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第20話 懐かしいもの


 「……おい」

 「……」

 「おいってば」


 エンディが背から声をかけるが、アウロニスは振り向かない。

 その手には、魔燿石。薄く妖しい光を放つその石をぎゅっと握りしめ、ごつごつと踵を岩に当てながら、アウロニスは上層への通路を無言で上がってゆくのだ。


 「……なあ。分かってるだろうが、それ、必ずレイシュに届けろよ」

 「……」

 「明日までに持って行け。上がった翌日に届かなければ、三日目の朝にあんたはどっかに消えることになる。たぶん、自分の脚では戻れない」


 ミャオフが不安げに隣のエンディを見上げ、アウロニスの背に目をやり、またエンディに振り向く。


 「なあ、おい。聞いてんのか」

 「……」

 「おいって……」

 「聴こえてますよ!」


 振り返ったアウロニスの目は、充血していた。眉を逆立て、その根をきつく寄せている。見たことのない表情を向けられ、エンディは言葉を呑んだ。


 「これは……冒涜です。どんな騎士も冒険者もみんな、命をかけてダンジョンに挑んでるんです。利益のためじゃない。誰かのため、人々の、世界のために。なのに、それなのに……こんな……」

 「……ま、褒められたやり方じゃねえけどさ。主は間違いなく討伐されてたし、それをやったのは公式パーティだ。そこに誤魔化しはない。多少の役得くらい大目に……」


 言葉の途中でアウロニスは踵を返して歩き出している。歩速が増している。

 はあと息を吐いて、エンディは後に続いた。


 「……どうする気だよ」

 「……」

 「まさか、届け出るとか言わねえだろうな、役人に。ミリスティゲルの役人は一割がレイシュの友だちで、残りは飼い犬だ。やめておけ」

 「……」

 「まあ、こうなると思ったからついてきたんだけどさ。いい勉強になったろ、この街の流儀の。さあて、今日はあんたの初報酬で呑むとするかあ」


 あえて明るく声を出したエンディに、アウロニスは振り返らずに低い声で返した。


 「……王軍に届けます」

 「……なんだと?」

 「王軍の魔討局。僕の所属していたところです。攻略認定も担当しています。これまでのミリスティゲルでの攻略記録を洗いざらい調べるよう、進言します」

 

 とん、と降り立つ音。

 伸縮索を使ったのだ。エンディはアウロニスの行く手を遮るように前に立ち、真っ直ぐに彼を見据えている。


 「……自分がなに言ってるか、わかってるのか」

 「わかってます。充分に。不正を暴くんです。起きてはならないことが、この街で起きている」

 「命を落とすぞ。あんたも、あんた以外の誰かも」

 「そうはさせません。いえ……たとえ、そうであったとしても。あるべきものを、あるべき姿に戻すんです。志なかばで斃れた先人、偉大な冒険者たちのためにも」


 わずかの間、にらみ合った。

 ざっと踏み込んだエンディの手がアウロニスの握る石に伸ばされる。

 が、予期していたらしい。こつ、という硬質の感触とともに彼女の指先が痺れた。防御魔法を腕の周りに展開していたようだ。その隙に背の後ろに回されるアウロニスの手。

 ただ、その一連の動作を予期していたのはエンディも同様だった。


 「ミャオフ! 蹴って!」


 あい、という声が届く前に、アウロニスの背にぽんとミャオフが四肢をついた。つんのめるように前に出たアウロニスはエンディに抱きかかえられる。反動で、手のひらも防御も緩む。次の瞬間にはミャオフは石を咥えて身体五つ分ほど先に跳んでいた。


 「あっ、ちょっ、返し……!」

 「走って! レイシュのところに届けて!」

 「あいっ」


 上層へ走り去るミャオフ。残った二人はそれを見送りながらエンディを下にして倒れ込んだ。アウロニスの体重を支えきれなかったのだ。彼女の腹の上に乗るアウロニス。

 そしてそのまま、互いの首元を掴んでいる。互いに、眉を怒らせている。


 「……莫迦か、あんたは!」

 「どっちがですか! なんで分からないんですか! あなただって……あなただって、騎士だったでしょ!」


 エンディがぐいと腕を引き、相手の襟を引き倒して、上になった。鼻が付くほどに顔を寄せ、怒鳴る。


 「ああ、ああ、そうだ。そうだよ、騎士だったよ。なんにも知らないくせに、なんでもできると思ってた、世界には正しいことがあるんだと疑いもしなかった、救いようのないガキのな!」

 「なら、その正しいことを信じて斃れた騎士たちに、冒険者たちに、あなたはなんて声をかけるんですか……! 彼らの思いは無駄だったって言うんですか!」

 「ああ言ってやるよ。世界はな、立派に死んだ奴のためにあるんじゃない……」


 そこで言葉を区切り、喉元に迫り上がったものを呑み込む。


 「……クソにまみれて、生きてる意味なんか見えもしなくて、どろどろになって、それでももがいて、のたうち回りながら生きてる奴のためにあるんだよ!」


 アウロニスの膝がエンディの身体を押し退けた。身を起こすが、背後から羽交い締めされる。互いにぎりりと歯を食いしばっているが、何のためにそうしているのかはもはや二人ともに分からなくなっている。

 締められながら、アウロニスは苦しい声を出す。


 「……それでも、僕は……自分の役割、自分のすべきことを貫いた人たちに、報いたい。信念に殉じることが、そんなに、おかしな、こと……ですか」


 ふう、ふう、という二人の荒い息が間近に混ざり合う。その中で、エンディはいちど躊躇ってから、相手の耳元で小さく、だがざらっとした声で言葉を綴った。


 「……おんなじこと、ミャオフに言ってやれよ」

 「……え」

 「あの子はな、討伐対象だよ。第七孔のな。十年ほど前、あたしがこの街に来る前の話だ。親もきょうだいも討伐されたが、あの子だけは、パーティのひとりがこっそりと連れ帰ったらしい。見世物にでもするつもりだったんだろう」

 「……」

 「裏街の物好きどもの間で転々と売られてたが、成長しちまって扱い切れなくなった。それでレイシュを通して、あたしに依頼が来たんだ。始末のな」

 「……しま、つ……って……」


 エンディは応えなかった。代わりに、彼を締める腕の力を緩めた。二人ともにぺたりと床に尻を落とす。アウロニスにももう、走る気はないようだ。


 「魔物の隠蔽、飼育は重罪だ。最初にあの子を逃したパーティの奴も、売り買いした奴もレイシュも、そして……あたしも」

 「……」

 「……騎士の信念に従って、突き出すか。あたしを。第七孔の討伐で命を落とした冒険者に報いるために、あの子を手にかけるか。あんたの正義は、あんたの信念は、なんて言ってる。教えてくれ」


 エンディの言葉の最後は、掠れ、消えかけていた。それきりどちらもなにも言わない。

 しばらくそうしたのち、エンディが立ち上がった。手を伸ばす。それを握ってアウロニスは立ち上がった。なにかをひとこと言ったように思えたが、エンディには聴き取れなかった。問い直しもしない。

 出口まではエンディが先導した。

 

 地上に上がった二人は、無言のまま歩いて市街地まで戻り、無言のままでゴディオの酒場に入った。無言でテーブルに座るが、互いに背中合わせの別の席だ。


 「なんだよ、夫婦喧嘩は家でやってくれよ。店の空気が悪くなっちまう」


 顔を顰めたゴディオに、無言のまま指三本を立ててダル酒を注文したエンディも、ぐいと大杯をあおる仕草だけでエールを注文したアウロニスも、それ以上いえば命の保証はないという意味の視線を送ってみせた。

 肩をすくめて、ゴディオは脅迫に応じた。


 エンディが一杯をちびちびと舐めている間に、アウロニスには器が三回、運ばれた。一息で飲み干しているのだろう。

 と、店の扉が押し開けられ、ミャオフが入ってきた。店内を探すこともなく真っすぐエンディに走り寄る。


 「届けたにぃ」


 嬉しげに言う獣人の子の頭をエンディはこしこしと撫で、ずっしりとした小袋を受け取った。背中のアウロニスに頭越しに投げて寄越す。相手は慌てたように受け取った様子だった。中を確かめ、はあ、とため息を吐く音が聴こえている。


 「なにか言ってた? レイシュ」

 「にぅ。そうだった」


 エンディに尋ねられると、ミャオフは目を見開いて手を打ち合わせた。とてて、と走ってアウロニスの横に廻り込む。え、という顔を向けるアウロニス。エンディも身体ごと振り向いている。

 ミャオフは口の端をふんと持ち上げ、両手を広げて、手のひらの肉球をアウロニスの背に廻した。抱きしめて、獣髭のある頬を相手のそれに擦りつける。背をぽんぽんと叩く。


 「あくにんす、ぎゅ、してあげなって。レイシュ、いってた」


 アウロニスは戸惑ったように口を開けていたが、耳の横で聴こえるミャオフの声に表情が崩れた。ぐいと抱き返し、その力にミャオフはにうっと声を出す。みるみる潤んでくる目は、酒のためというだけでは説明がつきそうにない。


 そう遅くならないうちに店を出たが、アウロニスはひとりで歩くことができなかった。ちくしょう、ちくしょう、と呟く彼に、エンディは肩を貸した。

 住処までの道すがらもずっと、彼はエンディに支えられながら同じ言葉を繰り返していたのだ。

 月明かりが降るその金の髪に、薄い青の瞳に、エンディは懐かしいものを見つけたような視線をときおり向けた。

 相手には、気づかれないように。

 

 

 

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