魔物と女
私は夜の女王だった。
そうその街ではそう呼ばれた。
でも、そんなことは忘れるくらい、奴隷生活が長かった。
今は、ただの女。
魔獣と暮らす、洞窟の女。
もう、涙も枯れた頃、迎えに来てくれたのはティルス達だった。
私は、彼らを助けるために知恵を授けた。
彼らはすんなり覚えて、私の指示に従う。
私は、彼らを慕い、励まし、ともに戦う。
一匹だって殺させない。
冒険者達を追い返すのにも慣れてきた。
私は、私の幸せのために戦う。
「貴女はどなたでしょう?」
今度の冒険者は話しかけてくるのかと呆れた。
「私はティルスの友だち。あなた達こそ誰?」
「ここのティルスは貴女の指示でこうしているのですね」
その男は素直な男だった。
「一人なの?」
「いえ、仲間が外に居ます。ここを通れないかと戦うつもりで来たのですが、貴女が通してくれれば大丈夫そうですね」
「貴方、名前は?」
「リグドーと言います。他の仲間も案内していいですか?」
「良いわよ。貴方は他の冒険者と違うみたい」
「まぁ、話が出来るならそれに越したことはありませんから」
そう言って入口付近の仲間を呼んだ。
「驚いた、こんな美人がティルスのボスとはね」
「リーランド、口説かない」
ウェルがぽかりと頭を叩く。
頭を撫でつけ笑う。
「ここのリーダーは貴方?」
「違う。ここのリーダーはこいつだ」
とウェルが顎で示した。
「貴方が……?」
「ああ。一応リーダーをやっているアッシュという」
「私はシェザ。ティルスは私を助けてくれたの。だから、私もティルス達を助けたいの。殺すのは止めて頂戴」
フードを取り、銀の綺麗な髪が揺れた。
青い瞳は吸い込まれそうな程美しかった。
「それなら、この洞窟を抜けた方がいい。高原が広がる場所がある。そこには隠れ家になりそうな洞窟が幾つかあるし、そのほうがティルス達も良いだろう。餌になりそうな樹の実や葉も多い」
リーランドがそう言うと彼女はそうなの?と食いついた。
「ここは人が来るし貴女達に良くない」
「ありがとう。皆と一緒に洞窟を抜けるわ。でも、よく知ってたわねティルスが草食だって」
「こいつの師匠が詳しい人でね」
それに嬉しそうに笑うアッシュが居た。
何だか仲良くて羨ましくなった。
「私もこんなふうに仲のいい友達が欲しかった」
「まだ間に合うさ。ティルス達だけじゃない。貴女を救うのは貴女自身だ」
アッシュが言った。
「でも、私はティルス達を置いていけない」
「ティルス達も馬鹿じゃない。時が来れば解るさ。何もかも時の流れに任せて幸せが降り注ぐのを待てる余裕も出る」
ウェルが続きを言うように話した。
歩きながら話すうちにティルス達を呼んだ。
「洞窟を出よう。皆」
咆えて、解った様にシェザに付いてくる。
「利口だな」
「私が呼ばなければ来ないの。まるで居なくなっても後を追わないと言われてるようで、私はちょっと寂しいわ」
「野生の理だな。行くもの追わず。来るもの拒まず」
リグドーがウェルの言葉に笑う。
「俺達も似たようなものだろうけどね」
「まぁ、家庭を持つと言われたら行けばいいと言うだろうな」
「そんなこと無いのでご安心を」
リグドーが笑った。
アッシュがティルスを撫でた。
「魔獣もこうして触ると違うなと思うな」
「そりゃあ、見ると見ないとじゃ全然違うからな」
結んだ髪を後ろに払ったリーランドの言葉に頷く。
「違いない」
一緒に洞窟を抜けて行く途中、冒険者の声がした。
「シェザ、隠れろ」
「ええ。ありがとう。皆、岩陰に」
シェザとティルス達が隠れたの見てから、冒険者達と遭遇した。
「おお、兄ちゃんたち! この辺にティルスの群れが居なかったか?」
「見なかったな。こんなところまで討伐依頼とは頭が下がる」
「そうなんだがな。まぁ、とりあえず、報告に戻るわ。ありがとな兄ちゃんたち」
「ああ」
入口の方へ歩いていくのを見送り、見えなくなってからシェザを呼ぶ。
「良かった。ありがとう!」
「ティルス達も来たな。早く洞窟を出よう」
洞窟はもうすぐ出口が見えていた。
綺麗な日が差しそこから出ると、高原が広がっていた。
「冒険者は?」
「居ないようですよ」
「こっちも大丈夫」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、ここからはシェザ、君の自由だ。好きなところに行くんだ。通してくれてありがとう」
何だか急に寂しくなって、アッシュに抱きついた。
「ありがとう。とても心強かったわ。また逢いましょう。リグドー、リーランド、ウェル……そして、アッシュ」
「シェザ、君も元気で」
それから、あの人達がどこへ行ったか私は知らない。
旅の途中だとしか聞かなかったから。
私は心のなかにその一時を残して、これからも冒険者と戦いながら、ティルスと生きる。