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龍の哭くとき  作者: 風吹流霞
第壱章
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3.桜日和


季和が通う高校は、家から歩いて20分ほどのところにある。

宮神社は少し小高い丘の上にあるので、その丘を下り、そこからまた高校へ行くのに坂を上らなければならなかった。

小さい頃からの慣れで、坂を上ったり下ったりに関しては、ほぼ問題が無い。

校舎に入る前には、桜の巨木がそびえている。

新学期の際には薄桃色の花びらを満開にさせていたが、いまや葉桜だ。

この桜の巨木は、学校建設の前からそびえていたという話がある。

彼女は側に人が居ないことを確かめると、桜の木に駆け寄った。

ざらりとした木の幹に触れる。


良かった、結界の綻びは無い・・・


この桜の木も龍脈を守る結界のひとつである。

こうやって毎日、学校へ行く際に確認が出来るので、夜中の巡回からは外している場所だ。

健全な高校生である季和は通常時、寝ているはずの1時、2時あたりに行動するのは酷で、ひとつでも、見回りの量を減らしたいと思うのは普通の心理だろう。

この高校で語り継がれる七不思議も、龍脈の影響を受けた心霊たちが活発化しているために起きる現象だ。

こつんと彼女は桜の木に額をくっつけ、眼を閉じる。


ごめんね、結界の依り代になんかして・・・


ふわりと葉桜が揺れた。「気にするな」と言われているようだった。

普通、植物に自我はないが、長い年月を経た生き物には自我が宿る時がある。

これを付喪神つくもがみと呼ぶ。

実際には九十九神つくもがみというのが本来に近いようである。

九十九は百にひとつ足らない、つまり、神になれない、そして、ヒトでもない。

そういった意味がある。この桜も一種の九十九神なのだ。

季和は「桜花さん」と呼んでいる。不安定なものは、名前をつけると安定するものだ。

自我を持った頃の桜花さんは、今より全然不安定だったので、彼女が名前をつけて安定させた。

今の桜花さんは、時折、花びらや葉桜を桜の木にいる人に落とすといった小さなかわいい悪戯をするぐらいで、特に問題行動は起こしていない。

季和は名残惜しそうに、桜の木からはなれた。

二年の教室に入り、窓際の自分の席に腰を下ろす。ここは桜の木がよく見える場所だ。

桜の木を眺めていると、ぽつりぽつりと生徒達がやってくる。

お互いに挨拶を交わすが、季和には気付かない。

元々、学校では目立たぬように気配を隠しているので、教師すら存在を忘れることもあるらしい。

その存在感のなさを利用して、あぶれそうな科目には参加していない。あぶれれば、注目されるからだ。

担任が入ってきて、朝のHRが始まる。

教師の声を聞き流していると、1限目開始のチャイムが鳴った。

いくら気配を隠しているとはいえ、授業はちゃんと受けるし、成績も中ぐらいで頑張っている。


朝の授業を終えると、勢いよく走り出す生徒。

この高校は購買、学食が揃っているが、弁当持参の生徒が多い。

生徒は各自、机をくっつけて、友達と食べる用意をしている。

季和も弁当持ちだが、そういった友達は皆無に等しい。

彼女は弁当の入った鞄を手に、教室を後にした。向かう先は屋上だ。


良かった、開いている・・・!


時々、屋上に向かう扉が閉まっていることがある。

閉まっていた場合、弁当を食べる場所に困る。

いつも、心中開いてますようにと祈りつつ、屋上に向かうのだ。

扉を開けると、初夏のさわやかな風が通り過ぎる。見上げれば透き通った青空が広がっていた。


「夏が近いな・・・」


季和は思わず呟いた。こういった感覚は日本人であるからこその感覚かもしれない。

人の居ない屋上は、学校で彼女が素をさらけ出す唯一の場所でもあった。

目が付きにくい端に移動し、弁当を広げる。弁当は父の手作りで、無駄に豪華だ。


「・・・こんなに食べられるわけがないよ・・・」


彼女は「はあ」とため息をついた。

せっかく作ってもらったのが、食べきれる自信が無い。

好物のだしまき玉子を一切れ、口に入れた。

相変わらず、父のだしまき玉子は季和の好みに合わせてあって、絶品だ。


ゆさりと葉桜が揺れたような気がした。


えっ・・・?


弁当を床において、陰から出ると屋上に1人の女生徒が立っていた。

校章から見るに2学年。その姿はとても危うい。今にも飛び降りそうな・・・。


まずい・・・!


季和の頭に警鐘が鳴り響く。

この屋上は、結界を施してある桜の真上に当たる。


自殺されたら、その血で結界が穢れてしまう・・・!


それは穢れた存在を結界付近に招き寄せてしまう。

彼女はそこまでは考えていないのかもしれないが、守護者としては非常に困る。

季和は思わず飛び出した。今にも飛び降りそうな女生徒を抱え込む。

しかし、


「くっ・・・!!」


女性とは思えぬ力で抵抗され、跳ね飛ばされた。


もしや、これは、霊が操っている・・・?


目を凝らせば、確かに着物姿の女の亡霊が視えた。

女生徒は、季和を認めるとにたりっと笑った。その笑みは背後に視える女の亡霊の笑みと同じだった。


払うしかないのか・・・!


逡巡している間に、女生徒はフェンスを越え、身を宙に躍らせた。

女の亡霊が勝ち誇ったような笑みを浮かべた気がした。


「この地の力の分はこちらにある!」


彼女は叫んだ。自我を持つ彼女の名を・・・。


「桜花さん・・・!!」


しゃなりと葉桜が揺れた。

了承したという承諾の返事だったのか、身を躍らせた女生徒は桜の枝に引っかかっていた。

亡霊が「まさか」という表情を浮かべていた。


ちりん――


鈴の音に亡霊は、音のした方角へ視線を移した。

鈴の音色の正体は、季和のキーホルダーだった。


「天神地祇――」


彼女の朗々とした声が祝詞を紡ぐ。

ちりんちりんと澄んだ音を響かせる鈴を手に、亡霊へと一歩ずつ歩みを進める。

一歩進むごとに、亡霊が一歩後退する。

恐らく、女生徒を操ることは出来ないはずだ。女生徒は既に桜花さんの手の中。

桜花さんの清浄な気に対し、亡霊はそうやすやすと近づけないはずなのだ。


「はらいきよめたまえ――」


季和は朗々と祝詞を結んだ。女の亡霊は青空に透けるように消えた。

本職の鈴は学校に持ってこれないので、どうしようかと逡巡の末、キーホルダーについていた鈴を代用したのであるが、どうやら、キーホルダーの鈴でも効果はあったらしいと彼女は、安堵した。

鈴の音色は悪霊を祓う効果があると聞かされて、幼い頃、狙われやすかった彼女に父親が渡した事から始まっている。

何故か、季和は鈴の付いたキーホルダーやストラップを好むのだが、それはそのあたりの深層心理が働いている結果なのかもしれない。

屋上から覗くと、下は騒然となっていた。

飛び降りを目撃したらしい生徒達が集まってきていた。


後で桜花さんに礼を言っておこう。


彼女は踵を返し、屋上を後にした。

午後の授業は、飛び降りのことでもちきりになり、授業にならなかった結果、自習になったことは言うまでも無かった。

年を経た植物は、霊力を持つため、結界の要にされています。

今回登場した桜花おうかさんの他にも、梅の木の梅香うめかさん、桃の木の桃子ももこさんが、季和が名付け親の九十九神さんです。

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