本当にその時は部活もバイトもしていなかったことが僥倖とも思えたほどである。今回は普段よりも少し大掛かりである。その分時間がかかる。邪魔が入れば朝までの長丁場も考えられるのだ。


「徹夜はきついよ・・・?」


彼女自身は下校してからすぐに仮眠を取るようにしているので、明け方までの長丁場も余裕でこなせる。しかし、部活に出たのであれば、だいぶ疲れているはずの明良はどうだろうか、耐えられるであろうか。

万が一、戦闘があった時に、睡魔に襲われたら危険極まりない。

「なるほど、そういうことか」と明良はこわばっていた表情を解き、納得したように何回も頷いた。

その様子に季和は瞠目する。

「いや、部活終わって家に帰って寝てたら、普通はお袋が怒るのにさ、今回だけはまったく関与しなくて不思議に思ってたんだよ」

最初から深夜、自分を送り出すつもりで徹夜を見越して仮眠を取らせたと考えられなくも無い。

季和はがっくりと肩を落とした。一之宮家夫妻そろっての策略だ。

明継だけでも手ごわいのに、春香までもが加わったら勝てる気がしない。

あの夫婦は、ある意味各務最強なのだ。

しかし、彼らの策略におぼろげながらも気付いた明良もまた大物なのかもしれない。

「仕方ないなぁ・・・」と彼女は肩をすくめた。

これだけ条件が揃ってしまえば同行を許可しないわけにはいかなかった。

一之宮家夫妻の策略にまんまとはまってしまったことは少し悔しいけれど。

きりがいいところできりました。

今年の投稿はこれが最後です。皆さんよいお年を。

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