15.使者
思えば、"それ"は幼い頃より共にいた。
周囲の大人が視えない、"それ"を幼い高井は目の端でとらえ続けていた。
いびつで奇妙、異形ともいえる"それ"に興味を持ったり、時には恐怖した。
ちょっかいをかけられることもあったが、視えない大人たちに相談してもあしらわれるだけというのは、
1回相談してわかっていたことなので、相談はできなかった。
そのうち、それが、視えているからだと気付くと、すぐに解決策は見つかった。
そう、"無視"すればいいのだ。
最初の頃は慣れず、ちらちらと"それ"に視線をやってしまったこともあったが、慣れは怖いもので、すぐに"それ"を無視することに成功する。
以後、ちょっかいをかけられることはなくなった。
「警官になったのは、まあ、行っていた大学の募集がたまたま目に入りまして――」
目の前にいる当主二人に、自分の生い立ちを話さなければならないなんて、どんな苦行だ。
先ほどから二人の表情に変化はない。これが相槌でもあればまた違ったであろうが・・・。
圧迫面接だ――
高井は泣きたくなった。
大学の面接でもアルバイトの面接でも警察官面接でもここまでの圧迫面接ではなかったはずだ。
二人の当主の眼が「それで?」と話の続きを促している。
土御門神道本庁に入ったのは、単に大学時代の友人が馬鹿やって霊ひっつけたせいだ。
ひっついて取れない霊を祓うのをお願いしたら、土御門神道本庁を紹介されたのだ。
実はその霊というのが質の悪い奴で、友人の中で核となって次々に質の悪い霊を引き寄せていたのだ。
その影響で友人に近しい友人たちにも影響がでており、その友人たちもまとめて祓うことになったのだが、なぜか自分だけは影響が出ていなかった。
「まあ、そこで視えることがばれまして」
それならと色々叩き込まれて今に至る。
視える以上、色々と知っていたほうが自衛もできるからだろう。
「とはいえ、俺の本職は警官で、土御門神道本庁の仕事は副業みたいなものですね」
公務員である警察官は副業を認められていないが、ボランティアは許可されている。
「あちらの仕事は、時々ボランティアで参加しています。交通費ぐらいはもらってますが」
あくまで本職は警官を強調する。
そんな折、各務に転勤を言い渡された。
上司である高崎曰く、"それ"に寛容な人物が各務には集うらしい。
もしかしたら、土御門神道本庁の介入もあったかもしれないが、それは推測でしかない。
あの組織は決して表には出ない。出てはならないのだ。
「それからは俺がこっちにきて勝手に調べて――」
四之宮家当主の顔が驚愕に満ちている。
「土御門神道本庁からの情報ではないと?」
静かにそれでいて重い一言が発される。
その鳶色の瞳は澄んでいて、何もかも見通されるような鋭さを秘めている。
やはり、親子なのだろう。その瞳は娘の四之宮季和によく似ていた。
「ないない」と彼は手を振る。
「あの組織は俺に情報を与えることはしないですから。間違っていたら間違っていたで速攻俺を回収しにきますよ」
高井は苦笑する。まあ、それだけ自分を買っているということなのだろう。
その気配がないので、恐らく土御門神道本庁が自分に下した命令は間違っていない。
「龍脈の守護者については土御門神道本庁の情報で、多少の情報はありましたからね」
ならば、各務の宮家が怪しいと判断し、情報を集めていた。
「まあ、宮様方には薄々気付かれていた気がします・・・、はい」
「なんとなく怪しいと思って、注視はしていましたよ」
一之宮家当主がくすりと笑う。
「自力で龍脈にたどり着いたのは見事ですね」
「いや~、あれは俺には無理ですね」
思い出すのは、龍脈の守護者である彼女を追って洞へ入った時、洞で渦巻く力の奔流。
あの力は肌で感じ取ってはじめてわかる。力を持つ高井でさえ、ぞくりと背筋に寒気が走った。
現龍脈の守護者が力不足だと思えば、自分が龍脈の守護者を代わりに執行する、そう命じられたのだと思った。
しかし、あれは自分では手に負えない。
あの龍脈の力は宮家の蓄積された知識と経験測が必要だと思い知らされた。
では、龍脈の守護者を守る守り人。これはまだ自分でも代わりになれるのではと思ったのだ。
「それでうちの明良はどうですか?」
くすくすと明継が笑う。わかっているはずなのにこうやって促すのは意地が悪い。
「悪くないですね」と高井は肩をすくめる。
身体能力は悪くない。剣術に関してはこれから研鑽を積めばいい。
若いのだから、まだまだ伸びしろがある。何より――
「脅威への勘の鋭さ――」
にっと高井は笑う。守護者を守る上で一番重要なものが備わっている。
いきなり現れた高井に対して、警戒感を露わにしていた。
すぐに怪しいと判断したのだろう。その判断は悪くない。
高井は応接間の奥を見やる。
龍脈の守護者とその守り人は仲良く奥で熟睡している。
あの後ヘロヘロになって戻ってきた二人は、玄関口でそのまま突っ伏して寝ようとした。
それを見かねて、明継の妻春香が部屋を用意する間に、応接間で突っ伏して熟睡し始めたのである。
年頃の男女のくせに、色気のないこと・・・
せめて風邪をひかないようにと、かけられた毛布をかぶって熟睡中である。
高井氏の話。土御門神道本庁はそこまで甘くねぇよという話。