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3:敵を知る

 隣村に着いたのは夕暮れだった。

 オリヴァーの故郷よりも広く住民も多い。比較的近い場所にあるので時折交流も持っているのだが、村長以外の村人を見たのはこれが初めてだった。


「なるほど。旅をしているのですか」


 村長は老齢の男だった。腰も曲がって杖をついている。彼は一度舐め回すように二人を見たあと、渋々といった風に後ろに控えていた中年の女性へと声をかけた。

 旅人は拒まず受け入れること。

 ユゼックから聞いた話では、この国にはそういう法律があるのだという。陽が暮れた後も移動を続ければ死の危険が増し、結果的に死亡率が高まるからだ。さらにその法律には「国が派遣した者も宿泊させるように」という意味もあるらしい。国の者を拒んではならないとすることで犯罪の抑制に繋がるのだそうだ。


「酒場の二階の部屋が空いています。どうぞ自由に使ってください」


 村長の代わりに女性が言う。オリヴァーがお礼にと幾ばくかの金銭を支払うと、彼女は少し表情を明るくして、「食事をお持ちします」と言った。


 案内された酒場は村の中央にあった。

 酒場の一階には誰もおらず、テーブルや椅子は片付けられ閑散としていた。経営者が死んでからというもの、大量に酒を仕入れる者もいないため単なる村人たちの集会場のようになっているらしい。さらに二階に上がれば旅人用の部屋が三つ。どの部屋もドアが開いたままになっている。


「どの部屋でも自由にお使いください」


 女性がそう言ったので、オリヴァーは階段の最奥をエステルに促し、自身は一つ挟んで最も手前の部屋を選んだ。それから二人は荷物を置いて一階に降りた。その方が食事を取るのに適している。


「静かだな」


 テーブルを動かしながらオリヴァーがつぶやく。エステルはテーブルの上に置かれた椅子を床に下ろしながら、


「どこの村も似たようなものです。旅人に対してはだいたい冷ややかですね」

「そうなのか」

「私の場合は特にそうでしょう」


 椅子を置いたエステルを見つめる。金色の髪が夕焼けに照らされて幻想的に光っていた。

 この場所に着く前、村人の一人がエステルを見て「貴族様」と言っていた。その通り、彼女の容姿は「貴族の娘は皆美しい」というイメージにぴったりだ。オリヴァーの村人たちはそう勘繰る前に魔物の襲撃に遭っていたから余裕がなかっただけで、きっとこの村人のような反応をするだろう。

 もし貴族が逃げ出してきたのならば厄介ごとに巻き込まれるかも知れない。


「あなたがお金を払ってくださったおかげで食事がもらえるので何でも構いませんが」


 少し嬉しそうに言ってからエステルが椅子に腰かける。その時にちょうど女性が二人分の食事を持ってきたので、立っていたオリヴァーがそれを受け取って、テーブルを挟んでエステルの向かい側に座った。


「食べながらで申し訳ありませんが、敵を知ることも大切です。ですので魔人の話をしましょう」


 食事をテーブルに並べながらエステルが言う。オリヴァーはパンを小さくちぎった両手を宙に浮かせたまま、「わかった」と強くうなずいた。


「魔人の見た目はほとんど人間と変わりませんが、奴らは生まれながらに体内に魔力を宿しています。ゆえに魔力との親和性が高く、魔法も大した訓練もせずに使うことが出来ます。そして体内に宿した魔力が魔人に固有の能力を与え、あなたの村に現れた魔人のように、人をたぶらかすことも出来るのです。その固有の能力ももちろん霊質に基づいていると思われますが、私たちには到底真似できません」


 そこまで言ってからパンをスープに浸して口に入れる。充分に噛んで飲み込んだあと、エステルはまたパンをスープに浸しながら、「ここまではわかりましたか?」と尋ねた。


「あ、ああ」


 オリヴァーは圧倒されたように弱々しくうなずいた。

 おそらく本を遺した師匠から受け継いだ知識を話しているのだろう。しかも魔人と戦うのはあの村が初めてではなかったようだし、エステルにとっての常識なのかも知れない。だがそれにしても早口だ。少しでも気を抜いているとそのまま耳からすり抜けていきそうである。


(つまり、基本的に人間と同じだけど、魔力を持ってるから魔法も使えるし固有の能力もあるってことか)


 エステルの言葉を噛み砕く。それと同時に干し肉を飲み込んだオリヴァーに、「では続けますね」とエステルの言葉がかかった。


「魔人は変化種(へんげしゅ)と不変種の二種類に分けられます。不変種は村で見たような、一見すると人間と区別がつかないものを指します。見かけ上は人間なので不意を突かれやすいですが、不変種は基本的に弱いと考えてもらって構いません」


 弱い。

 あれで、弱い。

 断言できる。エステルが来なければ間違いなく村はなすすべもなく全滅していた。たとえ全滅を免れたとしてもごく少数しか生き残れず、残った彼らは結界も修理できず村そのものを捨てるしかない。どちらにせよ村は消えるだろう。そんな者ですら魔人の中では「弱い」部類に入るのだ。


「問題は変化種です」


 オリヴァーが何かを言う前に、エステルが鋭い目つきで彼を見つめる。


「角や翼が生えていたり鱗があったり、見た目が人間と違うものです。特に角が生えている魔人は最上位の強さを持ちます。もし今出会ったら死ぬしかありませんが、そのぶん数も少ないのでこんなところまで来る奴は稀でしょう」


 その言葉に思わず身震いした。

 覚悟はあった。魔人の頂点に立つ魔王を倒すというのだから、死と隣り合わせの旅になることも理解していた。だがこうやって確かな言葉にされるとそれが揺らぎそうになる。


(いや、違う)


 魔人が強いのはわかっている。だからこそこちらも強くならなければならない。ひとまず魔人と対等に戦うためには魔法の研鑽が要る。あんな偶発のものではなく、狙ったところに確実に放てるようにするのだ。


「あとは魔人の能力で半魔人に変化させられた人間もいますが、ひとまずこんなところですね」


 そう言って話を締めくくってから、エステルは緑色の瞳を細めてにっこりと笑った。


「あなたはきっと変化種とも互角に戦えるようになるでしょう。期待していますよ」

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