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龍の哭くとき  作者: 風吹流霞
第壱章
14/21

13.天泣


往路同様、沈黙で町を歩いた。

もっとも、往路と違い、気まずさではなく、疲労のためだ。

軽く戦闘をこなした二人は、疲労困憊だった。

宮神社で解散した2人は、帰宅後、着替えもそぞろに、布団にもぐりこんだ。


翌朝、天空を走る稲光と轟く雷鳴で季和は飛び起きた。

ざあーという音とともに、大粒の雨が曇天の空から零れ落ちてきた。

雨足は次第に強くなり、屋根をしたたかに叩きつける雷雨となった。

5月には珍しい大雨で、これが龍脈の力の影響かと彼女は感慨深げに外を眺める。

枕元に置いてある置時計に目を向ければ、起床時間より10分ほど早かった。

寝直すにも、目が覚めてしまったのでは寝れそうにもない。

いつもより10分ほど早い起床となった。

家を出る頃には、雨は小康状態となり、小糠雨こぬかあめとも呼ばれる細い雨に変わっていた。

予報ではこの雨は今日いっぱい降るらしい。

夜中まで待ってみて止まなければ、今夜はお休みにしよう、そう思案しながら彼女は登校した。

朝から降り続いた小糠雨は、夜九時ごろには止んだ。


宮神社の境内は砂利ではなく、黄土色の土が剥き出しになっている。

花崗岩が風化して砂状になった土壌で、真砂土まさどと呼ばれている。

かつて、花崗岩の一大産地であったこの地に、これほど相応しいものはないだろう。

真砂土は敷き詰めれば、徐々に固まる傾向にある。

真砂土は、風化する前の花崗岩の状態によって、様々な差が生じるのだが、総体的な特徴としては、水はけ、水もち、保肥力が良い半面、粘土分が多いものは通気性や水はけが悪い。

宮神社の土壌は、真砂土でも粘土成分を多く含む土壌だ。

ひとたび雨が降れば、境内のあちこちで水たまりが形成され、水が抜けにくいので、いつまでも地面はどろどろしている。

通気性も悪いので、植物生成には向かない。

境内には梅や桜、榊を植生しているが、一段高めに盛り土をし、石で囲んだのち、粘土質の低い真砂土を敷き詰めている。

朝から降り続いた雨の影響で、境内のあちこちに案の定、水溜りが出来ていた。

とはいえ、雨が上がったのは夜九時と数時間前。その数時間で状況は好転していた。

ぬかるんではいるが歩けるまでに回復している。

いつも通り、家を出ると石造りの鳥居の陰に佇む明良を見つけた。


「行くの?」

「・・・ああ」


季和の質問に短い肯定の返事。彼の同行について、彼女は言及しないことにした。

昨夜、説明もした。本人自ら危険性も体験した。

それを踏まえたうえで、判断するのは彼自身である。

彼自身が自分で判断を下し、この場所にいるのであれば、自分は何も言うまい。

守護者である季和は、その特異性から戦う術をほとんど持たない。

昨夜のように、龍脈の力を狙う異形が現れれば苦戦を強いられるに違いない。

そのときに、異形たちと相対できる彼の存在は非常に有り難い。

彼の意思で同行してくれるのであれば、頼れる存在でもある。

今夜は雲が月を隠していて、薄暗い。ペンライトを点灯させる。

見れば、明良も同様な行動をしていた。

昨夜同様、沈黙したまま、目的地に向かう。

昨夜との違いは、龍脈の解放があっけなく終了したことだった。


翌日は旋風つむじかぜ

幸いにも被害は軽微で、死者も怪我人も出なかったのは幸運だったのかもしれない。

突風によって破損したガラスなどを片付ける商店街の人々を横目に、季和は帰宅した。

三日目も無事に解放は終了。

そのまま、何事もなく終了したかと思えば、そうは問屋が下ろさなかった。

昼頃、学校の屋上にいた季和の耳にこだまするサイレンの音。

屋上のフェンス越しに見えたのは南に向かって走り去る消防車数台。

消防車の行く先を見やれば微かに立ち上る煙。


「龍脈に手を出した以上、やはり無事には済ませられないか」


ふうと季和は嘆息をついた。

帰宅した彼女を待っていた報告は、昨夜解放した龍脈付近の山火事だった。

数日前に降っていた雨の影響もあってか、延焼は免れたが、二日目の風が吹いていれば大惨事になるところだった。

果たして、自分が解放した順番はあっていたのかと不安になる。

間違いであったとしても、軽微で済んでいるのは天の采配か、それとも龍脈が手加減しているのか。

守護者でも、龍脈のことはほとんどわからないことだらけ。

ただ確実にいえることは、今夜、最後の龍脈解放に向けて準備をすること、自分に出来るのはそれだけだ。


龍脈解放四日目。

最後の封印地は少し遠いので、早めに家を出たのだが、途中で明継さんの車に拾われた。

彼自身も今回の地が徒歩では遠すぎることを把握していたらしい。

明良が携帯を所持しているので、終了後連絡を取れば迎えに来てくれるようだ。

ちなみに、季和は携帯を持っていない。

宮神社は幸いにも「出る」場所ではないが、どうにも電気系統と相性が良くない。

家電はまだ大丈夫なのだが、通常電話でも繋がりにくいのだ。

そんな状態なのだから、自分が携帯を持っていても役に立たないと割り切っている。

目的地まで送ってもらい、「頑張ってね」と女性顔負けの美貌でにっこり微笑まれた。

その笑顔に、明良が渋い顔をしていたのが印象的だった。

やはり、女性顔負けの美貌の親を持つというのは、大変なんだろうなと思った。


私のところは、比較的穏やかだし・・・。


季和の父親も割合、美男の範疇だろう。

ただ、明継とは系統が異なるため、一般受けはしない。

実直でストイック、無骨という言葉がしっくりくる人物である。

しかし、季和はそんな父親が大好きなのである。

内容的に言えば、ものの10分足らずで解放は終了した。

「終わった~」と安堵し、父親に連絡を取ろうと、携帯を取り出した明良の顔がこわばった。

季和もすぐにその理由を察する。

月明かりに照らされた地面に、影が映りこんでいた。

殺気を感じないのか、明良の木刀は腰に刺さったままだが、それでもいつでも抜けるように警戒だけはしている。

幸い、今夜は月夜。ペンライトが無くても普通に歩けるぐらい、足元は明るかった。


「・・・た、高井・・・さ・・・ん・・・?」


明良の驚いた声に、彼女は目を丸くして、影の正体を注視した。

ここ一年で見慣れたスーツ姿、黒髪、黒瞳、平凡といえば平凡な顔つき、しいて言えば、愛嬌のある顔立ちが特徴で、各務町警察署勤務の警官。


「どうして、ここに・・・?」


湧き上る疑問。此処が龍脈の封印の場所であることは関係者、つまりは各務の宮家以外は知りえない。

むしろ、知られてはならないのだ。


「何か、あったんですか?」


パトカーのサイレンは鳴っていないが、何か事件らしいことがあれば、警官である彼は出動するわけで、その途中で自分達は出くわしたのだろうか。

それならば、まだ誤魔かしは利く。むしろ、誤魔化されてくださいと彼女は願う。

「大丈夫ですよ、明継さんが迎えに来てくれますから」

季和はにっこりと笑った。2人とも格好が格好なので、職務質問でもされたら困る。

ここは早急に退散するのが良策だろう。

「ね?」と明良に賛同を得ようとしたが、彼は視線を高井に固定したままで動かない。


「・・・お前、何者だ・・・」


ぼそりと呟かれた明良の声音は、明らかに剣呑さをはらんでいた。

どうしたのだろうかと季和は驚きで目を見開く。

何故、明良は、高井に対して剣呑さをはらんだ声を出すのか・・・。

彼は中央から派遣された警官で、自分達を脅かす存在ではないのに・・・。

逆に自分達を守る存在ではないか?

おろおろと明良と高井を交互に見やる。


「さすがに、守人は騙せないか・・・」


高井がにっと笑った。その瞬間、朴訥ぼくとつとした青年の印象ががらりと変わった。

思わず、札に手が伸びる。同時に、明良が木刀を構えた。

守人の存在もまた、宮家以外には知られていない。

その名前を知っているということは、明らかに、「そちら」関係の人だ。

「生憎、俺は仮面を見破るのが得意でね・・・」

一之宮という由緒正しい家柄に加え、母親似の美形とくれば、群がる人間も多い。

貼り付けられた笑顔の裏に隠れる計算や打算。

それに幼い頃から晒されてきた者として、それは培われたスキルだった。

「それは、守人としての能力もあるのかな・・・?」

くすりと笑った高井に、明良は特に否定しなかった。

培われたもともとのスキルもさることながら、守人になってからは特に鋭くなったような気がする。

全般的に勘が鋭くなったといえばいいのか・・・。

守護者である季和は、どちらかというと霊的な勘が鋭くなったようであるが・・・。

彼の鋭くなった勘は、人からも守護者を守るためのものなのかもしれない。

普段ならいざ知らず、守護者と同行している時は、その研ぎ澄まされた勘が異常に働く。

その勘がこの警官に対し、警告を発していた。

その警告に従い、よくよく考えてみれば彼があやしいことに気付く。


何故、パトカーで来ていない?

事件が起こったのならば、パトカーで移動するはず。そのパトカーがどこにも停車していない。


何故、ひとりなのだ?

基本、警察官は2人ないし3人で行動するのが常だ。

各務署の刑事課は数人しかいなくても、交通課や安全課などをあわせればそれなりの人数になる。

それなのに、この男はひとりでいた。最後に、


何故、この場所を知っている・・・!?


宮家の一員である明良でさえ、この場所を知らなかった。

龍脈の封印を全て把握しているのは、守護者である季和とその父親ぐらいだろう。

一之宮当主ですら、全てを把握しているかどうか怪しい。知らないのであればただひとつ。


「・・・俺達を尾行けたな・・・」


明良は怪訝そうに目を細めた。それは、確証に近い推論だった。

尾行ける・・・?」と季和が驚いて目を丸くしている。警官にとって尾行はお手の物だ。

つけられていたのは、自分かそれとも、季和か・・・、恐らく後者だろう。くすくすと高井が笑った。

「案外、守人は頭が切れる人物のようだね・・・」

これは予想外と肩をすくめる。しかし、態度は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)そのもの。

それは、最初に口に出した「守人」という言葉にも表れていた。

ほとんど知られていない言葉を口に出せば、誰だって気色ばむ。それを敢えてやったのだ。

「本当は様子を見て、反応を見るだけだったけど、気が変わった」

にやりと笑った高井から、殺気が溢れる。彼は懐から数枚の呪符を取り出した。

「術者か・・・」

「言っておくけど、俺は強いよ?」

自身ありげな笑みを浮かべる彼の言葉は本気だろう。殺気を自由に操ることができるのは実力者だ。

「わかっている」と明良は頷く。

「理解していて立ち向かうと?」

「そういう時もある」

高井の目的がまったくわからないのだ。目的が読めない。

季和は物事の真理を見抜く優れた才を持つが、困惑している今、それを望むわけにはいかない。

「お前の目的が何なのか、聞き出さないといけないから」

木刀を構える明良の心は研ぎ澄まされていく。「ふうん」と高井は鼻を鳴らすと、


「それじゃあ、遠慮なく行くよ?守人と龍脈の守護者――」


その言葉は、別の意味で明良の背中に戦慄を走らせた。


こいつ、龍脈を狙っているのか・・・!?


季和の目が剣呑さを帯びてくる。彼女は龍脈を狙う相手には容赦が無い。

否、守護者という役割はそういうものなのだ。明良は木刀を構えなおした。

雲はないはずなのに、空から水滴が滴り落ちてくる。


「どこかで雨が降っているのかな・・・」


近くで雨が降っているとそれが流れて、晴れていても雨が降ることがある。

季和は、一瞬、空を見上げた。天泣てんきゅうと呼ばれるその現象は、


「まるで、天が泣いているようだね」


果たして、天は何を思って泣いているのだろうか・・・。

プロット段階でこうなることは決めてました。

各務は空想の地方都市ですが、モデルはP4の八十稲葉だったりする・・・。

だから、彼の印象があだっちーっぽくなっています・・・。

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