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第17話 ほんものの仕事


 濃鼠色の外套がばさりと床に落ちる。

 同じ色の行動着の胸元に手をかけ、ちらりとアウロニスに振り返ったエンディの頬は、わずかに上気していたのである。


 「……あ、ちょ、ちょっと……!」


 アウロニスは溺れたようにあわあわと手を振り回し、くるりと後ろを向いた。入ってきた扉の前に立ち、脚を肩の幅に開き、後ろに手を組んでいる。ともかくエンディのほうを見ないようにしているのと、他に誰も入ってこないように警護をするつもりなのだろう。


 エンディは眉をあげ、小さく首を捻った。アウロニスが慌てている理由が呑み込めないが、それでも、自分の装備の全貌を他人に見られるのが照れ臭いと感じているのが伝わったのだろうと解釈している。


 「早うせんか」

 「……はい」

 

 老人の催促。短く応え、全身の装備を外しはじめた。ごん、ごつん、と重い音を響かせながら床に置いてゆく。

 最大のものは背の装甲で、ちょうど甲虫の翅のような形のそれは、展開すれば短針二百発と長針二発を射出することが可能な武装となる。その装甲を支えるように身体を交差して巻かれている厚い革帯は、腰辺りに伸縮索と短針を何本か刺せるようになっている。その左右は爆炎弾や催涙弾を収める物入。

 長靴なり、手の甲や脛を護る防具にも刃が仕込まれている。

 外出するときは常にこの恰好だから、いわばエンディは武器を纏って暮らしているということになる。

 と。


 「……おお……おおおっ……!」


 アウロニスがびくっと肩を揺らす。背に、しわがれた悲痛な叫び声が届いたのだ。恐る恐るという様子で少しずつ振り返る。

 椅子から立ち上がった老人が装備を抱きしめ、泣いていた。

 その前に立って頭の後ろを掻いているエンディは、行動着だ。長袖である。とくに肌は見えていない。アウロニスはわずかに肩を落とした。その彼の横顔を店の隅のミャオフが薄い目で眺めている。


 「ああ、可哀そうに……なんて酷い扱われかたを……こんなになるまで放っておかれてなあ。痛かったろう、辛かったろう。すまない……いま助けてやるからな、待ってておくれ」


 そう言い、老人はぐすりと鼻をすすり上げ、エンディをどろりとした上目で睨んだ。


 「出入り禁止だ」

 「えっ」


 エンディの目が丸くなる。彼女のそうした表情をアウロニスははじめて見ることとなった。


 「言うておいたはずだ。こうなる前に来いと。この子らの声が聴こえんかったのか。助けてくれ、休ませてくれという声が」

 「……き、聴こえません……でした……」


 老人はじっと彼女の顔を見つめ、装備を抱えたままで無言で踵を返した。店の奥に向けて歩き出す。


 「そ、そんな……教授……」

 「ちょっと待ってください、ご店主」


 エンディの声に被せたのは、その横に立ったアウロニスだ。

 そして次の瞬間に背を掴まれ、身体ごと扉の方に向き直させられていた。


 「ば……莫迦! 店主って言うな!」


 彼の耳元で囁くような音量で怒鳴ったエンディは、そろりと老人……教授の方に首だけを向けた。相手も振り返っていた。目が合い、彼女にできる最上の愛想笑いを浮かべてみせる。

 その頭の後ろから、アウロニスは口を曲げながら声を投げたのだ。


 「このひとの事情も聴いてあげたらいいじゃないですか。大変だったんですよ、この何日か。無茶な依頼を受けて、休む間もなくもががが」


 言葉の最後を言い終えないまま、その口はエンディの手のひらにより塞がれたのだ。同時に彼女は膝で相手の腹を小突いている。腰に短針があれば使っていたかもしれない。

 が、遅かった。教授の目がアウロニスに向いている。


 「……誰だ、その小僧は」

 「あ、いえ、ただの通りすがりで……」

 「エンディさんの家に住まわせていただいてます。アウロニスと言います」


 三者の目が同時にアウロニスの顔に注がれた。視線の意味はそれぞれ大きく異なる。エンディのものがもっとも複雑であり、ひとことで言えば、飼育していた害虫の駆除を決断したという色合いである。

 ミャオフはどうしたことか、目を弓型に撓めてふふんと鼻息を吐いている。

 教授はわずかに眉を上げ、こちらはため息とともに小さく呟いた。


 「……男ができたのなら、ちょうどよかろう。足を洗え。もう来るな」

 「ま、待ってくださ……」

 「あなたはまったく分かっていない。その道具たちの声を聴いていないのは、あなたの方です、ご店主」


 被せられた声にエンディの時間が停止した。左の顔は、右の銀に負けぬほどに白くなってゆく。

 同居人ふたりを見比べながら、ミャオフはどうしたことか嬉しそうに身体を左右に揺らし出した。


 「……どういう、意味かね」


 低く返した教授に、アウロニスはまっすぐ声をぶつけた。


 「そのままです。お手元の伸縮索、ご覧になりましたか」

 「……何が言いたい」

 「ふ」


 アウロニスは口の片端を持ち上げ、息を漏らした。それを受けた教授は一方の眉を上げ、傍観者たるミャオフはにんまりと目を細めた。

 なお、エンディはすでに呼吸をしていない。

 

 アウロニスはエンディの背を離れ、つかつかと教授に歩み寄った。手に抱えられた装備から伸縮索のひとつを取り上げ、光にかざすように持ち上げる。


 「……良い道具です。王都でも似たようなものは見たことがあります。が、ものが違う。主たる材料はエリン獣の上腕腱、先端部はコウヨウの爪。伸縮性と挙動の柔軟性を最大限に確保している。ただ、それだけでは使用者の意思伝達に漏れと遅延が生じかねません。そこを、イディスティル石の奇数配列により補っている。見事なものです」


 大儀そうに横を向いていた教授は、アウロニスが澱みなく並べた言葉に顔を振り向けた。眠そうだった目を見開いている。


 「……いま、なんと言った」

 「イディスティル石。間違いないと見ましたが、もし違っていたら謝ります」

 「なぜ、わかった。大陸ではわしのところでしか扱っていない」

 「討伐兵装理論が専攻だったんです。騎士学校で。魔法科でしたが、非魔法の精神感応装備論を学んでいました。もっとも、イディスティル石は教科書で特徴を知っていただけですが」

 「……ふん。王軍の、魔法屋か」


 いちど上げた瞼をまた胡乱げに下ろしかけた教授に、アウロニスは微笑を向けたのだ。


 「ええ、魔法屋です。だからこそ、分かるんです。魔法を使わずに魔物の体組織の極端な特徴を組み合わせ、ここまで繊細で美しい道具を作り上げた、その恐ろしいまでに高い技術が。そして、まともに動かすことすら困難なその道具を耐久性の限界までとことん追い込み、使いこなしたエンディさんの凄さが」

 「……」

 「その道具の声。僕にはこう聴こえたんです。嬉しい、嬉しい、力いっぱい働くことができた、って。あなたにも、本当は聴こえているはずです」


 それからしばらくの間、二人は互いの目をじっと見つめたまま動かない。が、やがて教授が鼻を鳴らして後ろを向いた。


 「……ふん。知ったような口を」

 「はい、生意気でした。申し訳ありません」


 アウロニスは頭を下げたが、屈託なく笑っている。


 「……イディスティル石の配列が乱れとる。酷使のためじゃ。生命の螺旋の傾斜に沿わねば、使用者の魂が影響を受ける。そこまでお前は、見抜けたか」

 「いいえ、そこまでは」

 「ふん、青二才めが」


 教授は彼のほうへ振り向くことなく、右手を少し持ち上げて、くいと店の奥のほうを親指で示してみせた。


 「ついてこい。二度と生意気を言えんように教えておいてやる。本物の仕事というものをな」


 アウロニスは素直に頷いた。なぜかミャオフも嬉しそうに跳ねながらついていく。教授はこれを追い返さなかった。

 後には、目を点のようにして立ち尽くしているエンディだけが残されたのである。


 教授の授業は夕刻まで続いた。

 興奮を隠せない様子で談笑しながら出てきた教授とアウロニス、そしておやつを与えられたようで口をもぐもぐと動かしているミャオフは、うす暗い店の隅で膝を抱えて待つエンディを発見することとなった。

 腰に隠していたのであろう糧食を、彼女はぽりぽりと、少しずつ齧っていた。

 



 

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