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龍の哭くとき  作者: 風吹流霞
第壱章
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9.幽霊駅Geisterbahnhof(ガイスターバーンホーフ)


急遽、同行者が出来てしまった事に関しては、彼女なりに整理できたのでよしとしよう。

しかし、それはそれで別の問題が首をもたげてきた。

「困ったな・・・」と洩らせば、「何が?」と問い返される。


「ペンライト、人数分用意できてない・・・」


季和がもっぱら使用しているペンライトは百円均一のものなので、容易に手に入るのだが、今夜のことは想定外の出来事だったので、明良の分まで用意が出来なかった。

明日以降、彼が同行するというのであれば、昼間学校帰りにでも買いに走らねばなるまい。

百円と侮る無かれ、今の百円均一は品質もそれなりな物品が揃っている。

困った表情を浮かべる彼女に、「ああ、それなら・・・」と明良はごそごそと懐からペンライトを取り出して見せた。


「親父とお袋が必要になるからって渡されたんだが・・・」


あながち間違いではなかったなと彼は納得したように頷く。


どこまで、万能なんだ、あの人は・・・


あまりの用意周到さに、彼女は舌を巻く。

自分に同行させようと、細部まで練った計画を立てていたに違いない。

そして、その計画の筋書き通り、自分達は踊らされている。


気に食わない・・・


季和はむっとした。元来、負けず嫌いな性分が首をもたげてくる。

だが、今の彼女では立ち向かっても勝機が見えない。ならば、今はその筋書き通りに踊らされていよう。

いずれ、一度は彼らを出し抜いてやればいいのだ。今はまだ早い、そんな気がする。


「おーい、早く行こうぜ」


いつのまにか、沈黙していたらしい。明良に促されはっと我に返ると、彼はとっくに歩き始めていた。

「俺は今まで同行したことが無いから、龍脈の結界の場所なんて知らないだからな、しっかりしろよな」

「あ、うん、解った、今行くよ」

季和は慌てて、彼の後を追って走り出した。

「これから行く場所は遠いのか?」

駆け寄った彼女に問いかける明良に、彼女は首を振る。

「遠くは無いかな、歩いて20分ぐらいだから」

途端に、明良の表情が苦虫を噛み砕いたような表情になった。

「・・・十分、遠いじゃないか・・・」

「結界の中では比較的、近いほうだと思うけどね・・・」

季和は苦笑いを浮かべ、「ほら、歩いた歩いた」と発破をかける。

「・・・季和、俺、今、本気でお前のこと尊敬したわ・・・」

20分以上歩いて、そこでテンションを下げずに作業、その後再び20分かけて帰還。

復路は疲れているだろうから、往路の倍以上時間がかかると考えられる。


ああ、そういうことか・・・


ようやく、明良は彼女の言葉を把握した。

疲れているその分、歩みが遅くなるということだから、何かあれば疲れて帰宅が遅くなるということだ。

それを続けていくのは生半可なものではない。

季和はこれを一年以上続けている。慣れもあるだろうが、なかなかできるものではないだろう。

「最初は大変だったけど、今はもう慣れたよ」

尊敬されるほどじゃないよと彼女はあっけらかんと笑った。

月が皓々と照らす夜道はライト無しでも明るい。それでも、用心のため、ペンライトで前方を照らす。

普段、1人で歩きなれた夜道だが、2人になるときまずいものがある。

何か、気の利いた話でも出来ればいいのだが、口を開けば余計気まずくなりそうな気がして、季和は口を閉じた。

月明かりの中、2人は終始無言で目的地まで歩いた。

神社より歩くこと20分ほど、ようやく目的地が見えてくる。

黄色い月が木造の廃屋を映し出した。


「駅・・・か・・・?」


駅とはいえ、片側路線一本だけがある小さな駅で、駅舎は雨を避ける屋根が申し訳なさそうな程度についているさびしいものだ。


―旧各務西駅。


大正時代、当時各務の特産であった花崗岩を中央へ運搬するために建設された駅である。

各務の花崗岩産出全盛期を支えたと言っても過言ではないパイプラインだ。

戦後、花崗岩の採掘が停止、加工場も閉鎖したのちは急激に客足が遠のき、昭和の終わりと共に廃線。

花崗岩生産ストップの後、しばらくは学生などが利用していたようだが、季和たちが生まれた頃には廃駅となっていた。

さびて変色した枕木が月明かりを浴びて、黒く鈍い光を放つ。


「意外かもしれないね」


意外そうな顔をする明良に季和はふっと笑う。龍脈自体は東洋思想、鉄道は近代科学の礎。

その二つは一見すればミスマッチだが、意外と理には適っているのだ。


「四神相応で、西は道だよ?」


風水によって吉兆とされる地層のひとつ、それが四神相応である。

青龍=流水、白虎=大道、朱雀=湖沼 玄武=丘陵という解釈であり、四神相応の地として名高い京都の平安京では、青龍=鴨川、白虎=山陰道、朱雀=巨椋池(おぐらいけ)、玄武=船岡山という配置だ。

そして、この各務の地もこの四神相応の地をなしていた。

「ああ、そういえば、昔、親父に聞かされたことがあったな。青龍が美鏡川で、白虎が国道、朱雀が照池、玄武が各務山だっけ?」

季和は頷く。明良も一通りの知識は持ち合わせているらしい。説明する手間が省ける。

美鏡川は各務の町の東側にある一級河川で、各務の町を縦断するように流れており、町を離れると川の名前は変化する。

照池は各務の南方に存在するため池である。現在の主要交通手段である電車、JR各務駅を出ると、大きな池が見えてくる。

美鏡川の源流があるとされているのが各務山、標高1.000メートルほどの高さを有し、一部以外を除き、禁足地になっている。その一部というのがこの各務山自体を神として祭っている各務神社だ。

各務山の入り口付近にひっそりと佇んでいる。

「戦国大名たちがこの地の覇権を争ったのは龍脈もさることながら、四神相応という地勢も関係していたということか?」

かつて、栄華を誇った平安京を同じ地勢を持つ地にて、永年の覇権を狙ったのだろうか。

「当たらずも遠からずかな」と季和は、入り口に張られたロープをくぐる。

「こういう役割をしている私が言うことではないけど、それはあまりに証拠が無くて推測の域を出ない」

いわば現実的ではない、そういうことだ。


「現実的に言えば、ここが東西の要だったから」


「ああ、そういうことか」と明良もロープをくぐった。

各務は関西、関東の中間にある。東西共に此処を押さえておけば、攻める際に断然有利だ。

「まあ、徳川家康には天海がいたから、戦国大名の後ろにそういう筋のものがいたとしても不思議ではないけどね」

天海和尚、徳川家康に仕え、呪術都市江戸の基礎を作り上げた謎多き人物である。

その正体は、明智光秀という説もあるが真偽定かではない。

駅舎の中には待合室、駅長室、券売機がそのまま残されていた。トイレは汲み取り式である。

建設されたのは大正だが、その後、老朽化や利用者拡大により何度か補修、移築されていた。

古い歴史を持つ廃屋は、ここ各務はただの廃屋として放置してくれない。

事あるごとに侵食されてしまうのだ。

そう、ここもまた各務において有数の心霊スポットなのだった。


誰が言い出したのか、それはもはやわかりはしない。

廃駅のプラットホームに立つ車掌の姿を見たという話が広がり始め、事の真相を確かめに忍び込んだ人間の多くがそれを目撃していた。

そして、それは霊感の強い明良も小さい頃目撃している。


それは、切なげに電車を見送る車掌の後姿だった。


恐ろしくは無かった。ただ切なかっただけである。

あれは、きっと、最後の列車を見送った車掌の姿であったのだろうか・・・。

タイトルはWリーミング。

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