明晰夢
夏休みが終わった頃、サエキは不思議な夢を見始めた。
ここは家の近くの道路?全体的に灰色で、ところどころ霧がかっていて、そこの画像データが抜け落ちているみたいに空白だった。
サエキは道路の真ん中に立っている。あちらのほうから逞しい青い鬼と赤い着物を着た美しい鬼の女性のカップルがサエキにやってきた。
青い鬼「おい、起きろ。修行の時間だ。」
鬼女「アンタ、この子はまだ動けないみたいだよ?」
二人が俺の顔を覗き込む。
青い鬼「んー?やってれば、そのうち動けるようになるんじゃないか?」
鬼女「じゃあ、やりますか。」
鬼ごっこ。青い鬼を捕まえる。そんな夢がスタートした。
最初は気持ちだけ焦って、体は動いてくれずどんどん距離を離されるだけだった。
鬼女「がんばんな!」
青い鬼「最初はそんなもんさ。」
その日の夢は、それで終わった。朝、起きて。体が疲れていると言ったこともない。ただ、追いつけない、という焦りみたいのは残っていた。
サエキ『なんなんだ?夢の中で自由に動ける修行?』
夢を見るたびだんだんと、歩くスピード、走るスピードになっていった。
サエキ「捕まえた!」
青い鬼は捕まって、満足気にしている。
鬼女「今度はアタイの番だよ!捕まえてみな!」
赤い着物の綺麗な顔の鬼女は高くジャンブして、屋根伝いに逃げていった。
青い鬼「……やりすぎ。」
サエキはその場でジャンプするが体が重くて、ちょっとしか上がらない。屋根伝いはあきらめて道路を走って、塀を屋根までよじ登って追いつこうと頑張った。
フォックス「人間なんだからそこまでかしら?」
見かねたのか。フォックスが街角から現れ、サエキのもとに近寄ってきた。
夢なのに香水の香りがした。
サエキ『変な夢だ。』
フォックス「いい?今度はこれを覚えるのよ。」
フォックスは両手で刀印を作って左手の刀印をサヤに見立てて抜刀し、空に五芒星と網目を描いた。
フォックス「臨兵闘者皆陣烈在前。九字っていうの、簡単でしょ?」
サエキも見様見真似でやってみる。
フォックス「オッケー、オッケー。次はこれ。」
手で何かの形を素早く作っていく。
サエキ「先生。早いです。」
フォックスはキョドった。
フォックス「そ、そうね!悪かったわ。手印っていうのよ。コレ。臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前。」
漢字一文字、一文字にそれぞれ形があるらしい。
サエキはゆっくり手印を作っていった。
フォックス「それを覚えて、素早く組み替えるの。」
サエキ「1日じゃ無理そうだ。」
サエキはその日から、起きてる時、授業の合間の休み時間やバイト先、家での勉強の合間なんかも夢の内容を思い出してやってみた。
サエキ『臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前。よーし、形は覚えたぞ。コレを早くするのか……』
サエキは一ヶ月もすると素早く組み替えられるようになった。
その日の夢は今までのメンバーに加えて陰陽Sもいた。
陰陽S「次は、実際に式神の使役に付いてだが、お前に、コイツをやろう。風神。」
風神と呼ばれた筋骨隆々の大男が陰陽Sの横にこつ然と現れた。風もないのに髪の毛が揺らめいている。
陰陽S「うまく使ってみろ。」
サエキは今までの刀印と、手印を立て続けにやると帝釈天印を構えた。
鬼女「アンタ!これ!」
青い鬼「帝釈天印!?教えてないぞ!」
フォックス「最初から知ってたの?!この子!」
サエキの横に立つ風神は目では追えない速さで拳を繰り出した。
ボッ!
風を切る音が耳に残る。
ドグシャァ!
自分の家の壁を粉砕した。
陰陽S「コイツは逸材だったな。次の戦いで風神を使いこなしてみせろ。また会おう。」
朝、起きて夢の内容が気になったサエキは家の壁を見に行った。そこはヒビが入り、心なしかへこんでいた。
サエキ「……粉々、だったらどうしようかと思った。」
コレくらいなら軽い補修だけで済みそうだ。
夏の体育祭が近づくにつれ、学校で夢にまつわるうわさが広がっていた。女子生徒たちが休み時間に集まってヒソヒソと周りに聞こえる音量ではなしている。
女子生徒A「マインドコントロールのヤツ、またでたってー。」
女子生徒B「寝起きに怪人がやってきて、お前は選ばれた、とか言うアレ?」
女子生徒C「まじ怖なんだけど。」
それを聞いたナンマイダーのメンバーも話を始める。
ヌキナ「頭がボーッとしてる時に来るのかしら?」
ワカマツ「受験勉強で忙しいってのに、おちおち、寝れもしないな。」
ヌキナ「サエキ君も気をつけなよ。」
サエキ「ん?マインドコントロールを?」
ヌキナ「そうよ、サエキ君、ピュアピュアハートでしょ?すぐ信じそう。」
サエキ「だ、大丈夫だし!」
その日、サエキは変な夢を見た。柱で支えられた雲から落ちる夢。化け物に追いかけられる夢。
サエキ「なんなんだ?」しかし、夢で自由に動けるようになっていたサエキは逆に追いかけてくる化け物を風神を使ってボコボコにした。
化け物「うぐぇ……聞いてないぞ……」(どさっ)
そんな夢から覚める。まだまどろみの中、部屋に怪人が現れて、サエキのベッドの横に立つ。
チュートー「俺の名はチュートー。お前は選ばれた。今日からソッカーの一員だ。日本をー」
ボッ!
風を切る音とともに怪人は部屋の壁に叩きつけられていた。頭の中で帝釈天を作る。風神が肩をイキらせてベッドのそばで怪人に対していた。
チュートー「な、何ぃ?!」
怪人は体から火花を散らしている。
サエキは夢の中でベットから出て合掌するとクウカイレッドになった。
チュートー「バカな!夢の中で動けるやつがいるだと?!」
サエキ「ニョライバズーカ!」
夢の中でも、ちゃんとニョライバズーカは出てきた。
チュートー「まて!部屋の中で撃ったらお前もただじゃすまんぞ!?」
サエキ「いや、コレ夢だし。」
カチッ!
チュドォォォン!
チュートー「ウギャァァァ!」
サエキ「はっ!夢?!」
部屋の中は少し焦げ臭く感じた。その日以来、夢で怪人が現れるといったうわさは聞かなくなった。