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6:護衛者の青年

 男が「護衛者組合の窓口」と言った通り、そこは大勢の人で賑わっていた。


 何人もの男が入り口近くのテーブルを囲んでいる。一様に武器を携えているため護衛者であろう。その奥には木製の長椅子が並べられ、腰掛ける人々が不安げに辺りをきょろきょろと見回していた。護衛者とは違い武器を持っていないため、おそらく依頼者たちの待機場所なのだろう。その反対の壁側には長いカウンターがあった。カウンターの奥には若い女性が何人か座っていて、彼女たちの後ろにはやや高齢の屈強な男たちが佇んでいる。


 中に入って歩きながら、エステルはゆったりとした仕草でかぶっていたフードを脱いだ。途端に周囲にいた人々の視線が一度に彼女に注がれて、それを代表するようにカウンターの向こうに座っていた女性が立ち上がる。


「護衛者の依頼でしょうか」


 女性が声をかけてくる。その後ろに立っているのは初老の男だ。左眉から頬にかけて深い刀傷があり、そのせいで片目が潰れてしまっている。さらに薄着から覗くたくましい両腕には無数の小さな傷跡が見えた。おそらく引退した元護衛者だろう。


「いいえ。お構いなく」


 女性に見向きもせずエステルが答える。それから彼女はカウンターの前を横切って奥へと歩いていった。そこには見上げるほどの巨大な木製の板が立てかけてあり、びっしりと文字の書かれた羊皮紙が数十枚ほど貼られている。


「これは?」

「ここの組合が抱える護衛者の一覧ですね。指名したい時はここから選んで、文字が読めなければあそこの受付に依頼内容を伝えれば適当に見繕ってくれるという仕組みです」

「へえ」


 オリヴァーが感心したように相槌を打つ間にも、エステルは真剣な眼差しで一つ一つの羊皮紙に目を通していく。やがて彼女は一枚の羊皮紙に手を伸ばしてぺりっと剥がすと、先ほどのカウンターへと持っていった。


「この人と直接交渉したいんですが」


 羊皮紙を置きながらエステルが言う。それに目を通した受付の女性は途端に困ったような顔を彼女に向けた。


「その護衛者は……その、お勧めできません」

「どうしてですか? 魔人と戦ったのはこの者のことでしょう?」


 率直に尋ねるエステルに、受付の女性はあからさまに大きな溜め息を吐き出した。どうやら何度も同様の話をされた経験があるらしい。その表情は困っているというより面倒くさがっているようにすら見えた。


「噂ですか。確かにあります。我々も検証はしたのですが、魔人が出現した痕跡も目撃情報もないため正確とは言い切れません。この件は対魔軍にも報告していますし」

「でも絶対にないとも言い切れないわけですね」

「それは、まあ、そうですが……」


 歯切れの悪い言葉と共に女性が視線を逸らす。その様子を見届けたエステルはおもむろに懐に手を突っ込むと、硬貨を何枚か取り出して音を立てないよう慎重にカウンターに置いた。大金とまではいかないがそれなりの金額だ。

 女性は何事かと目を丸くする。後ろに立つ屈強な男も眉をひそめたが、エステルは構わずににこりと笑った。


「とっておいてください」


 つまるところ賄賂である。

 出された額を瞬時に数えたのだろう、女性は途端ににっこりと微笑んで席を立った。もちろん硬貨を自身の元へと引き寄せながら。


「わかりました。呼んでまいりますので少しお待ちください」


 女性がカウンターから離れていく。エステルも「待っていましょうか」とオリヴァーを連れて背後にある長椅子に座った。

 周囲の者たちは相変わらず二人を、とりわけエステルを見つめていた。ちらちらと感じる視線が煩わしく、中にははっきりと顔を向けてジロジロ見ている者もいる。確かに、建物の中は見渡す限り屈強な男たちばかりで、数少ない女性も同じように筋肉のついた者ばかりだ。他には依頼に来たらしい者が数人いるが、エステルのような可愛らしい少女はいなかった。


 しかしエステルは何ら気にしていない様子で女性が去った後の無人のカウンターを見つめている。それにならってオリヴァーもカウンターを見てみるが、腕を組んだ筋骨隆々の男に睨まれてすぐに視線を逸らした。その様子を傍目で見ていたらしいエステルがくすくすと笑う。


「心配ありませんよ。あの男よりもあなたの方がずっと強いです」

「え」

「霊質魔法はおろか基礎魔法も使えないような人たちですからね」


 エステルはカウンターから視線を外すことなく淡々と話している。オリヴァーはなるべく男に視線を合わせないようにしながらカウンターを見た。

 エステルの言うとおり、魔人と戦って生還したというのなら最低限何らかの魔法が使えるのだろう。だが魔人と戦った話は対魔軍でさえ確証が得られていないものだ。つまり本当のホラ吹きである可能性もある。果たして本当なのか。そう考えるオリヴァーの前に一人の青年が仁王立ちになった。


「俺を探してるのってアンタ?」


 まるで品定めするような鋭い視線だった。

 歳はオリヴァーと同じくらい。髪と瞳は錆色で、建物の明かりを背後に背負っているため一層暗く見える。右肩には短めのショルダーアーマーを身に付け、そこから太いベルトを通している。一方で左腕には肘まで覆うほどの鎧を付けていた。服装は全体的に軽め。左腰には短剣を一本だけ差している。


「ああ、いや……」

「お呼びしたのは私です」


 言い淀むオリヴァーに対し、エステルはさっぱりした声で青年を見上げながら告げる。青年はその声に釣られるように彼女を見つめ、


「女?」


 眉間のシワをさらに深くした。


「女が俺に何の用だよ」

「魔人と戦ったというのはあなたですよね」


 エステルの言葉に、へえ、と青年はニヤリと馬鹿にするような笑みを浮かべる。


「街の奴らも対魔軍も信じちゃいねえってのに、アンタは信じるのか」

「はい」


 エステルが大きくうなずく。青年は少し驚いた様子で視線を泳がせ、「そうか」と目を伏せた。


「ファビアン・ゼッフェルンだ」


 青年が右手を差し出す。エステルも立ち上がりながらその手を握り返し、


「訳あって姓は名乗れませんが、エステルと言います」


 と穏やかに微笑んだ。

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