11:タイムリミット(後編)
「ちょっと待っててくれ。門番と話してくる」
ファビアンが言ってから兵士の元へと駆け出す。置き去りにされたオリヴァーとエステルは歩いてファビアンの後を追った。
二人がファビアンの元に追いつくまでに一分もなかったはずだが、どうやら話はまとまったらしい。「おうおう行ってこい」と兵士が金属製のヘルムの下から陽気な笑い声を上げている。だが当のファビアンはどこか不思議そうな顔で兵士たちを見つめていた。
「いつもなら金をせびるだろ。嘘吐きは外に出せねえんじゃねえのか?」
「ああ。もういいんだ。お前の話が嘘かどうか、一週間後には全部わかるからな」
「どういうことですか?」
追いついたエステルが兵士へと問いかける。兵士はエステルの顔を見て息を詰まらせたようだが、すぐさま「聞いて驚け」と仰々しい口調で語り始めた。
「お前の話がローゼンハイン領の対魔軍にまで伝わったんだよ。そこで、なんと! リーゼロッテ・ローゼンハイン部隊長をこちらへ派遣なさるそうだ!」
身振り手振りを交えた兵士の言葉に、しかし三人は歓声はおろか何の声も上げなかった。
沈黙である。
兵士の口調から察するにものすごい人物なのだろう。ローゼンハインの姓を名乗っているし、勇者アロイジウスの直系の子孫である可能性もある。だがずっと村で暮らしていたオリヴァーには聞き馴染みのない名前だ。そしてそれはエステルもファビアンも同じだったらしい。
「……それ、誰?」
「知らねえのか!? 勇者アロイジウス・ローゼンハインの再来、二つの霊質を兼ね備えた逸材。現総帥の娘さんだ」
「あー、ばーちゃんが言ってた人か」
ファビアンが納得したようにつぶやく。しかしその顔にはわずかな笑みが浮かんでいた。
確かに対魔軍が本格的に動くとなればこれ以上ない戦力になる。しかも勇者の再来とすら言われている実力者が直々にやって来るのだ。むしろ対魔軍の到着を待っていた方が安全なのかもしれない。
これでファビアンの村の住人は救われる。そう思ってエステルの方を向くと、彼女だけは苦い顔をして黙りこくっていた。
「エステル?」
オリヴァーが彼女の顔を覗き込みかけて、ハッとしたエステルが「ファビアンさん」といつになく強い声音で言う。
「急ぎましょう。時間がありません」
「どういうことだ? 何かあったのか?」
「おっ、そこのお嬢さんは察しがいいな。確かに逃げるなら今のうちだぞ。もし魔人の存在が偽りだったら、お前はたぶん斬首刑だ」
「は?」
「虚偽の報告でローゼンハイン領の対魔軍を派遣させると重罪になるんだよ。知らなかったのか?」
ファビアンの顔色が変わった。そしてそれはオリヴァーも同じだった。
もちろんファビアンの話は嘘ではないと信じている。だが、万が一にも対魔軍が魔人グランクスを見つけられなかったら? 恐怖に慄く村人たちが対魔軍の前ですら嘘を話してしまったら?
さあっと血の気が引いていく。しかし兵士たちはお構いなしに世間話のようにすらすらと続きを語った。
「まあ本当に魔人がいたとして、支配を受けている村人もそのままってワケにはいかんだろうし。投獄か、揃って斬首か。何にしろ村は終わるだろうな」
「そんな……」
「ファビアンさん!」
エステルが叫ぶ。それでようやく我に返ったらしいファビアンは「あ、ああ」と未だに青い顔をしながら城壁の外へと走り出した。
「がんばれよー」
まるで心のこもっていない兵士の声を背に、三人は門をくぐって城壁の外へと出た。
城壁の外は鬱蒼とした森が広がっている。門から続く道はほとんど舗装もされていないが、今から進むべきはこの道ではない。
「ファビアン!」
オリヴァーはとっさにファビアンの腕をつかんだ。しかし彼の表情はどこかうつろで、まるで煙のように弱々しく立ち尽くしている。オリヴァーはそんな彼の目を真っすぐ見据えてさらに叫んだ。
「しっかりするんだ。ファビアンがいなければ魔人グランクスは倒せない!」
「でも、村人が」
「方法はあります」
まだ冴えない表情のエステルが二人の間に割って入る。しかし彼女もどうにかして言葉を絞り出した、そんな様子だった。
「対魔軍が到着する前に私たちで魔人を倒すのです。そうすれば村人の処遇に関する交渉は許されるでしょう。それに賭けるしか」
「……、わかった」
細い口調ではあった。けれどもエステルの言葉でファビアンの顔に少しばかり生気が戻って、そして彼はおもむろに「こっちだ」と道を逸れて森の中へと走り出した。
この近くに拓けた場所がある。そこで今すぐにでも魔法の訓練をしなければ、少なくともファビアンの霊質魔法だけを頼りにしていては絶対に勝てない。
(なんとしてでも、俺が、霊質魔法を習得するんだ)
才能があると言われた。母にも、ユゼックにも、エステルにも。そして実際に才能があるとわかった。だが才能はただあるだけでは何の役にも立たない。使いこなすのだ。
村人を、ファビアンを守るために。




