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8:才能

 店を出てファビアンについて行く。大通りから少し狭い路地へと入ってしばらく歩くと、十字路の隅に古びた木製の看板が吊られているのを見つけた。

 古びた看板には「魂を見ます」とだけ書かれてある。ファビアンは「ここだ」と短く告げてやや乱暴にドアを開けた。


 中はやや薄暗くがらんとしていた。

 ドアの反対側、一番奥まった場所に古いカウンターが一つ。その向こうに白髪の目立つ老婆が座っている。ドアをくぐってからカウンターまではほとんど何もなく、壁沿いの棚に何冊かの分厚い本が立てかけてあるくらいだった。


「ばーちゃん」


 カウンターの前までずんずんと進みながらファビアンが言う。老婆はファビアンの後ろにいたオリヴァーとラソルテを睨むように眺めて、


「いまさら対魔軍の奴が来たってワシゃ動かんぞ」


 とぼそりと言った。

 所々を縫い合わせた服を着ているものの、老婆は射抜くような鋭いまなざしをしていた。どうやらオリヴァーたちに向かって放った言葉らしい。なんと否定しようか迷っているうちに、


「違うよばーちゃん。対魔軍じゃなくて、旅人だ」


 ファビアンが弁明のように手を振った。


「ばーちゃんは他人の魂が見えるんだ。俺が世話になってる」

「ふん。ワシの力を信じとるんはグーベルクでお前さんくらいなモンさ」

「俺のレイシツを見抜いただろ」

「まぐれってこともあるだろうに。まったく」


 そう悪態をつくものの、老婆の表情にはわずかな喜びのようなものが感じ取れた。

 それに気づいているのか否か、ファビアンがオリヴァーの手首をつかんでぐいっと老婆の元へと引っ張る。


「ああ、それで、コイツの魂を見て欲しいんだけどさ」

「あ、初めまして。オリヴァー――」


 言葉は続かなかった。オリヴァーの顔を近くで捉えるなり、老婆の表情が一変したのである。

 濁った目はこれ以上ないほどに大きく見開き、口をあんぐりと開けたまま呼吸も忘れているようだ。


(なんだ。何かまずいのか?)


 オリヴァーは思わず息を呑んだ。やはりあの時魔人に使った魔法はデタラメだったのではないかと、そんな不安が脳裏をよぎる。

 しかし老婆の言葉はオリヴァーの期待を遥かに上回るものだった。


「火と、水」

「は?」

「火と水。ふたつじゃ。この青年の魂にはふたつの霊質がある」


 老婆の言葉にいち早く異を唱えたのはファビアンだった。

 オリヴァーも何か反応しようとして、代わりに隣にいたファビアンが信じられないものを見る様子で老婆に食ってかかる。


「ばーちゃん、嘘言うなよ! 一人の人間には一つの霊質。常識じゃねえか!」


 しかし老婆は静かに首を振ってファビアンの言葉を否定した。


「確かに、大多数の人間にとってはそうじゃろう。じゃが例外もある。たとえばローゼンハイン家」


 勇者の子孫として最も有名なのがローゼンハイン家だ。勇者アロイジウス・ローゼンハインの直系の子孫であり、代々対魔軍の総帥を輩出している貴族家である。「ローゼンハイン」という名前自体は護衛者に関わりのない普通の村人でも知っている、ある意味では王家よりも有名な一家だった。


「そのローゼンハイン家の現当主の娘がふたつの霊質を持っているというのは聞いたことがある。それから、歴代勇者も、時には複数の種類の霊質魔法を行使したというな」


 老婆が重々しい口調で言う。その言葉にようやくオリヴァーの理解が追いつきかけて、思わず自身の手のひらを見つめた。

 剣の素振りを続けたために分厚くなった手のひら。同じように農具を振るう村人たちと何ら変わりのない手だった。だがこの内側には勇者やその子孫に匹敵するほどの才能がある。


(まさか、父さんはこれを見抜いていた?)


 エステル曰く、ユゼックは高度な魔法が使えるほどの実力者だったかもしれないのだ。そんな彼がオリヴァーの霊質の才能にいち早く気づき、それを公にしないように魔法を教えなかった可能性はある。だが疑問は次々に降って湧く。


(俺は、本当に普通の貴族の子どもなんだろうか)


 まだまだ自分には知らされていない秘密がある。そう思うと不意に背筋が寒くなったような気がして、


「火と、水ですか」


 背後にいたエステルが感心したようにつぶやいて、その声で我に返った。

 エステルの方を振り返ると、彼女は懐から硬貨の入った袋を取り出しているところだった。


「おばあさん、お代はいくらですか?」

「要らんよ。どうせこのガキにぶん取られたんだろ。そこから貰うから構わんさ」

「ばーちゃん、何度も言うけどさ、俺はぼったくりはしてねえんだよ」

「うるさいね」


 やや弱々しい声で反論したファビアンだったが、老婆に一蹴されてからは言い返せなくなったらしい。「さっきもらった金が――」とぶつぶつと頭の中で計算を始めている。そして老婆の興味はファビアンよりももっと別のところにあるようだった。


「それよりも、お嬢ちゃん」

「私ですか」


 まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったらしい。袋を仕舞い込みながら返事をしたエステルに、老婆は片目を細めながら口を開いた。


「お前さん、変な魂をしているね」

「変?」

「なんというか、霊質を削り取られたかのようじゃ。見えるようで見えん。確かにお前さんの霊質は土で間違いないんじゃが……」


 今ひとつ要領を得ない言い方だった。しかしエステルは「そうですか」とまるで意に介さない様子で老婆の言葉にうっすらと微笑んで、


「珍しい霊質をしているとはよく言われます」


 とだけ返した。


「ってことは、珍しい奴らの集まりってわけか」


 代金の計算が終わったのか、ファビアンが間髪入れず老婆に問いかける。老婆は一度目を閉じて深くうなずいた。


「詰まるところ、そういうことじゃ。この者たちならグランクスも倒せるかもしれんぞ」

「グランクス?」


 エステルが聞き慣れない名前を繰り返す。すると老婆は目元のシワの奥から薄く目を開けて、周囲を見回してからぼそりと言った。


「このガキが倒そうとしている有牙種ゆうがしゅの魔人じゃ」

「ユウガシュ?」

「魔人の中の変化種の一つです。牙を持つものを指します」

「ちょっと待て。コイツそんなことも知らねえのか?」

「誰だって最初は無知なモンじゃ。黙っておれ」


 ファビアンの驚いたような言葉を鋭い声で封じて、


「変化種と不変種のことはわかっておるようじゃな。変化種も有角種ゆうかくしゅ有鱗種ゆうりんしゅ、有牙種の三つに分けられるんじゃ。まれに二つ以上の特徴を持つ魔人もおるらしいが、そういうのは魔王の側近あたりじゃろう」

「確か、角を持つ奴が一番強いって」

「その通りです。有牙種は変化種の中でも比較的弱いものが多いのですが、人間喰らいが多いのもこの種です。グランクスという魔人が村を支配したのも人間を食らうためでしょう」


 エステルが冷静に言う。老婆も異存ないようで「まあ、そうじゃろうな」とどこか諦観したような眼差しで彼女の言葉を肯定した。


(疑っていないな)


 ふと、オリヴァーは老婆の言葉にわずかな違和感を覚えた。

 魔人の存在を示すものはファビアンの言葉だけであり、護衛者はおろか対魔軍ですらその存在をつかんでいない。けれども老婆は魔人の存在を信じてきっているようだ。それどころか自分たちに魔人討伐の希望すら抱いている。


「信じているんですね」


 不意にそんな言葉が喉を突いた。

 もちろんファビアンの言葉を信じていないわけではない。魔人と戦ったと嘘を吐いたところで何の得もないだろうし、実際今の彼は他の護衛者や組合にすら嘘吐きだと思われている始末だ。それでもなおファビアンは魔人と戦ったと言い張り、敵を倒そうとしている。そこには並々ならない覚悟があるように思えた。


「お前さんこそ」


 オリヴァーを見据えて老婆がにっと笑う。その時ようやく自身も笑みを浮かべていることに気がついて、オリヴァーは慌ててファビアンの方へと顔を向けた。

 人のために力を振るうと誓ったのだ。魔人の支配に苦しんでいる人がいるのならば放っておくわけにはいかない。


「それなら魔人を倒すのに協力してくれるか」

「もちろんです。ですが、有牙種相手に無策で突っ込んでも死ぬだけです。作戦を考えましょう」


 ファビアンの問いかけにエステルが穏やかな口調で言う。


「ファビアンさん、まずは魔人に出会ってから戦うまでのことを包み隠さず教えてください。それからあなたの霊質魔法も。同時にオリヴァーの魔法を訓練します。霊質魔法を使いこなせるようになるとは思えませんが、それでも確実に基礎魔法を撃てるようにはなるでしょう」

「わかった。じゃあ宿は俺が紹介する。仲介がいりゃあそれなりに安くなるだろうからな」


 エステルが早口で言って、ファビアンがそれに同調する。そうして瞬く間に今後の行動が決まり、オリヴァーは圧倒されたようにエステルを見つめていた。


「どうやらお嬢ちゃんは魔人と戦い慣れておるようじゃな」


 オリヴァーの内心を表現するように老婆が言う。しかしエステルはどこか自嘲のような笑みを浮かべて白い手を振った。


「そうでもありませんよ」

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