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終幕の勇者 〜七度目の君は最後の英雄になりえるか〜  作者: 花鶏エナガ
第1章:村の襲撃と旅立ちの決意
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3:魔人

 魔人。

 はるか昔の神話の時代、悪しきものたちが邪神に(そそのか)された結果生まれたものだとされている。それらは長い歴史の中で人間と同等の知能を持つに至り、北方の魔人の支配地域では一種の社会のようなものを形成しているという。


 そして魔物との違いはただひとつ。

 魔法を使うか否かである。


「魔人と戦うには魔法が使えること。最低限これは必須です」

「……」

「ですからなるべく魔人に出会わない方法を習うのです。ほとんどの護衛者はそうして魔人に出くわさないようにするか、出会っても全力で逃げます。そうして国の組織である対魔軍に討伐要請を出せば、あとは彼らが倒すでしょう。なので明日からは剣の鍛錬に加えてその方法も教えます」


 さとすような口調でユゼックが言う。確かに国が管理する組織であれば魔人と戦うのにも慣れているだろうし、わざわざ護衛者がリスクを背負う必要はない。もちろん護衛者が魔人を討伐した場合も――死の危険性に見合うのかはわからないが、それ相応に大金をもらえるようだ。ただユゼックは魔人に対しては徹底的に「逃げ」の姿勢をとっていたらしいので、その報奨金についてはよくわからないそうだが。


 魔法が使えて最低レベル。

 そんな魔人に立ち向かう対魔軍は、戦闘に有用な魔法を使えるか、そうでなくても魔法行使に匹敵する何らかの能力を身につけている者で構成されているという。オリヴァーはもちろん会ったことはないが、かつて長く街に住んでいたという村人は時々その姿を見たことがあるらしい。


「義父さんは対魔軍からスカウトを受けたりしなかったのか?」


 オリヴァーが問いかける。するとユゼックは欠損した腕を惜しむように左肩をするりと撫でた。


「私は魔法が使えないので、そもそも目もつけられていなかったでしょうね」


 ユゼックの顔に自嘲の笑みが浮かぶ。十年前と比べて深いシワの刻まれた顔は屈強な印象を与えるものの、それと同時にどこか温和にも見えた。


「それに、私には仲間がいました。()()なるまではそれなりに。左腕と共にたくさん喪いましたが」


 ユゼックの目が伏せられる。護衛者とは、報酬だけを見ればそれなりに夢のある仕事だろうが、同時に死と隣り合わせなのだ。

 彼は過去については何も話さない。ただオリヴァーが剣を握った時から繰り返される言葉はずっと同じものだった。


「オリヴァー様には私のようになってほしくない」


 ――いったい何があったのか。

 確かに十年前に母と別れたが、それからは村の中で何の危険もなく過ごしてきた。そんなオリヴァーでは想像もできないようなものを経験してきたのだろう。ユゼックの言葉には何とも言えない重みがあった。


「この先でたくさんの縁に巡り合うでしょう。その縁を無駄にしないで――、どうか、大切にしてほしいのです」


 だから剣の鍛錬にも力が入るのだ。

 ユゼックの左腕のようになってはならないと思うから。

 ぎゅうっと拳を握りしめる。そんなオリヴァーを穏やかな目で見つめるユゼックに、ふとオリヴァーは朝のユゼックとの会話を思い出した。


「そういえば、明日からタイナーのおばさんの護衛に行くんだっけ?」


 タイナーのおばさんはユゼックとオリヴァーの隣人だ。

 二人が村に来たときにはすでに三兄弟を育て上げた後だったらしい。そんな子どもたちは揃って近くの街へと居を移したが、彼女はその寂しさを紛らわせるようにオリヴァーにあれこれと手を焼いた。ゆえにオリヴァーにとって「おばさん」なのである。


 おばさんは時折――だいたい二年に一度くらいの頻度で街にいる子どもたちに会いにいく。そして明日がその出発日なのだ。


「ええ。今晩からタイナーさんのところで準備をしていますので、食事はバルトさんの家で世話になってください」

「いいのか?」

「バルトさんが是非にと言っているんですよ。三日後には帰る予定にしていますが、タイナーさんの用事次第ですね」


 バルトは村長である。

 五年ほど前に当時の村長が病死し、後継者のいなかった彼は壮年の男を指名した。酒飲みではあるものの明朗快活でおおらか。その性格ゆえに村人からも好かれていて、この前美人の女性を街から連れ帰ってきたことで話題を掻っさらっている。


「新婚なのにいいのかな」

「あの二人はまだ結婚していませんが」

「えっ嘘でしょ」


 目を見開くオリヴァーに、ユゼックはやはり穏やかな表情を崩さないまま目を細めた。

 ほとんどの場合〝村に連れてくる〟と〝結婚〟はイコールで結ばれている。街から村に来るのだって多少の危険が伴うし、護衛者を雇うのにだって安くない金がかかるからだ。ゆえに街に出て行った子どもたちもいずれは結婚相手を見つけて帰ってくるはずだが、相手にも相応の覚悟がないと難しいだろう。というのがタイナーのおばさんから聞いた話だ。


『あんたもいずれはそうなるんだろうねえ』


 ひとしきり結婚について説明した後、おばさんは感慨深そうにそうつぶやいた。護衛者として一人前になれば独立してやがて家庭を持つのだろう、と。しかしその〝一人前になる〟のがいったいいつなのか、オリヴァーには見当もつかなかった。


「疑うのなら本人に聞いてみるといいですよ」


 ユゼックが言う。時折見せる悪戯っ子のような――年齢にしては子どもっぽい表情は、村の女性たちに「ギャップがある」としてそれなりに人気だった。


「義父さんは結婚したりしないのか?」


 おもむろにつぶやいた言葉に、ユゼックの顔から笑みが消えた。


「俺が邪魔だっていうなら出て行くしさ」


 ユゼックは四十代後半、子どもを持つのは難しいだろうが、この村には同い年くらいの未亡人も数人いる。そして彼女たちはユゼックに好意的だ。結婚なんていう手続きを踏まなくても、一緒に暮らすだけでもいい。その期待を込めて言ったつもりが、オリヴァーの予想に反してユゼックは視線を逸らして顔を曇らせていた。快晴の空にはそぐわないようなどんよりとした表情だ。


 何かまずいことを言っただろうか。嫌な予想ばかりが頭の中を駆け巡る。

 以前に考えたことがあったのだ。本当はユゼックにも決まった相手がいて、リューディアへの忠誠心ゆえに何もかもを捨てたのではないかと。


「……さあ。まだ時間はあります。もう一度掛かってきてください」


 一転して笑顔を浮かべるユゼックに、オリヴァーは何も言い返せず得物を握りしめた。

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