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誇りをもって悪役令嬢を全うします!~ステータス画面で好感度が見える公爵令嬢はヴィランを目指す~

作者: 久遠れん

 異世界に転生した、と気づいたのは物心がついた頃だった。


 元々、家の中がやけに西洋風だな~とは思っていたけれど、異世界だと認識した決定打は『ステータス画面』が見えた時。


 お母様ときゃっきゃうふふと遊んでいた三歳の時に、前世で流行ってたアニメがふと脳裏をよぎって「ステータス、オープン」と口にしたのだ。


 三歳なのでふにゃふにゃでお母様には聞き取れなかったみたいだけれど。

 その結果、目の前にゲームの画面とよく似たデジタルウィンドウが現れた。

 

 そこには


『名前:マティルデ・ヴァイス

 性別:女

 年齢:三歳三ヵ月

 地位:公爵令嬢

 属性1:悪役令嬢

 属性2:転生者

 魔法適正:ゼロ

 備考  :記憶保持』


 と表示されていた。

 あまりにも驚いて後ろにころんと倒れたほどだ。


 お母様が微笑みながら抱き上げてくれて、ぱちりと瞬きをしたら今度はお母様のステータス画面が見えた。


『名前:レニア・ヴァイス

 性別:女

 年齢:二十五歳

 地位:公爵夫人

 属性1:悪役令嬢の母

 属性2:現地人

 魔法適正:氷

 好感度 :限界突破』


 好感度ってなに……? としばらく目の前のデジタルウィンドウを睨んでいた。

 その後、お父様や執事、メイドを中心に使ったところ、好感度は私に対するものだと判明する。


 自分への好感度を可視化する能力をいつの間にか手に入れていたのだ。

 これが便利! と思いきや、めちゃくちゃ不便だった。


 いつでもステータス画面を開いて好感度を確認できるから、好感度が上がったり下がったりするのに一喜一憂してしまう。


 さらに頭を悩ませたのは『悪役令嬢』の表記だった。


 悪役令嬢ってあれでしょう?

 ネットでめちゃくちゃ流行って、小説とか漫画とかアニメでたーっくさんみたやつ。


 たいていの場合、乙女ゲームの世界で、ヒロインに意地悪をして断罪される人。

 えっ、将来、断罪されるの?! って驚いたけど!


 五歳を超える頃に、私は開きなおったのだ。


(悪役令嬢らしく、悪の華を咲かせてみせよう!)


 と。だって、悪役カッコいいじゃん?


 前世で日曜の朝からやっていた幼児向け番組だって、幼児期から悪役の方が好きだったし、流行のアニメや漫画や小説もヴィランのほうが圧倒手に魅力的に思えていた。


 せっかく『悪役令嬢』になったなら、満喫したい!


 カッコいい悪役として場に花を添えるのだ。

 断罪されて殺されるのはさすがに怖いから、追放ですむ程度の悪事にしておこうとは思うけど!


 少しみみっちい覚悟を決めて、私は今日まで『悪役令嬢』らしく生きてきた。


 お母様の好感度が限界突破しているのをいいことに、ドレスやアクセサリーをたくさん買ってもらったし、お父様もまた私に甘くて好感度がマックスなのを利用して、婚約者には顔がとにかく好みなディートリヒ様を選んでもらった。


 ……ディートリヒ様、婚約を結んだ七歳の頃から甘いフェイスで可愛かったのに、今は笑顔の裏で何を考えているかわからない腹黒系に育ってしまって、ちょっと好みから外れてしまった……。


 ま、まぁ、それは置いておく。

 いまさら婚約破棄もできないし。ディートリヒ様は第二王子で、身分的には最高だし。


 そんなこんなで十五歳になったけれど、まだまだ悪役令嬢らしいことはあまり出来ていない。


(来月から入学の魔法学園で、今度こそ悪役ライフを過ごすのよ!)


 ガッツポーズをして気合を入れる。

 念願のスクールライフで、ヒロインを苛め抜くわ!






 貴族学園に入学して、悩みが増えた。

 それは。


(……いじめって何をすればいいの……?)


 これである。

 漫画でよく読んだのは教科書を隠すとか、水をかけるとか、躓かせて転ばせる、とかだけど。


 教科書を隠す? でもそれだと、授業についていけなくてかわいそう。

 水をかける? 水を持ってくるの大変じゃない。私は水魔法の適正もないし。

 躓かせて転ばせる? 転んで怪我をして、その怪我の影響で歩けなくなったら責任取れないわ。


(悪役って……難しいのね……)


 私にできるのは、精々悪役らしく高笑いをすることくらいだ。

 ことあるごとに高笑いの練習をしているが、披露する機会はいまのところない。


 花壇の花に無限に水が出てくる魔道具の魔法じょうろで水をやりながらため息を吐く。


 このアイテムで水をぶっかければいいと思わなくもないのだけれど、風邪を引いてこじらせて肺炎になったら、と考えると実行できない。


 この世界、風邪をこじらせただけで、普通に人が死ぬ医療技術が未熟な世界なので……!


(命に別条のないレベルの悪意ある行動って何かしら)


 ぼんやりと考え事をしていたせいで、背後に人が近づいてきているのに気づかなかった。


 とんとんと右の肩口を叩かれて、慌てて振り返る。

 そこには甘いフェイスを少しだけ緩ませたディートリヒ様がいた。


「マティルデ、精が出るね。やっぱり庭師に任せるのは嫌ないのかい?」

「嫌というわけではありませんが、私が植えたお花ですから」


 優しい目をしているディートリヒ様のステータスを開く。

 声に出して「ステータス、オープン」と言わなくても、心の中で呟いて右手の人差し指を少し動かせば、ステータスウィンドウは表示される。

 そこには


『名前:ディートリヒ・ミッテルハム

 性別:男

 年齢:十六歳

 地位:第二王子

 属性1:婚約者

 属性2:現地人

 攻略方法:正規ルート

 魔法適正:全属性

 好感度 :上限なし』


 と表示されている。

 好感度の部分をバレないように視線を合わせると、グラフが表示され、どんどん右肩上がりになっていた。


(婚約者だから、好かれるのは嬉しいけど、上限がないのはちょっと怖いよなぁ)


 乙女ゲームらしく、攻略方法まで乗っている。

 これがあるということは恐らくヒロインの攻略対象のはずだけど、ディートリヒ様が他の女子生徒に目がくらんでいる様子はない。


 ヒロイン仕事して? 盗られたらそれはそれで嫌だけど、いったんそれは置いておくとして。

 ヒロインの仕事は攻略対象を攻略することでは? 悪役令嬢の務めを果たせていない私がいうのもなんだけど。


「レーナ嬢が君を探していたよ」

「あら、なにかしら」

「お菓子を作ったから食べてほしい、と」

「まあ」


 上品に口元を抑える。

 私は乙女ゲームのヒロインポジションの平民レーナとよい交友関係を築いている。


(私が虐める側のはずだったのに、なぜか懐かれたのよねぇ)


 貴族ばかりの学園で、平民だからと罵られているのを見た時に、ちょっとだけ口をはさんだのが理由だろう。


 以来、すげなく扱ってもめげずに私の周りをうろちょろしてあれこれと話しかけてくるようになった。

 正直、ヒロインだけあってめちゃくちゃ可愛いし性格もよくて、あまり無下にできずにいる。


「この場所をお教えになったんですか?」

「いや、教えていない。私たちだけの秘密だから」


 ここは学園の裏の庭園の少し入り組んだ場所だ。何も知らないままではたどり着けないだろう。


「ディートリヒ様、それは意地悪ですよ」

「ふふ、でも二人きりの時間を邪魔されたくないのは本当だからね」


 呆れる私にディートリヒ様が甘く微笑む。

 隣に立った彼に腰を抱かれながら、私は水やりを再開した。


「水やりが終わったら探しに行きます」

「私も行こう」

「はい」


 ディートリヒ様はスキンシップが好きだ。だから、密着されることには慣れている。

 前世の私が知ったら腰を抜かすだろう。なにせ年齢イコール彼氏いない歴だったから。


 五分ほどして水やりを終え、魔道具のじょうろを用務員に返してから、私はレーナ様を探しに校舎へと向かった。


 さすがに腰に回されていた手は外してもらった。

 不満そうにしても、ダメなものはダメです。






「きゃあっ!」


 廊下を歩いていると、悲鳴が聞こえて思わずディートリヒ様と顔を見合わせる。

 聞き覚えのある声に聞こえた。


 慌てて駆け出すと、一つ曲がり角を曲がったところで、床に座り込んだレーナと、般若のような形相をしている最近やってきた転校生のカミルナ伯爵令嬢がいた。


「どうされたのですか?」


 どうされたもこうされたもない。レーナは頭から水を被っていて、周囲には開いたバッグに、包まれたお菓子と教科書が散乱している。


 ペタン、と力なく座り込んでいるレーナの様子から、明らかにいじめの現場だ。

 駆け寄った私たちに、カミルナ様が一転して表情を悲壮なものに変える。


「カミルナ嬢、これはどういうことだ?」


 険しい声音で問い詰めるディートリヒ様に、カミルナ様はこちらを一瞥することもなく肩を震わせた。


「レーナ様が私にぶつかって、鞄の中身をぶちまけた上に、私が運んでいた水を被ってしまわれたのです」


 明らかな嘘だ。けれど、レーナは反論しない。

 平民の彼女にとって、伯爵令嬢であるカミルナ様に逆らうことは難しい。

 肩を震わせ唇を噛みしめて耐えている姿が痛々しい。


(ステータス、オープン)


 指先を少しだけ動かす。デジタルウィンドウが空中に表示された。


『名前:カミルナ・カンネンベルク

 性別:女

 年齢:十五歳

 地位:伯爵令嬢

 属性1:本物の悪役令嬢

 属性2:転生者

 魔法適正:水

 好感度1:敵愾心あり

 好感度2:最低

 好感度3:最高

 ルート :第二王子攻略ルート

 備考  :記憶・知識保持』


(なにこれ……?)


 学園に入学してからは、好感度で一喜一憂しないようにむやみやたらと人のステータス画面は開かないようにしていた。


 初めて見る項目がいくつもある。戸惑う私の前で、カミルナ様がしゃがみ込み、レーナ様に手を伸ばす。


「私の不注意でごめんなさいね。お手をどうぞ」


 優雅に微笑む笑みの裏にあるものを察しているだろうに、レーナは私を伺いつつも、その手を取った。

 立ち上がった二人に倣って、私も立つ。

 ドレスを軽く整えると、カミルナ様はにこりと笑みを私に向けた。


「マティルデ様はお噂通り、お優しいのですね」

「噂、ですか?」

「はい。まるで聖女のように優しい方だと」

(そんな噂、聞いたことなんだけど……?!)


 いったい誰がそんなことを言っているのか。

 軽く目を見張った私に、ますますカミルナ様が笑みを深める。

 そっと近づいてきた彼女が通り際に、一言だけ低い声で囁いた。


「今だけの栄光を思う存分楽しむことね」

「っ」


 咄嗟に耳に手を当ててしまった。

 思わず通り過ぎていく彼女の姿を視線で追いかける。颯爽と歩き去る後ろ姿には、やましいものはなさそうに見える。


(本性が腐ってるタイプだわ)


 腐っても公爵令嬢なので顔には出さなかったが、彼女は私の苦手なタイプだ。

 転園してきたときから、少し高慢な性格だな、とは思っていたけれど、今のが本性ならば、納得だった。


「マティルデ、顔色が悪いが大丈夫か?」

「はい。私はなんともありません。……それより、レーナ」

「は、はいっ」


 怯えたように肩をすくめたレーナに穏やかに微笑みかける。

 そっと濡れている手を取ると、彼女は大きく目を見開いた。


「すぐに寮に戻ってお風呂を使いなさい。風邪を引いてこじらせては大変だわ」

「ありがとうございます、マティルダ様」


 学園は寮生活だ。

 平民だが特待生であるレーナもまた、寮に部屋を持っている。


 貴族の令息や令嬢に比べて手狭だとは聞いているが、平民の彼女にとっては広すぎると前に話していた。


「ディートリヒ様、私たちは寮に戻ります」

「女子寮の前まで送って行こう。……なにかあってからでは、遅いからね」

「はい」


 さっきの今だ。ディートリヒ様の気遣いをありがたく受け取って、私たちは寮に向かった。






 レーナにお風呂から上がったら私の部屋を訪ねるようにお願いした。

 事情を知りたかったのだ。

 私付きの寮でのメイドを下がらせ、ソファに座って考え込む。


(カミルナ様のステータス画面の、属性1の『本物の悪役令嬢』ってなにかしら)


 私のステータス画面の『悪役令嬢』との違いは何だろう。


「ステータス、オープン」


 自分のステータスを出す。そこに表記されている項目に、またも私は戸惑ってしまった。


『名前:マティルデ・ヴァイス

 性別:女

 年齢:十五歳と二か月

 地位:公爵令嬢

 属性1:悪役令嬢(偽)

 属性2:転生者

 魔法適正:ゼロ

 ルート :第二王子攻略済み』


「偽、ってなにかしら……あと、私いつディートリヒ様のこと、攻略済みになったの……?」


 戸惑う私の耳に扉のノックの音が届く。思考が戻ってきて慌てて返事をすると、レーナだった。

 入室の許可を伝えると、そっと扉が開かれる。


「失礼します」


(ステータス、オープン)


 心の中で唱えて、指先をそっと動かす。

 初めて会ったときに一度見たきりだけれど、どうなっているのかしら、と思いつつ。


『名前:レーナ・シュラム

 性別:女

 年齢:十五歳

 地位:平民

 属性1:聖女・ヒロイン

 属性2:現地人

 魔法適正:光

 好感度1:天井

 好感度2:やや下

 好感度3:普通

 ルート :悪役令嬢(偽)ルート』


(えっ、なにこれ)


 思わず戸惑ってしまった。

 私のルートに突入している……?

 以前見たときは『共通ルート』と書かれていたから、これから誰かの攻略が始まるのだと思っていたんだけど。


(ということは好感度1は私のこと? 2と3は誰かしら。ああもう、名前で表記してほしいわ!)


 眉を寄せているとレーナがおずおずと口を開く。


「マティルデ様、どうかなさいましたか?」

「いいえ、なんでもないわ。さあ、座って」


 対面のソファを進めると、静かにレーナが腰を下ろす。

 私は鈴を鳴らしてメイドを呼んで紅茶とお茶菓子のクッキーを用意してもらいレーナに勧めた。


「どうぞ、遠慮しないでね」

「ありがとうござます」


 お礼は口にするけれど、手を付ける気配はない。

 落ち込んでいる様子だ。

 先ほどの件があるから仕方ないのだけれど。


「さっきのこと、詳しく聞かせていただける?」

「はい」


 一つ頷いて、レーナが話し出す。


 曰く、私を探して校内を歩いていたら、前から向かってきたカミルナ様がレーナにぶつかったらしい。尻もちをついたはずみでバッグを落とした。

 そのバックを蹴って中身をぶちまけた上、水魔法でびしょ濡れにしたと。


 あまりに酷い。

 先ほどとは別の意味で眉を潜めた私に、レーナは諦めたように笑う。


「私は平民ですから。仕方ありません」

「そんなのおかしいわ」


 真っ向から反論を口にする。


 この世界では公爵令嬢という立場の私だけれど、前世ではただの民間人だった。今でもその感覚は抜けきっていない。


 授業で習ったもの。『天は人の上に人を造らず』って。あれは心理だと思う。


「カミルナ様には私からお話ししましょう。災難だったと思うけれど、ゆっくり休んでね」

「あ、あの」

「なぁに?」


 意を決した様子で顔を上げたレーナが、手に持っていた小さなバッグを開く。


「包装は濡れたんですけど、中身は無事だったので、ラッピングをしなおしました。でも、一回床に落ちたものだから、いやだったら捨ててください」


 そう言って取り出したのは、綺麗にラッピングされたクッキーだ。

 まあ、と軽く目を見張った私は、丁寧に差し出されたそれを受け取る。


 リボンをほどいてハートの形にくりぬかれたクッキーを一口齧る。

 うん、美味しいわ。


「ありがとう。お菓子作り、やっぱり上手ね」

「! ありがとうございます!!」


 ぱっと目を輝かせたレーナの表情は明るい。

 以前にもお菓子の差し入れをもらったけれど、その時より上達している味だ。


 本来、平民が貴族に床に落ちたものを渡すなんて首が飛ぶどころではないけれど、私は気にしないから問題ない。

 でも、一応釘はさしておくべきかしら。


「私相手だからいいけれど、他の方にはこういうことはしないようにするのよ」

「もちろんです」


 大きく頷いた姿に、小さく笑う。

 頬を赤らめたレーナを不思議に思いつつ、私は二枚目のクッキーを口に含む。とっても美味しい。






 レーナから聞いた話をディートリヒ様に共有した後、私はカミルナ様を空き教室に呼び出した。


「何の御用でしょう?」


 素知らぬ顔で現れた彼女に、私は浅く息を吐く。気持ちを整えて、真っ向から苦言を口にした。


「貴女がどうしてレーナにいじめのような真似をしたのか知りませんが、今後そういうことは控えるように」

「何の話ですか? 心当たりがありません」


 にこ、と微笑む余裕さえ見せるカミルナ様に表情は変えない。


「あの場に駆け付ける前に悲鳴が聞こえていました。レーナはそうは言わないけれど、状況を考えれば、貴方が害をなしたと考えるのが妥当です」


 話を聞いたことは伏せておく。それこそ害を及ぼされてはたまらない。


「そんな風に決めつけるのはどうかと思います。仮にも公爵令嬢の方が」


 少し気分を害したような反論にも、眉ひとつ動かさない。

 態度に一切出さないのは、公爵家での貴族教育の賜物だ。


「話はそれだけです。では」


 軽く視線を伏せ目礼をし、教室を出ようとした私を、カミルナ様が呼び止める。


「お待ちください」

「なん――」

「きゃああああ!!」


 突然悲鳴を上げた彼女に、さすがに驚いて振り返る。


 カミルナ様は隠し持っていたらしい小さなナイフで自身のドレスの胸元をざっくりと切っていた。

 下着が辛うじて素肌を守っているが、これでは暴漢に襲われたようなありさまだ。


「なにをして!」

「誰か! 助けて!! マティルダ様がご乱心だわ!!」


 そう言いながら、今度はナイフで腕を切り裂く。

 浅く切ったのだろうが、流れる血が痛々しい。

 衝撃的な展開に思わず後ずさった私の足元に向かって、カミルナ様がナイフを投げ捨てる。


「誰か! 誰か!!」

「待ちなさい!!」


 理解が追い付かないが、状況がまずいことくらいはわかる。

 咄嗟に声を上げた私の元へ、ばたばたと足音が響いた。

 真っ先に教室の扉を開けたのは、婚約者のディートリヒ様。


「何事だ!」

「ディートリヒ様! マティルダ様が!!」


 駆けだしたカミルナ様が、ディートリヒ様に縋りつく。

 呆然として立ちすくむ私の前で、器用に涙を流しながら、彼女はディートリヒ様の胸元で訴えかける。


「私が気に入らないのだと! 呼び出されて突然ナイフを振りかざして!!」


 まってまってまって! 本当に待ってほしい!!

 確かに私は悪役令嬢らしいから、断罪は覚悟していたけれど!


 それはヒロインであるレーナがお相手とくっつくためであって、貴女が悲運の令嬢になるためではないのだけれど?!


(あ、これが運命……?)


 悪役令嬢らしいことといえば、ひそかに練習している高笑いくらい。

 いじめも悪戯もなにもしていないのに断罪されるのは、前世で本で読んだ『運命の強制力』というものだろうか。


 唖然とする私の前で、ディートリヒ様が険しい表情をする。私がみとことのない顔。


 そして、いつの間にか周辺にはギャラリーが出来上がっていた。

 上級生も下級生も、もちろんクラスメイトも、みんな集まってる。


 誰もが私とカミルナ様を見比べて、ひそひそと小声でささやきあっていた。


(終わったわ……)


 予想外の最後だけれど、でも逆に考えれば、一世一代の大舞台だ。


 ここで悪役令嬢らしく高らかに笑って見せれば、幼い頃に決めた『悪の華を咲かせる』という目標は達成できるのでは?!


 現実逃避だと分かっていても、思わずそんな思考に走ってしまう。

 でも、このままあらぬ罪を着せられ投獄なり追放なりされるより、自分で退路を断つ方がずっといい。


 すう、と息を吸い込む。

 さあ、高らかに、カッコよく、悪役の矜持を見せるとき!


「私は――」

「虚言もいい加減にするんだ、カルミナ・カンネンベルク」


 けれど、私が練習している高笑いを披露する前に、凍えるような冷たい声音と共に、カミルナ様を突き飛ばしたのは、ディートリヒ様だった。


「え?」

「お前の血など、触れるだけで穢れる。レーナはいるか?」

「はい!」


 思わず間の抜けた声を出した私の前で、冷徹に聞いたことのない蔑む言葉を発したディートリヒ様が、レーナを呼ぶ。


 人ごみをかき分け出てきたレーナが、彼の隣に立った。


「聖女の力で癒せ。穢れを広めるな」

「かしこまりました」


 一つ頷いたレーナが呆然と座りこんでいるカミルナ様に近づいて、しゃがみ込んで視線を合わせ手を飾す。


 まごうことなき聖女の癒しの力が発動し、私にも温かな波動が伝わってきた。

 見る見るうちに治った傷を確認したレーナが私に駆け寄ってくる。


「マティルダ様! 大丈夫ですか?」

「え、ええ」


 事態がよくわからない方向に進んでいることを除けば。


 ぱちぱちと瞬きを繰り返す私の前に、カミルナ様から守るようにレーナが立つ。


 ディートリヒ様が床に転がっているナイフを拾い上げる。

 手の中でもてあそびながら、凍てついた眼差しでまだ立ち上がれないカミルナ様を見下している。


「お前は超えてはいけない一線を越えた」

「なにを仰るってるの……?」

「レーナへの嫌がらせ程度ならば、見て見ぬふりをしてやってもよかったが。マティルデに害をなすならば話は別だ」


(いやいやいやいや! レーナも守ってくださいね?!)


 思わず内心で突っ込みを入れる。口に出さなかったのは、とても口を挟める気配ではないからだ。

 これでも空気は読める方だ。


 かつかつと足音高くカミルナ様に近寄ったディートリヒ様が、道端のゴミを見るより酷い眼差しで彼女を睨んでいる。


 睨まれているカミルナ様はすっかり委縮していた。

 正面の私やレーナも見えているけれど、背後に揃っているギャラリーにはわからないのが唯一の救いだ。


「弁明があるならば、いまするといい。公爵令嬢であり未来の王子妃であるマティルデを陥れようとした罪で、このまま処刑台に送ってやる」

「っ! まって! あいつは悪役令嬢よ?! 断罪されて当然だわ!!」


(えっ、その単語出しちゃうの?!)


 思わずぎょっとした。

 私のステータス画面には確かに『悪役令嬢(偽)』の記載があるが、それは前世がないと伝わらない単語だ。


 案の定ディートリヒ様は眉を潜めた。


「さらに無礼を重ねるか」

「なんでよ! 貴方は攻略対象なんだから! ヒロインの私の味方をしなさいよ!!」


 ヒステリックに叫ぶ姿に、先ほどまでの余裕はない。

 『攻略対象』や『ヒロイン』という単語だって、前世がなければわからないワードだろうに、その区別もつかないようだ。


「何を言っているか理解しかねるな。別人のように豹変したという話は本当だったわけだ」

「なにをいって……!」

「お前の兄、カンネンベルク家の長男とは長い付き合いだ。あいつが『妹が人が変わったようだ。可笑しなことばかり口にするから、療養のために学園への入学を遅らせる』と報告してきたが、その通りだというわけだ」


 カミルナ様は転園という名目で遅れて入学したけれど、そういう裏があったのね。


 私は転生だったけれど、彼女は恐らく『憑依』と呼ばれるタイプなのだろう。

 幼い頃からこの世界で過ごしていないから、色々と認識に齟齬があるのかもしれない。


「っ! あの頭の固い兄も! 貴方も! おかしいのよ!! この世界は乙女ゲーなんだから、ヒロインの私は愛されて当然なの!!」

「話にならない。――連れていけ」

「やめて! 触らないで!!」


 ディートリヒ様の背後から生徒が二人カミルナ様に近づく。

 生徒に隠れてディートリヒ様の警護に当たっていた騎士たちだ。


 彼らに引っ立てられて、喚きながらカミルナ様は姿を消した。

 騒ぎの元凶がいなくなって、安堵から息を吐く。


 周囲が静まり返っていることに気づいた私が、あたりを見回すと生徒たちが思い思いに口を開いた。


「マティルデ様を陥れようなんて、不敬すぎる」

「優しいマティルデ様が人を害するなんてありえないのに」

「頭が足りないんだろう」


 私に同情的な声が多数だ。ちょっと驚きである。

 私、(偽)がついているけれど、悪役令嬢なのに。


 先ほどの高圧的な足音が嘘のように、そっとディートリヒ様が私に近づいてきた。

 レーナが退いた場所に入れ替わるように立つ。


「本当は抱きしめたいけれど、服にあの女の血がついているからね。……災難だったね、大丈夫かい?」

「ええ、平気です」


 そっと頬を撫でられる。

 愛おしい、と伝えるような仕草に私が思わずくすりと笑うと、ディートリヒ様が優しく笑う。


「ならよかった。疲れただろう、自室で休んだ方がいい。部屋まで送るから」

「ありがとうございます」


 遠慮しようか迷ったけれど、好意を無下にするのもはばかられる。

 一つ頷いた私に、隣にいるレーナが声を上げる。


「また美味しいクッキーを焼きますから、ぜひ食べてください!」

「楽しみにしているわ」


 小さく微笑んで、私はディートリヒ様と一緒に歩きだした。

 なんだか悪役令嬢になり損ねたようだけれど。


 でもまぁ、断罪されて追放とかされるより、やっぱり平和な生活のほうがいいかもしれないわ。

 練習していた高笑いは、一生封印することになりそうね。




『名前:マティルデ・ヴァイス

 性別:女

 年齢:十五歳と二か月

 地位:公爵令嬢

 属性1:悪役令嬢(偽)改め正ヒロイン

 属性2:転生者

 魔法適正:ゼロ

 ルート :第二王子攻略済み』


 そんな風に私のステータス画面の表記が変わったと気づいたのは、騒動から一年以上が経った頃だった。





読んでいただき、ありがとうございます!


『誇りをもって悪役令嬢を全うします!~ステータス画面で好感度が見える公爵令嬢はヴィランを目指す~』のほうは楽しんでいただけたでしょうか?


面白い! 続きが読みたい!! と思っていただけた方は、ぜひとも


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頭おかしくなって入学遅らせたのにおかしいまま送り込んでくんなwww
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