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終幕の勇者 〜七度目の君は最後の英雄になりえるか〜  作者: 花鶏エナガ
第1章:村の襲撃と旅立ちの決意
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14:旅立ち

 ユゼックの遺体は村人の誰よりも丁重に葬られた。

 村に隣接する墓地の中央、空いている場所にひときわ大きな穴が掘られ、肉塊と化したユゼックが埋められる。その際に子どもたちが両手いっぱいの花を手向けて、最後に炎で全てを焼いた。


 オリヴァーはユゼックの剣を両手に握りしめながらその様子をただ見つめた。

 今の剣の腕では不相応だと思われるかもしれない。けれども村人たちを守り通したあの剣を家の奥や土の下に置いておきたくはなかった。


(さようなら、父さん)


 もう帰ってこられないかもしれない。そんな不安が脳裏をよぎる中、オリヴァーは少しずつ勢いを弱めていく炎に向かって心の中でつぶやいた。


(悪いけど、剣、借りるよ。もしかしたら返せないかもしれないけど)


 村人たちの啜り泣く声が聞こえる中、オリヴァーは父の墓へと深く頭を下げ、出立の準備のためにその場を去った。


 家はやはり無事だった。

 早朝に出て行った時のまま特に荒らされた様子もない。その変わらない光景に安堵しつつ、オリヴァーはユゼックが使っていた袋に必要なものを入れていった。元々使っていた剣はどうしようか迷ったが、結局持っていくことにした。ちょうど鞘は家の前に転がっていたし、磨けば元通りに斬れるはずだ。それに武器は複数あった方がいいだろう。


 それから棚を整理していると、奥の方から硬貨の詰まった小袋を見つけた。数えてみると結構な大金だった。ユゼックが貯めていたにしては額が大きすぎるので、きっと屋敷から逃げ出す資金の残りなのだろう。貴族の暮らしについては何もわからないが、オリヴァーが住んでいたあの家は少なくとも金には困っていないようだった。誰かがこの金を用意したとしても不思議ではない。そう結論づけて、オリヴァーはそれも旅用の袋に仕舞い込んだ。そして最後にぎゅっと紐を締めた時、ドアをノックする音が響き渡った。


「食事、一緒に食べないかい?」


 タイナーのおばさんだった。

 確かに朝から何も食べていない。弔いや準備で忙しなく動き回っていたのもあって、もう太陽も傾きつつある。


「はい。ぜひ」


 そこでようやく腹が鳴った。

 最後の食事は自宅で取りたいという気もしたが、しかし一人で食べるのは寂しい。オリヴァーは名残惜しそうに家の中をぐるりと見回し、小さくうなずいてから家を出た。

 タイナーのおばさんはいつもと変わらない表情をしていた。だがあまりにも色々ありすぎて憔悴しているのだろう、目の下には大きなクマが出来ている。


「えーと、あの子は」


 オリヴァーは気づかないふりで周囲を見回す。すると彼女は「エステルさん?」と前置きしてから自身の家へと歩き出した。


「本当に色々してくれるよ。井戸の水が汚れていないか確かめたり、ゴブリンの死体を片付けたり、ね。私たちは村人の弔いで精一杯だから助かってる」

「食事は」

「一人で食べたいって言って、空き家を使ってるよ。年頃の子だもんね」


 年頃、といえば、確かにそうだ。村にはオリヴァーくらいの年齢で結婚している者もいるし、彼女ほどに綺麗な顔をしていれば相手には困らないだろう。それでもなお魔王討伐のために旅をしているのだから、おそらく相当の覚悟が必要だったはずだ。


 もしかすると彼女の故郷もこの村のようになったのかもしれない。ただそれを尋ねる勇気はないので、オリヴァーは心の中に留めるだけで口には出さなかった。

 ふと視線に気がつく。

 隣を見てみると、タイナーのおばさんが嬉しそうな寂しそうな顔をしてオリヴァーを見上げていた。


 初めて会った時は見上げるほどの大きさだったはずだ。初対面で訳もわからないまま「おばさん」と呼んだら、「失礼だね」と怒られた。怖かった。けれども嫌いにはなれなかった。父が仕事に出かけている間は家に呼んでくれたし、自身の知っている話をたくさん語って聞かせてくれた。母のリューディアは繊細で美しかったが、タイナーのおばさんは母にはない魅力がある。彼女も間違いなくオリヴァーにとっての母の一人だった。


「まったく、末っ子みたいで可愛かったんだけどねえ。もうこんなに大きくなって、旅に出るなんて。何もかも急すぎるんだよ」


 分厚い手のひらがくしゃくしゃに髪を撫でる。

 その大雑把な体温もこれで最後だ。そう思うと不意に視界が滲んで、オリヴァーはそれを隠すように声を上げて笑った。





 翌朝、半日ぶりに再会したエステルは真新しいローブに身を包んでいた。どうやら村の女性たちが比較的綺麗な布を持ち寄って縫ってくれたらしい。色こそは地味で柄もないが、それでも村の精一杯の厚意だと感じたのだろう。エステルは女性たちに何度も礼を言っている。オリヴァーも昨日のうちに準備しておいた袋を担ぎ、腰のベルトに剣を二本差して彼女と合流した。

 そして生き残った村人たちが総出で結界の端まで見送ってくれた。


「色々とありがとうございました」


 先頭に立つバルト村長に向かってエステルが言う。昼のうちに体を清めたようで、彼女は昨日よりもさらにさっぱりと綺麗な肌をしていた。右手に古びた杖を握り、オリヴァーのものより一回り小さい袋を背中に担いでいる。


「それはこっちの台詞だ。オリヴァーのこともよろしく頼む」

「はい。彼には才能があります。きっと強くなるでしょう。それと、私のことは対魔軍の方々には黙っておいていただけますか」

「……、わかった」


 理由も語らず願いだけを告げるエステルに、しかしバルトは裏のない笑顔で大きくうなずいた。確かに「魔人に襲われたが旅の途中の少女が倒してくれた」という話の方が信じてもらえないだろう。もしかするとあらぬ疑いをかけられて牢に入れられるかもしれないのだ。


 どんな理由であれ魔人に加担した者は火刑の処される。それがこの国の法律だ。

 バルトの表情を見つめ、満足したらしいエステルがふとオリヴァーの方に向き直る。彼女の瞳は朝の澄んだ空と同じようにきらきらと光っていた。


「では行きましょうか」


 これから恐ろしいものに立ち向かうというのに、オリヴァーは期待に胸を膨らませていた。

 十年前に屋敷を連れ出された時には何もわからなかった。それからずっと村の中で過ごし、ようやく外に出られる。まるで小さい世界が一気に開けたような感覚だ。

 ユゼックの言葉を思い返す。「縁を大切に」という彼の言葉通り、これから様々な人間に出会うだろう。どんな人間であれ守るのだ。それがユゼックがこの剣でやり遂げたことなのだから。


「行ってきます」


 最後に村人たちにそう声をかけ、振り返ったオリヴァーは大きく一歩を踏み出した。

 それが長い長い旅の始まりだった。

これにて第1章は終了です。次回から第2章開始です。

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