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龍の哭くとき  作者: 風吹流霞
第壱章
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2.日常

亡霊を追い払い、結界張りなおし、帰路に着く。

家にたどり着いた時には既に、東の空が白みかけていた。

服を着替えて、季和は布団にもぐりこむ。


今日は、早く終わってよかった・・・


彼女は安堵する。ひどい時は結界の張りなおしが、夜明けまでかかるときもあるのだ。

布団に包まれ、まどろむ僅かな時間、僅かであっても朝の睡眠は嬉しいものだった。

まどろむこと数時間、ご飯の炊けるいい匂いで彼女は覚醒を促された。

幼いときに母をなくし、守護者として忙しかった父の代わりに、朝食を作るのは季和の役目だった。

といっても、小さかったので簡単に作れる洋食中心だったが・・・。

引退した今は、父自らが進んで家事を行っている。現在、四之宮家は父の影響で朝食はご飯派である。

制服に着替えて、布団を畳んでいると、部屋に近付いてくる足音に気付いた。


「お父さんかな・・・」


彼女の呟きに応えるように、父、季直の「朝ごはんできたぞー!」の声が部屋の外から聞こえてきた。

「はーい、今行くよ、お父さん!」と返事を返し、彼女は部屋を出て、居間に向かった。

今に足を踏み入れた彼女は、その鳶色の瞳を丸くした。


「な、何で、宮様がここにっ!?」


四之宮の居間で、沢庵をつつき、味噌汁をする一之宮家当主、一之宮明継を見て、季和は絶句する。

四つの宮家の最上位の人間を見れば、最低位の四之宮家の彼女が仰天するのも無理は無い。

しかも、その宮様が、四之宮家で自分達と同じ食事を取っている、

これは彼女にとって卒倒しかねない事態である。

当の本人は、台所から出てきた父に味噌汁のお替りを頼み、父も文句を言わず実行している。


「何を突っ立て居るのかな、ときちゃん。早くご飯食べないと学校遅れるよ?」


宮様は季和のことを「ときちゃん」と呼ぶ。

季和の名前は、漢字を見れば女の子らしいが、「ときわ」は女の子らしくないということで、わざわざちゃんづけをしているのだ。

その声に促され、時計を見れば確かに悠長にご飯を食べている時間は少ない。

慌てて、彼女は腰を下ろすと、「いただきます」と手を合わせた。

宮様、一之宮明継は、確か父と同年代であるが、高校生ぐらい息子がいるような年齢にはまったく見えないぐらいに若々しい。

絹のような光沢のある艶やかな黒髪を肩に流し、切れ長の黒曜石のような双眸には知性的で、思慮深さも見受けられる。

若い頃の宮様の写真を見せてもらった時があるが、写真でもわかるような美青年。

加えて、年を取ってからはその美貌に円熟味があわさり、えもいわれぬ渋さをかもし出している。

はっきり言って、宮様は女性すらうらやましがるほどの美形である。

幸いながら、宮様は既婚者であり、既婚者を狙うほどの勇者はこの各務にはいない。

むしろ、気をつけなければならないのが、季和の父親、季直だ。

父は無骨で実直、例えれば古きよき日本の侍のような気質の持ち主である。

宮様のように美形ではないが、無骨なりの優しさ、たまに見せる笑顔が素敵な人物だ。

季和は彼の時折見せる笑顔が大好きだった。

実直さというのは、時に美形よりも好印象を与えるものらしい。

そんなわけで、父は近所のおばちゃんたちのアイドルと化していた。

本日の朝ご飯の献立は、炊きたての真っ白なご飯にわかめの味噌汁、ほうれん草のおひたし、沢庵、出し巻き卵、ご丁寧に味付け海苔までついている。

季和は味噌汁をすすってから、出し巻き卵を口に入れた。

口に入れた瞬間、ふわりとだし汁の芳醇な味が広がる。

彼女は、父親が作ってくれる出し巻き卵が大好きだ。

そんな表情が顔に出ていたのだろうか。


「ときちゃんは、本当に好きだね、出し巻き卵」


宮様がにこにこしていた。「放っておいてください」と、彼女は二切れ目を放り込む。

「そういえば今朝はいつもより帰還が遅かったみたいだね」

思わず顔を上げた彼女は、季直と目が合った。


気付いていたのか・・・


こっそりと戻ったつもりだったが、明け方でも父は気付いていたらしい。

どうやら、実力共に四之宮の当主である季直を騙すのは当分難しいのかもしれない。

実力者たちの無言の圧力に抗えるほど、季和は強くも図太くも無い。

実際、秘密にするような話でもない。

逆に、話しても実にならない話で、彼らの耳に入れるまでもないと彼女は判断したのだ。

「たいしたこと無いですよ、馬鹿が結界の近くで騒いでいただけです」

ほうれん草のおひたしの小鉢を手にした季和の口調は辛辣そのもの。

「なるほど」と宮様はそれだけで察したようだった。

心霊スポット、馬鹿というキーワードが出ればおのずと答えははじき出される。

「またか・・・。これから暑くなってくるし、増えるな・・・」

迷惑と思いながらも、止めないのは彼ら、都会の馬鹿が町にもたらす利潤を無視できないからだ。

宮様も複雑な心境なのだろう。

「ときちゃん、ごめんね、これからまた、ときちゃんの手煩わせることになりそうだけど」

「問題ありません。それが守護者の役割ですし」

彼女はきっぱりと言い放った。守護者の役割なら、守護者である自分の役割だ。

先代であり、尊敬している父の名を汚さないように。

残った味噌汁を流し込み、彼女は「ご馳走様」と箸を置いた。

季和の大好物は出し巻き卵です。特に甘くないのが絶品らしい。

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