第14話 抱け、あたしを
一頭は落とした。
もう一頭がアウロニスを捨ててエンディに向かう。
「うぁ……!」
放り出されたアウロニスが自由落下を始めた。が、エンディは手を出さない。自分で減速するだろうし、魔物の相手をする必要があるし、なによりそちらを見たくなかったのだ。
(もう一頭……減らせるか?)
向かった一頭の側頭に再び蹴りを見舞おうと構えたが、魔物も学習したらしい。顎を上げてそれをさせない。
後方に射出した索によりぐんと引かれて距離をとるが、そこを下から二頭に襲われた。脚を跳ね上げてなんとか躱すが、爪が掠った。右肩が裂け、銀の皮膚が露出する。
(痛ぅ……甘くは、ないね。仕方ない)
呻きながら、それでも腰のあたりを操作する。
羽根のように展開した武装装甲の内側の短針が一列、ばららと立ち上がった。圧搾空気が充填される音。
腰から爆炎弾を二発、取り出す。片手に握りこむ。
その状態でエンディは、再びふわりと滞空した。
正面から先ほどの一頭。
上方から旋回して戻ってくる二頭。
魔物たちとの距離を掴むと、口中で、ろく、ご、よん、と数えはじめた。
残りが二となったところで掌中のものを腰に叩きつける。
同時に魔物が三方から彼女を捉えかけた。
その刹那、真下に射出した索により彼女の身体は急激に引き落とされた。落ちる瞬間に手の中の爆炎弾をふっと宙に放り、さらに脚を上にしたまま、背後の壁に索を打っている。
閃光と爆音。
ちょうど三頭が交差した中間で爆裂した火薬弾は、魔物たちの鋼の外殻の一部を剥ぎ取った。むき出しになった魔体。そこを、高速で射出された複数の短針が貫いた。
深傷を負い、互いに衝突して、エンディのすぐ横を三頭が落下してゆく。
残りは、一頭。天井付近にいる。
が、エンディは逆を見た。
視線の先は、地面に降りたアウロニス。呆然とこちらの闘いを見上げている。
その身体に索を飛ばす。同時に、下層への入り口の付近にも。いずれも腰帯に固定する。握りこむと、エンディの身体は入り口付近に飛ばされ、そこへアウロニスがまるで遊具の毬のようにぶおんと音を立てて飛んでくる。
なにか喚いていたようだったが、聴こえないこととした。
彼女の髪を揺らしながらすぐ横を通過した毬は、石壁に激突してずるりと落ちた。防御が効いているから怪我はしないはずだ。ただ、ちょうどその時に防御限界の二百回に達したらしい。アウロニスを包む淡い光がすうと消える。
急激に背を掴まれて引き寄せられたため、衝撃に備えて膝を抱えるように丸くなっていたようだった。その横にエンディが立つ。
そろりと手足を伸ばし、恐る恐る彼女の顔を見上げるアウロニス。
「……すみ……ま、せん……」
エンディは応えない。顔も振り向けない。
まだ残っている魔物を警戒しながら全身の装備を再確認し、小さく舌打ちをしている。脱出の際の追跡封じとして最後まで残すはずだった爆炎弾を使い切ってしまった。短針も、半分ほど。両腕の刃も刃こぼれしている。
憂慮すべき事態だった。
「……あの……忘れ物、って……」
座り込んだままでおずおずと言葉を送ったアウロニス。彼女はやはり応えない。無言で下層への路への入り口に踏み入る。
アウロニスも慌てた様子で立ち上がり、追従した。
「わ、忘れ物……だい、じょう、ぶ……ですか」
「うあっほん!」
エンディの巨大な咳払いは石壁に反響した。アウロニスはきゅっと肩を縮め、口をつぐんだ。もういちど尋ねれば人生の旅がここで終わるような予感を持ったためである。
残った蟻は追ってこない。様子を窺っているのだろう。エンディは後方を警戒することをやめ、足を速めた。アウロニスもおとなしく付いてくる。
が、すぐにその速度が落ちることとなった。
「にぃうぅあああああ」
叫びながら下降路を走り登ってくるものがある。四肢でぽんぽんと跳ねるようにやってきて、エンディたちの後ろに隠れた。
「……どうしたの、ミャオ……」
背に張り付いているのはミャオフに声をかけようとしたエンディだったが、言葉は中途で途切れた。
ずる、べったん。
ずる、べったん。
下降路の先、曲がり角からそれが姿を見せた瞬間、エンディを含めた全員が踵を返して走り出していた。
複数の腕を生やした、通路いっぱいの巨大な胃袋。そうとしか形容しようのないおぞましいものが涎を垂らしてのたうちながら迫ってくるのだ。本能が足を動かした。
しかも、相手は速い。
「……だ、ダンジョン主……? なんで……」
アウロニスが走りながら呟いた。エンディは否定しない。同じ感想を抱いたためだ。正体を確認するまでもない。間違いなく、主だった。
ふたつ下、最下層から登ってきたのだろう。ここでの戦闘の気配を感じたのか、別の理由か。
元の主窟に飛び込むように出ると同時にその背から胃袋、主がうねり出てきた。そのままの勢いで主窟の底までのたうち進む。
茫然としてる彼らの前で、深傷を負って蠢いている蟻の一頭を捉え、喰った。逃れようとした他の蟻に飛びつくように被さり、ごりごりと飲み込む。
「……どうりで、魔物の数が少ないわけだ……」
エンディがぼつりと呟く。
最下層の攻略で瀕死となったのだろう。攻略パーティはそれをもってクエスト完了とし、爪だけを採取して引き返した。が、息を吹き返し、各層の魔物を喰らって回復を図っていると思われた。
四層も恐らく、空だろう。三層の蟻の魔物だけが残っていた理由も想像がつく。
「酸っぱくてまずいもんな、蟻……」
今度の呟きはミャオフにだけ聴こえている。おえ、という形に顔を顰めて彼女を見上げた。エンディは構わず改めて全身の装備を確認し始めている。
と、アウロニスがずいと前に出る。
眉を逆立て、奥歯を噛みしめている。震えを堪えているように見えた。
「……行ってください。これで目的は達成した。第九十二孔の主は健在だった。依頼主にそう報告すれば、終わりです。僕が、しんがりを務めます」
エンディはしばらくの間、彼の細い金髪の後ろ髪を眺めていた。が、わずかに肩をすくめ、傍のミャオフの背をぽんと叩く。気色わるそうに巨大な胃袋を見つめていた獣人は、それでもぶるんと身震いし、ん、と彼女を見上げて頷いた。
それを合図に二人は跳び出した。
エンディは右、ミャオフは左から廻り込む。
「……えっ、なんで!」
「これが依頼のほんとの目的だろうが! それくらい、き、づ、け、よ!」
この孔に入ってはじめてアウロニスに叫んだ言葉の最後は、全力で主に踵の刃を打ち込み、即座に回転して奥の壁に跳び、怒りに身体を持ち上げた主の腹部へ短針を斉射するという一連の攻撃と同時に発せられたのだ。
身体を捻ってもがく主の脇にあたるところに、逆の方向からミャオフが走り込んだ。目で追えない速度で擦過しつつ鋭い爪でぎんと斬る。
が、いずれも効果は薄いようだった。
(……厳しいか。炎が有効だったろうなあ、ちきしょう)
どん、べたんと身体を投げ出すような主の攻撃を躱しながら思考を巡らせる。表面は硬質な上にどろりとした膜のようなものに覆われている。攻略パーティはおそらく熱を制御する魔法で対処したことだろう。
魔法か。
そこまで考えがたどり着くと、銀の右目が疼く。見ている者があればその中心に紅の光が灯ったことに気づいたはずだ。しかし彼女はぐいとそれを擦り、頭を振って打ち消した。
代わりに、叫ぶ。
「おい、悪人!」
「……アウロニスです!」
返事をした男は戦闘に参加しようと剣を構えているが、二人と主の挙動の速度についていけずに硬直していた。
「防御、どうだ、回復したか! 全方位防御、使えるか!」
「え……はい、短時間なら、たぶん」
「範囲は! 防御範囲!」
「……あ、僕の身体に、触れているものなら」
その瞬間。
アウロニスの足元にばずんと音を立てて伸縮索が突き刺さった。
即座に跳んできたエンディ。
すっくと背を伸ばし、アウロニスと正対する。互いの瞳がこぶしひとつの距離。
その手が相手の背に廻る。
引き寄せる。頬を、つける。
熱い。髪の匂い。鼓動。
その感触は、エンディの胸に痛みに似たものをもたらした。
それでも、叫ぶ。
「早く……! 抱け、あたしを!」
「……へ」
「は、や、く! ミャオフ!」
「あい!」
遠くからミャオフの返答、それを追って重量物が地をのたうち近づく音。
アウロニスの手がエンディの背と後ろ髪をぐいと抱いたのと、二人が胃袋の魔物の口中に取り込まれるのは同時であったのだ。




