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龍の哭くとき  作者: 風吹流霞
第壱章
12/21

11.鍔鳴り


薄暗い洞は、光源に乏しい。

ペンライトの光は、歩くには十分だが、儀式を行うほどの明るさは無い。

備え付けのろうそく立ての蝋燭に火をつけると、ぼんやりと広間が照らし出された。

蝋燭の明かりが揺れる広間は、どこか幻想的である。

次に、季和が取り出したのは、一本のペットボトル。たぷんとペットボトルの水面が揺れた。

「それは?」と明良は尋ねる。

神社から同行してきたが、その際、自販機で彼女がペットボトルを購入する処は見なかったし、またその時間も無かったはずだ。

となれば、彼女が自宅から持ってきたと考えるのが筋だろう。


「星井戸の水」


と彼女はあっさり応えた。

星井戸は宮神社にある古井戸の事である。筒井筒の誤解を受ける原因にもなった場所だ。

各務町は、町全体で少なからず龍脈の恩恵を受けているのだが、特に宮神社はその傾向が強い。

その中でも、とりわけ影響を受けているのが星井戸だった。

星井戸はどんな旱魃の際にも枯れたことが無かったという霊験あらたかな井戸である。

星井戸は宮神社の境内にあるが、この星井戸だけに祭神がまた別に存在している。

祝詞に登場する、祓戸女神はらえど瀬織津比売せおりつひめである。

この女神は水神であると同時に、祝詞では罪ケガレを祓う役目を担っている。

そんな女神を祭っている星井戸の水は、穢れを祓う水として神事に利用され、住民達に愛されてきた。

宮神社には、遺品として古い羅盤が残されていることから、かつて先人たちはこの場所で何らかの占いを試みたのであろう。

その全容は、失われて久しい。

そんな穢れを祓う清めの水である星井戸の水は、儀式に使うにはもってこいだ。

「ああ、星井戸ね・・・」と明良は遠い目をする。

筒井筒の誤解を招いた場所でもあるから、彼にしても忘れられない印象深いものがあるのだろう。

季和はきゅっとペットボトルの蓋を開ける。

「もしものことも考えて、結界を張るよ。その間、無防備になるから護衛をお願い」

相手は大きな力を秘める龍脈だ、用心にこしたことはない。

「解った」と明良は了承しくるりと後ろを向いた。それを確認し、彼女は作業を開始した。

ペットボトルの水を垂らしながら、朗々と呪文を唱える。


「終わったよ」


季和の声に振り返ってみれば、うっすらと浮かび上がる五芒星。

その中で彼女は手招きしている。彼女の手招きに応じて、五芒星の中へ。


「今から龍脈の結界を解く」


もし――


「この結界が破壊された場合は、真っ先に逃げてね?」


明良は目を見開く。

思わず見つめた季和の表情は真剣そのもので冗談を言っているような雰囲気はなかった。

元々、季和は冗談はあまり口にしないタイプだ。


本当に危険なのか・・・


明良はごくりと喉を鳴らした。

「勿論、そうならないように努力するけれどね」と彼女は微かに笑った。


「いくよ――」


彼女が口にしたのは、明良も耳にしたことが無い独特なものだった。

いうなれば歌に近い。おぼろげながらも、彼は理解した。


ああ、これは大地が奏でる音楽・・・


自然界には音が溢れている。それは時に、人を感動させる音楽となる。

人工的に人が作ったものであろうが、彼女は自然界の音楽を奏でていた。

季和が音楽を奏ではじめてからしばらくして、明良の背中がぞくりと騒いだ。

奥のほうで渦巻く強い気配が、こちらに向かってくるのを感じたからだ。


あんなもの、まともに喰らったらやばい・・・!


緊張する明良の真横を凄まじい勢いで突風が通り過ぎていく。

風圧は彼の髪をなぶった。

それは霊気の塊で、気配を追えば、通路を通り抜け、無事、洞の外へ放出されたようだ。


「無事、解放できたよ」


季和の言葉に、ほっと胸をなでおろす。

「今から結界を張りなおすね」と再び、ペットボトルを手に取った彼女は、気配を感じてその手を止めた。

勿論、明良もその気配に気付いていた。


「龍脈の力に惹かれたか・・・」


彼は木刀を構える。

ガシャガシャと、耳障りな音を立てる武士の亡霊がこちらを見ている。

もしものためにと用意していた呪符を取り出す季和を手で制し、

「こいつの相手は俺がする。季和は結界を頼む」

「明良、幽霊が怖いんじゃ・・・?」

「この場でそんなこと言っていられるか!早く行け!」

渋る季和だったが、彼は自信を持って、「任せろ!」と断言した。

その言葉に、「解った」と彼女は頷き、結界の方に向き直った。


本当に・・・、怖がっている場合じゃないぜ・・・!


明良は苦笑する。背中を冷や汗が伝う。

毎回ではないだろうが、季和はこういう奴らを相手にしてきたのだろう。


「・・・お、俺だって・・・」


俺だって、宮家の1人で守人もりびとだ。あいつ1人に背負わせるつもりはない。

きっと亡霊を見据える彼の双眸は鋭い。が、反面、心自体は静かに凪いでいた。

じりっと亡霊に一歩踏み出す。彼の剣気に気付いたのか、亡霊自体も得物を構えた。

亡霊の構えは、古流剣術によく見られる脇構え、こちらは一般的な正眼の構えだ。

古流剣術は人を確実に殺すこともひとつの目的である。

ひとつのスポーツ化してしまっている近代剣術である剣道は、到底古流剣術には適わないだろう。

亡霊はがっちりとした成人男性であり、一般より若干鍛えているとはいえ、明良とて力で抑え込まれたら、何も出来ない可能性が高い。

しかし、剣道はスピードに優れている。


スピードなら、こちらに利がある・・・!


スピードで押し切るしか、勝機は見えなかった。「いや、まて」と彼はしばし考える。


俺は勝つつもりだったのか・・・?


当初、自分の役目はあくまで、季和が結界を張り終わるまでの時間稼ぎのつもりだった。

どうやら、自分も相手の剣気に呑まれていたようだと、明良はくっと口の端をわずかにあげて笑った。

時間稼ぎ、それを思うと幾分か気が楽になった。

守人である明良は、季和のような術は使えない。代わりに、剣気を使う。

浄霊、除霊は術使いの季和が得意とすることで、自分には真似が出来ない。

ならば、


季和、頼むぜ・・・!


彼は、結界の張っている季和に希望を託し、先手必勝とばかりにスピードを生かして、切り込んだ。

明良の木刀と亡霊の刀が合わさり、ガチャリと鍔鳴りの音がする。

真剣に木刀が合わされば、木刀がばっさりと切れそうだが、そうはならなかった。

自分の得物に霊気を注ぎ込むことが出来る、それが守人の力である。それを剣気と呼ぶ。

故に、守人は幽体ともまともに仕合が出来る。倒すことも可能である。

理屈は解らないが、何故か守人である人間はこれを何気なく行ってしまうようである。

弾かれ飛ばされぬよう、精一杯の力を込めるが、やはり力は亡霊のほうが上だった。

「くっ・・!」

力が緩んだ瞬間を狙われた。弾かれ吹き飛ばされるのを、地面に手をついてこらえる。

容赦の無い亡霊の攻撃を間一髪で避け、一歩踏み込んで突きを繰り出す。狙うは急所である喉仏。

剣道において、急所を狙うのは禁止されている。

しかし、相手は既に死んでいる亡霊であり、急所狙いが許される古流剣術の使い手。

急所狙いを解禁しなければ、こちらが手詰まりになる。

相手もさすがで、素早く反応した。喉仏に到着する前に、木刀は横薙ぎにて払われる。

今度は、亡霊の突きが飛んできた。


速いっ!!


明らかに、先程の自分の突きよりも速い突きだった。

慌てて、その突きを薙ぎで払おうとしたが、すんでのところで構えを正眼に戻す。

突きを薙ぎで払えば、懐ががら空きになってしまう。その懐に入られたら、自分に勝機はない。

勝機どころか、生ですら危うい。飛んできた突きを、木刀で受け止める。

明良は顔をしかめる。


その一撃は重たかった。

明良、大活躍の巻でした。

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