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龍の哭くとき  作者: 風吹流霞
第壱章
8/21

7.想


宮神社の社務所の玄関はそれなりに大きい。

神社という建物柄、祭りになれば氏子数人が社務所に待機するので、靴を脱ぐ時、団子になって靴を脱ぐなんて事態が起こらないようにするためだ。


「親父たちはどこに居ると思う?」


そんな風に明良が聞いてきたのは、幼い頃出入りしていた彼でも、社務所の全てを知っているわけではないからだろう。

まして、彼が四之宮家に出入りしていた頃より10年近くもたっているから、多少様変わりもある。

「応接間か父さんの私室か・・・」

季和は考える。

父の私室は畳4畳ほど、あくまで私室であって人を呼ぶには適した部屋とはいえない。

せいぜい3人が限度、それもぎゅうぎゅうで狭苦しい中、重要な会議が出来るとは思えなかった。

これが季直と明継2人だけでの会議なら、後者も考えられるが、今回は明良もいる。

となれば、前者の可能性が高い。


「応接間かな・・・」


社務所には氏子さん達が待機できる広い部屋があり、障子で区切ることもできる。

応接間に関しては、10年ぐらい前から様変わりは無いので、明良でもすぐ解るだろう。

その言葉を聴いて、「わかった」と彼は頷き、一足先に応接間へと走っていった。

一目散に走り出した明良の後姿を眺め、季和は肩をすくめる。


「真実は逃げないのに・・・」


自身も応接間に向かって歩き出した。

一足先に応接間に向かった明良に次いで、彼女は応接間の障子を開ける。


「季ちゃん、おかえり」


明るく笑顔を振り向くのは明良の父親、明継だ。

「た、ただいま・・・」

見慣れているとはいえ、美形の笑顔は心臓に悪い。応接間に入りぴったりと障子を閉める。

恐らく、これから話される事実は、他に洩れてはならないことだ。

季和は、父親、季直の隣に腰を下ろした。一足先に向かった明良は明継の隣に座っていた。

父親達の周辺には、年代物の古文書が数枚ばらまかれている。

神官見習いであり、龍脈の守護者たる彼女は多少、旧文字に詳しい。

簡単なものなら彼女も解読可能だったが、古文書に書かれている文字はあまりに難解であった。

これは、解読は難しい。

宮家の当主たる明継と季直はこの古文書を解読できるすべを会得しているのだろう。

そうでなければ、彼らの前に古文書が散らばっているはずが無い。

「父さん、これ・・・」

古文書を指差した彼女に、「ああ・・・」と季直は頷いて、予想通りの答えを口にする。

「宮家が代々継いできた、龍脈の資料だよ」

不明なことが多すぎる龍脈だが、宮家の先祖たちは何もしなかったわけではなかった。

彼らは数多くの推測、検証を経て、それらをまとめ、書物に纏めた。

それを代々、宮家は引き継いできた。その貴重な資料群は、現在、今回のような事例に活用されている。


「季ちゃん、これを見てくれないか?」


と明継が、季和に見せたのは古地図の一種。地図上のあちこちに×印が記されていた。


「多分、季ちゃんには理解できると思うけど・・・」


じっくりとその古地図を眺めた彼女は、こっくりと頷く。


間違いない――


「龍脈の封印・・・」

その通りと明継は笑った。

多少、地形などは変わっているが、それは間違いなく彼女が毎夜、巡回している龍脈の封印がある場所だった。

この古地図が示すのは、今ある封印がかなり昔から存在していたということに他ならない。

「昔の各務ってこんな地形だったのか・・・」

明良が感心したように、古地図を覗き込む。紙の質からして、戦前のように思えた。

和紙は、現代の紙と違って100年以上も残ると言われている。

「まあ、この時代から大震災や洪水、台風やらで地形が変わってしまった場所もあるけどね」

明継の言葉に、季和は再び古地図に視線を落とした。

今では川になっている場所に集落や田畑が描かれているのを発見した。

恐らく、その時代からこの古地図は大切に保管され、伝えられてきたのだ。

それは、この各務を守るための資料となることを知っていたからだろう。

「次はこれだね」と明継が次に季和に見せたのは、前と同じような古地図であったが、何やら古めかしい文字が地図上に墨で記されていた。

「ええと、なになに・・・」

季和はその古地図の文字に見入る。これぐらいの文字なら彼女も解読できる。


「明治元年、年の瀬、大風あり。民家数件が屋根を飛ばされるなど被害あり。

事前に龍脈の封印を解いたことに関係あるのだろうか。」


古地図の随所にそういった記述が記されていた。

「この龍脈の封印を解いたら、こういった被害が出たというメモみたいなものか」

うーむと明良は腕を組む。季和は別の場所に記されていた文字を解読しようと試みた。

「明治5年、水無月、鉄砲水発生。川辺で遊んでいた子供ら数人が溺死した。予測できず、幼い命が失われ、自分の不甲斐なさが残念でならない」

衝撃的な内容だ。後半の文字には悔しさがにじみ出ているようで、少し筆が乱れていた。

「これは当時の守護者が記したものでしょうか・・・」

ぽつりと呟いた彼女の目の前に一冊の和綴じの本が置かれた。

顔を上げると、そこには明継の綺麗な顔があった。

「これは・・・?」

「明治初期の一之宮当主の日記、季ちゃん、読めるかい?」

と言われ、季和は和綴じの本を手に取った。日に当たったからなのか、少し表紙が茶色く変色している。

明治というと約100年以上前のものだが、保存状態がかなりいい。

とても百年前のものとは思えなかった。

一之宮家で代々、丁寧に保存されてきた所以だろう。

貴重な文献の表紙を破かないように、汚さないようにと細心の注意を払って捲る。

和紙一面にびっしりと書き込まれた文字達。さすがにこれだけの文字を解読するのは難しかった。

何とか読めそうな文字を見つけ、それらを組み合わせて、日記の内容を解読していく。

「ん・・・?」

何とか解読していく中で、その文字達にどこか既知感を覚えた。

それはある一文を目にして、確信に至った。先程まで読んでいた古文書に目を向ける。


間違いない・・・!この日記を書いた人物は、古文書に文字を記した人物と同一人物だ・・・!


彼女が確信に至った経緯は、日記に古文書に記された一文と同じ一文のものが記されていたからだった。

些細な違いはあるものの、記されている内容は全く同じものであるし、何より筆跡が類似している。

既知感の正体は氷解したのだが、それとは別の疑問で、彼女は違和感に頭を悩ますことになった。


どうして、一之宮家当主が守護者を・・・?


基本的に一之宮家当主は守護者候補から外される。

本来なら明良の守人でさえ、考えられないことなのだ。

二之宮家は断絶しているし、三之宮家にも人選に適う相手がいなかったため、仕方なく一之宮家の明良が選ばれたに過ぎない。

疑問に感じながらも、日記を読み進めていくと疑問は氷解した。


ああ、なるほどね、立候補したのね・・・


日記には彼の、守護者としてのなみなみならぬ決意、誇り、プライドが克明に記されていた。

この文章のところは筆跡が力強い。

守護者としてなみなみならぬ決意、誇り、プライドを持っていたからこそ、子供の命が奪われたというのは、衝撃的であったのだろう。

古文書と日記を交互に眺めながら、彼女は口を開いた。

「素人考えだけど、意見出してもいいかな・・・」

「勿論、と言うより、季ちゃんは当事者なんだから、口を出して当然の権利があるよ?」

明継はにこにこと笑いながら、先を促した。

「封印を外すのは比較的被害のなさそうな封印を4つ」

彼女は左手の指を4本立てる。「ほう・・・?」と明継の目が興味深そうに細められる。

「その心は?」

「簡単に言えば東西南北、ひとつずつ封印を解くことで封印を解かれた龍脈のエネルギーを分散できる」

龍脈のエネルギーはひとつ解くだけでも膨大だ。近くの封印を解く事でそれらが合流してしまうとさらに強大なエネルギーが発生する。それは避けたかった。だから、町の東西南北の封印を各一つずつ解くことを提案したのである。

「そうすると、一日で廻るのは無理そうだね」

季和は頷く。

「元々4日かけて行いたいと思っていたから」

いくら、遠いといっても、エネルギーが合流しないとは限らない。

一日置くことで、完全とは言いがたいが、エネルギーが合流するリスクを極力下げたい。

「うん、僕らも同じ考え」と明継は季直に視線を移すと、彼もこっくりと頷いた。

「やっぱり親子だね、季直も季ちゃんと同じ意見を持っていたからね」

「父さんが・・・?」

うんうんと頷く彼に、季和は驚いて目を見張る。

視線を移せば、父親はばつが悪そうに眼を背けて、退出した。


「何だかんだいって、季ちゃんは一人娘だし、危険な目に合わせたくないのがあいつの本音だろうよ」


父親の後姿を眺めながら、明継がぽつりと呟いた言葉が季和の耳朶に響いた。

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