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第1話 サルベージ屋のエンディ


 「……見つけた!」


 閃光弾が照らしたのはほんの一瞬だ。

 が、エンディの銀の右目はそれを見逃さない。


 同時に壁を蹴り、殺到してきた魔虫をかわす。

 数秒前に反対の壁面、背丈の二十倍ほどの距離を飛ばして打ち込んでおいた伸縮索の根元を握りこむ。索は材料である魔物の体組織の反射により急激に縮もうとし、エンディの身体を円筒状の地下空間の中空へ浮かせた。

 その後を魔虫の群れが追う。無数の脚と棘を持つ巨大な飛行百足(むかで)だ。牙と棘に含まれる毒は触れただけで人間を死に至らしめる。


 脚を上、頭を下に、きりもみするように滞空しながら、エンディは腰から別の伸縮索を取り出した。天井に向けて射出し、固定されたことを確認して、迫った一匹の頭部に踵の仕込み刃を打ち込みながら叫ぶ。


 「ミャオフ! 掴んで投げるから、受け取って!」

 「あい!」


 短い言葉だが、その幼い獣人は彼女の意図を正確に理解していた。エンディと、彼女が指さした場所とを見上げながら、四つ足で壁面を駆け上がる。虎に似た鋭い爪はよく岩壁を捉え、虎を凌駕する脚力はその主を瞬時に目指す場所まで運んだ。


 「お師匠!」


 ミャオフが叫ぶ。そちらを見ずにエンディは天井に届いた索を握った。跳ねるように引き上げられる。追ってくる魔虫。上に向けた脚を屈ませ、天井に到達した瞬間にそれを全力で蹴り、同時に索を手放した。虫の集団に正面から向かう。

 が、接触する寸前にもうひとつの索を握りこんだ。鋭角に横合いへ飛び、壁面から舞台のように突き出た岩場に飛ばされる。叩きつけられるように落ち、転がりながら目的のものを掴んだ。すぐに奥の壁面を蹴って体勢を立て直す。


 (……取った!)


 遅れて方向転換してきた魔虫が彼女の手にあるものを見つけ、女の絶叫のような声を発した。エンディの手に載せられたそれは、虫が好んで収集するという黄金色の細工を纏っている。魔虫にとっての戦利品であり、宝物だ。


 勢いを増した魔虫を十分に引き付け、彼女はそれを放り投げた。虫の群れはぞろりと方向転換をし、中空のそれに群がる。捉えかけられたが、わずかにミャオフが速かった。壁面を蹴って跳び、目指すものを咥え取って虫の鼻先を掠めて通過した。弧を描くその背に魔虫が迫る。が、跳躍したエンディがその背後に躍り出た。


 索を操りながら、片手で腰のあたりを叩く。背中に巻き上げるように畳まれていた羽根状の装備が左右にばんと展開された。その内側には無数の短針。圧縮された空気が炸裂する音とともに針が斉射され、至近距離から魔虫たちを襲った。不快な金切り声をあげてもがく。


 「ミャオフ! 備えて!」

 「むぅ」


 壁に到達してすがりつき、ものを咥えているミャオフには返事ができない。が、この後に何が起きるかをよく知っていたから、慌ててきゅっと身体を丸める。次の瞬間に索がその身体に巻き付いた。使用者の意図に反応して先端の形状と動作を変えるという性質の索だったが、ここまで精密に制御できるのはミリスティゲルではエンディのみである。

 斉射と同時に上部の岩の裂け目とミャオフに同時に索を飛ばしたエンディは、腰の金具にそれぞれを固定し、ぐいと根元を握った。彼女を中間点に、伸び切った発条ばねがいちどきに戻るように、二人の身体は爆発的に引き上げられた。

 岩の裂け目に身体を投げ込むように着地したエンディが、続くミャオフの身体を受け止める。十歳の少年ほどの体躯のミャオフだが、それでも魔獣の筋肉を持っているのだ。体重は大人の男性に近い。受け止め損ねて、二人ともにひどく転がり、ともに奥の岩壁に頭を打った。


 「痛ってえ……!」

 「うにゅっ……おひひょう、はんほう!」


 口にものを咥えたまま、お師匠、乱暴、と抗議の声を上げるミャオフ。が、すぐ下からざざざと虫が迫る音。エンディは頭をさすりながら懐から黒い塊を取り出した。


 「ごめん目測間違えた。さ、走るよ!」

 「あいっ」


 ぐ、と塊を握りこみ、三つほどを数えて裂け目の入り口に投げる。直後に凄まじい閃光が走り、空気が爆ぜた。裂け目に入ってきた魔虫はその直撃を受け、ばらばらと遺構の底部へ落ちてゆく。

 虫が追ってこないことを確認し、ミャオフの口から目的のものを受け取って裂け目の奥、出口の方向に走り出そうとした、その時。


 『エンデラーゼ』


 鋭い痛みとともに、その声は彼女の脊髄を直接に揺らした。紅蓮に揺れる裂け目の向こう、遺構の底からその声は届いている。


 『エンデラーゼ・ヴィステリア。安心して眠れる場所は、見つかったかい』

 「……うるさい」


 エンディは振り返らない。呟きながら、顔の右半分、銀に染まった肌に掌を当て、ぐいと擦った。削り落そうとするかのように、自らを罰しようとするように。皮手袋が頬に血を滲ませる。が、その痛覚が声を消した。


 「……お師匠?」


 覗き込むように見上げるミャオフの声で我に返る。十を数えるほど立ちすくんでいたのだ。目をぎゅっと瞑り、頭を振るって、獣人の子の虎柄の首筋に手を置く。


 「……大丈夫。なんか腹、痛くなっちまってさ」

 「むう……だから朝、食べすぎって言ったにい」

 「あはは、だって美味かったんだもん、ミャオフの目玉焼き」


 ミャオフは眉を上げ、怒っているのか笑っているのかわからないような表情を作った。その背をぽんと叩いてエンディは走り出す。ミャオフが後を慌てて追った。

 


 ◇◇◇



 テーブルの上に目的のものを置き、エンディはぐいと相手の方へ押し出した。


 震える手が伸びる。正面の若い女性、依頼者の細く白い指がそれに触れ、ためらうように戻り、また伸ばされた。

 横にいるのはおそらく父親であろう。仕立ての良さが見て取れる服に身を包み、依頼者の背に手を置いている。見上げた依頼者に小さく頷いてみせる。


 依頼者は、金細工が施されたその小さな楕円形の装飾具を手のひらに載せ、もうひとつの手のひらを被せた。祈るような仕草。それからゆっくりと手を開き、装飾具のなかほどに指をかけ、開いた。


 「……ああ……っ」


 彼女は小さなキスをそこに落とし、押し戴くようにして額に当て、そのまま肩を震わせている。時おり嗚咽が漏れ、そのたびに父親がちいさく首を振る。


 エンディは地上に戻ってから、確認のために装飾具をいちど開いている。

 だから、そこに収められているのがいま目の前にいる女性の肖像画であることを知っていたし、ミリスティゲル第二十八孔で命を落としたひとりの冒険者が、人生の最期の瞬間に手元に置いたものがそれであることも承知している。


 「……持ち主は、見つからなかった」


 エンディは依頼主の肩越しに、賑わう表通りの様子を見やりながら小さく呟いた。こういう時にどんな色の声を出せばいいのか、もうこの仕事も五年になるというのに、いまだにそれすらわからないでいる。


 「……もう、ひと月も前のクエストだ。彼が……娘の婚約者が、最期にそこにいたという証。それさえあれば、娘は……わたしたちは、前を向ける」


 何も言えない娘に代わって告げた父親は、唇を噛んで俯き、いちど言葉を収めた。息を吸い込んで顔を上げ、エンディにまっすぐ視線を向ける。


 「……ありがとう。素晴らしい働きだった。君に頼んでよかった」

 「……いえ」


 なんどか息を整え、父親は姿勢を正した。


 「王軍ですら手が出せない、特定廃棄ダンジョン。唯一引き受けてくれた引き揚げ(サルベージ)屋が、まさか君のような若い女性とは。銀揚羽ぎんあげは、君の二つ名は、その風貌だけに寄るものではないということだな」


 エンディは目を伏せたまま、顔をわずかに右に振った。顔の右側、銀の髪と銀の肌、銀の瞳に向けられる好奇の視線には慣れている。ただ、なにも感じないわけでもない。それ以上の詮索も避けたかった。

 父親は手元の器を持ち上げ、中身をぐいと飲み干して言葉を継いだ。


 「それだけの実力があるのなら、今すぐにでも王軍、魔討局で仕事ができるだろう。こう見えてわたしはミリスティゲル評議会に繋がっている。今度のことの礼がしたいんだ。君を紹介させてくれ。公営ギルドの登録番号は」


 エンディは横に目を向けたまま、応えない。

 父親は怪訝な顔を浮かべ、声をひそめた。


 「……登録を、していないのか。なにか理由があるのだな。力のある者はみな大回廊に向かう。始原しげん、魔王を目指す。前線に立ち、人々を護るために。それがすべての冒険者の夢だ。わたしの息子になるはずだった男のように。君もそうだろう。わたしが何とかする。君の保証人になって、一人前の冒険者に……」


 と、エンディは父親の方を見ないまま、ふうと小さく息を吐いた。革手袋を履いた手を開いて示す。


 「お金」

 「……なに」

 「お金。依頼料、お願いします。七千ダール」

 「……」


 差し出されたエンディの右手をじっと見つめたあと、父親は眉根を寄せながら懐から袋を取り出した。ふっと吐き出された鼻息に含まれているのが侮蔑の感情であることは、エンディにも伝わっている。

 ざらり、と彼女の手のひらに載せられた袋の口を覗き込んで確認すると、エンディは立ち上がった。表情をつくらないままで小さく会釈し、踵を返す。カウンターの向こうで様子を見ていた馴染みの店員をちらと睨みつけて、扉に手をかけた。

 と、その時。


 「……あり、がとう」


 背中に声が届いた。掠れるような、だが、精一杯であろう声量。

 振り返ると、依頼者の女性が立ち上がっていた。くしゃくしゃになった顔。


 「……ありがとう……ほんとうに、ほんとうに……あり、が……」


 深々と頭を下げる依頼者。エンディはわずかに迷ったように視線を左右にやり、小さく頷いて店を出た。

 初夏を迎えるミリスティゲルの蒼い空。

 見上げるエンディの肩までの髪、左の黒と右の銀のそれを揺らしながら、北の街らしい冷涼な風が吹き抜けていった。



 

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