12:特訓
――霊質魔法とは。
自身の魂に魔力を送り込み、それを精製し体外へ放つ魔法を指す。魂を利用する魔法であるため基礎魔法よりも遥かに身体への負担が大きく、使用には必ず触媒が必要とする。触媒を用いずに霊質魔法を発動するとほぼ全ての場合で死に至る。
霊質魔法はより緻密な操作で更なる応用が可能である。
「応用については今は置いておきます。まずは基本的な霊質魔法を使いこなす。これが先決でしょう」
森の中で凛とした声で言い放ってから、エステルは手にしていた本をぱたりと閉じた。以前森の中で魔法について教えるために渡してくれたものだ。
オリヴァーはエステルの言葉を聞き漏らさないようにじっと集中し、それから「わかった」と力強くうなずきながら立ち上がった。
ファビアンの案内してくれた場所は小さな広場のようになっており、周囲には魔法の的になりそうな木がその場を囲うようにそびえ立っている。
エステルが話している間、ファビアンは持ってきた弓を指で弾いたり矢の調子を確かめたりしていた。そしてオリヴァーが立ち上がったのと同時に「見てくれ」と彼を呼び寄せる。
オリヴァーが近づいてみると、ファビアンの手には錆だらけの古びたナイフが握られていた。
「俺のレイシツ魔法だ」
見とけよ、と言いながらファビアンがぎゅうっとナイフの柄を握り込む。そうして数秒もしないうちにファビアンが満足げな顔で「よし」とつぶやいた。
「なんでもいいから斬ってみろ」
「え?」
そうやって差し出されたナイフに、オリヴァーは思わず半信半疑でその得物を見下ろした。
見た目は何も変わっていない。もちろんファビアンが握っている間も何も起こっていないように見えたし、錆だらけの刃は到底何かを切れるようには思えない。しかしこれがファビアンの霊質魔法であるなら、と、ナイフを受け取りつつ近くを見回した。ちょうどすぐ近くに大木がある。
「急いでくれ」
ナイフから手を離したファビアンが焦ったように言う。その声に慌てて大木の幹へとナイフを沿わせて、それから斜め下へと滑らせた。
なんの抵抗もなかった。
ただ錆びた刃で木の幹をなぞっただけだ。このような刃では傷ひとつつけられないだろう。それなのに、今しがたオリヴァーがナイフを動かしたところには鋭い切り傷がついていた。
「嘘だろ」
オリヴァーは思わずその傷を凝視した。とても錆びたナイフで切ったとは思えない。まるで研ぎたての上等な剣を思い切り振り下ろしたかのような跡だった。
「これが俺のレイシツ魔法だ」
「へえ、……」
「素晴らしいですね」
驚きのあまり何も言えずにいるオリヴァーに、荷物の中に本をしまったエステルがファビアンに微笑みかける。
するとファビアンはどこか誇らしげに笑ってオリヴァーの手からナイフをひったくった。もう魔法の効果は切れている。
「だろ? シンプルだけどすげえんだよ」
「はい。十秒のところを一分、いえ、三十秒。もしそれだけ効果が持続したならば天才だったと思います」
「ん?」
事もなげに言い放ったエステルの言葉に、ファビアンの笑みが嘘のようにすうっと消えた。
「あなたの使う魔法は金の霊質魔法の中でも基礎中の基礎ですから、個人の才能がはっきりと出やすいんです。いえ、十秒も保てば充分です。中には手から離した瞬間に効果の切れる人もいますから」
「それってどうやって戦うんだ?」
「剣を持つ以外にありませんね」
オリヴァーの素朴な問いかけに短い言葉で答えてから、エステルは白い指を二本立ててオリヴァーとファビアンの前にかざした。
「魔人グランクスと戦うのは二日後の早朝。これ以上は延ばせません」
二日。
つまり残されているのは今日と明日の日中しかないということだ。
ユゼックの剣を握る。それからすぐに「教えてくれ」とエステルに言ったオリヴァーに、それまで黙っていたファビアンが不意に口を開く。
「俺って才能ねえのかな」
ファビアンの声は明らかに落ち込んでいた。
エステルは事実を言っただけなのだろう。だがそれだけでファビアンに「才能がない」と決めつけるべきではない。そう結論づけ、オリヴァーは努めて明るい表情で首を振った。
「いや、そんなことないと思う」
「え」
「魔人を倒すために努力したんだろ? 俺は父さんに背中を押してもらわないと何も出来なかったし」
その言葉にファビアンの表情がわずかに曇る。
「じゃあ、アンタの村も」
「俺の村にはエステルが来てくれたから」
父が死んだことはあえて言わなかった。今はファビアンの村を救うことに集中すべきだ。別のことに意識を割いている暇はない。
しかしファビアンの興味はまた別のところへと向かったようだった。
「……ナニモンだよ、あの子」
「わからない。でも本気で魔王討伐をやろうとしてるのは確かだと思う」
言ってから、オリヴァーは何やら準備をしているエステルの背中を呆然と見やった。
(そういえば、俺、エステルのことを何も知らないんだな)
そうは言ってもエステルの方から教えてくれないのだ。だが命を預け合うのだからもう少し互いを知る必要があるのかもしれない。そんなことを考えていると、「話は終わりましたか」とエステルがこちらを振り返った。彼女の足元には円形の紋章のようなものが描かれていた。どうやら木の枝で地面を削って掘ったらしい。エステルはそのほぼ中心に立っていた。
「さて。オリヴァーには二つの霊質がありますが、まずは火の霊質魔法を使えるようになってもらいましょう」
「火? 水じゃなくて?」
魔人グランクスも火の霊質魔法を使っていた。魔法のぶつけ合いで勝てる気はしない。そう思って尋ねてみると、エステルは「はい」とひとつうなずいて説明を始める。
「火の霊質は割合で言えばもっとも多く、その分霊質魔法も扱いやすいんです。水も似たようなものですが、攻撃には向いていない魔法も多いので。それにあなたは一度火の霊質魔法を使った経験があります」
「教えられんのか? アンタのレイシツは土だろ」
「それについてはご心配なく。オリヴァー、両手をかざしてください」
言われるがままに両手のひらをエステルに向ける。するとエステルは「そうです」とオリヴァーに向かって穏やかな笑顔を向けた。
――ただそれだけだった。
「え? これからどうすればいいんだ?」
「火の霊質魔法は攻撃魔法も多いですし、その分難解ですから、相手がいないとやりづらいでしょう。結界を張ってあるので大抵の魔法は防ぎます」
ではお願いします。
そうとだけ言うと、エステルは微笑んだままそれきり何も言わなくなった。
「……あー」
二人を交互に見つめて困惑するファビアンをよそに、オリヴァーはどこか諦めたように息を吐いた。
前に初めて魔法を放ったのと同じ、細かい説明は何もされず、ただ「出来るようになるまでここを動かない」と言われるやり方である。
仕方ない。こうなると本当に動かなくなるのが彼女だろうから、自身の才能を信じて魔法を撃つだけだ。
(よし。やるしかない)
そう心の中で自身を鼓舞してから、オリヴァーはそっと目を閉じた。




