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龍の哭くとき  作者: 風吹流霞
第壱章
6/21

5.花紅柳緑

月をまたいで、五月。

連休が終われば、さすがの新一年生も落ち着いてきたようである。

ある者は4月の体験入部を経て入った部活に、ある者はバイトに精を出している。

季和は、部活もバイトもしていない。

どちらも一度はやってみたいという気持ちはあるが、決して器用ではない自分は、守護者の役目に支障がない程度にというのは難しいだろう。

守護者の役目を負ってから、この役目ひとつだけに絞り、邁進していた。

むしろ、守護者の役目がちょっとしたバイトである。

運動部の威勢の良い掛け声を聞きながら、帰宅の徒についた。

高校から商店街までの道は普通に道路で車も通れるが、商店街から神社に向かう道は農道で車一台が通ればいいほどの細い道だ。

農道の脇には石楠花が、薄桃色の花を咲かせていた。


5割咲きかな・・・


満開になる石楠花の薄紅色の花を思い浮かべ、思わず笑みがこぼれる。

先日、町を突風が襲った。

龍脈を抱く各務の町民はそれぐらいでは慌てない。

「ああ、竜神さんがご機嫌斜めね」ぐらいで、のんびりしたものである。

しかし、それが何回も続くとなれば、宮家が過敏になる。


これは、ガス抜きが必要かな・・・


季和は眉をひそめた。

膨大なエネルギーを秘める龍脈は、時に守護者の結界を上回るほどのエネルギーを溜め込むことがある。

そのエネルギーを封じるために、新たな結界を張ることも可能だが、前以上の強い結界を張らねばならなかった。

こういうことは結構あるため、そのたびに強力な結界を張ることになるが、それは術者にとってかなり負担を強いることになる。

その負担を強いられるのは、主に龍脈の守護者であり、現在、その任務を請け負っている自分なのだ。

任務とあらばやらざるをえないが、それで倒れてしまっては任務も全うできない。

それならば、逆にその溜まり続けたエネルギーを開放してやり、最小限の結界で済ますことができれば万々歳。術者の負担も軽い。

しかし、問題はいかに住民に被害が及ばないようにエネルギーを開放してやるかである。

ご存知の通り、龍脈のエネルギーは莫大だ。色々な現象に関与している。

たまりにたまったエネルギー全てを開放すれば、この各務が崩壊してしまうぐらいの威力を持っている。

そんなものを町に放てば、住民はひとたまりも無いだろう。

問題は結界を一旦解き、エネルギーを放出する場所とその数。そして、その龍脈開放の間、ここぞとばかりに龍脈を狙ってくる霊たちから、龍脈を守ることだった。

エネルギーを放出することに成功したとしても、霊たちに龍脈を奪われてしまっては意味が無いのだ。

龍脈は開放する場所によって、現象は千差万別。開放してみなければわからない。

この龍脈開放は歴代守護者と宮家の相談によって決定される。

近々、その話し合いの場が設けられるだろう。

その話し合いのために、現守護者である自分は、解くであろう龍脈の結界を見繕っておく必要性がある。

季和が龍脈開放を体験するのはこれが初めてだった。


これからが大変だ・・・


季和は初夏らしい青空を仰いだ。

ぽつぽつと花を咲かせる石楠花の薄桃色のトンネルを抜ければ、季和の実家宮神社に辿り着く。

何故か、農道は季節それぞれの花が咲く。

誰か、手入れでもしているのだろうか。

目の前に石造りの鳥居が見えてきた。幼い頃から自分を見送り迎えてくれた二体の狛犬。

彼女にはその表情が笑っているかのように見えるのだ。


宮神社の建立は江戸時代初期といわれているので、比較的新しいほうなのかもしれない。

しかし、神社建立の前にも別の神社が建っていたらしいので、土地自体はそれなりに古いのだろう。

祭神は高淤加美神たかおかみのかみ思兼神おもいかねの合祀。

高淤加美神は京都貴船の貴船神社の祭神であり、祈雨、止雨、灌漑の神として有名である。

淤加美神の別字、龗は龍の古語であることから、高淤加美神は龍神ではないかと思う。

高淤加美神を祭る貴船神社は他にも、縁結び、縁切り、呪詛で有名である。

平安時代、丑の刻参りといった呪詛が流行った。これは謡曲「鉄輪かなわ」に詳しい。

しかし、丑の刻に貴船神社に参るというのは祈願の仕方のひとつであり、それを呪詛と結び付けてしまったため、呪詛の神として有名になっただけで、本来は呪術の神であったのかもしれない。

なぜならば、水は呪術ときってもきれない間柄だからだ。

現に貴船神社がある貴船は水に恵まれた土地である。

同様に高淤加美神を祭る宮神社も水に恵まれた土地だった。

それを証明するのが、先祖代々四之宮家が守り、呪術に使ってきた古井戸。

この古井戸は、旱魃でも枯れたことが無いといわれる井戸で、季和もまたこの古井戸に霊的な力を感じていた。

この霊力を秘める古井戸もまた、龍脈の封印のひとつである。

霊力の高い古井戸の水は、呪術にも使えるが、町の人いわく、飲みやすくおいしいらしい。

境内にあるとはいえ、古井戸は四之宮の財産ではないので、所望する人には無料で提供する。

さすがに、一回に持って帰られる上限は決めているが・・・。


思兼神は智慧の神様として有名である。

アマテラスが天岩戸に閉じこもってしまった際、知恵を授けたのもこの神といわれている。

学問の神様でもあるから、正月などは受験を控えた受験生がよく参拝にやってくる。


神社の本宮は春日造りと呼ばれる建築様式で、右側に榊の木、左側に橘の木。

周囲は桜、梅、桃の三種の木々が取り囲んでいる。

桜が満開になる頃には、町民が集まって神社境内で花見を楽しむので、神社をしばらく夜間開放する。

6月になると、境内の梅の木が黄色い実をつける。

その実を梅干にしたり、梅酒にしてみたりするのが父、季直の趣味だった。

その季節になると、社務所内が梅のすっぱい匂いに充満されることになり、季和は唾液との戦いを強いられる。

現在、5月なので、あと一ヶ月もすればその戦いを今年も繰り広げなければならない。


恐ろしい戦いだぜ・・・


去年の凄まじい攻防を思い出し、彼女はごくりと唾を飲み込む。

彼女は鳥居をくぐり、慣れ親しんだ神域へと足を踏み込んだ。

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