第85話 ガチりすぎ
文字数:2356字
これはちょっと洒落にならない。
エミリーが聖剣と神剣を、カリンが白銀の聖杖を手にし、魔物を狩るが如くサラに睨みを利かせている。
確かに次期聖女様の煽りはやりすぎだと思う。それを真に受ける聖騎士様と現聖女様もどうかと思う。
今、俺の目の前で繰り広げられている三人の諍いは、どっちもどっちで「くだらない!」の一言に尽きる。
しかし、それはあくまで俺個人の主観だ。
エミリー、カリン、サラにとっては、くだらない諍いなどではなく己の命を懸けるくらい価値のある諍いなのかもしれない。
だが、仮にそうだとしても、この諍いを止める。
俺が必ず止めてみせる。
それが三人のためでもあり、そして世のため人のためになるのだから。
♢♢♢
三つ子の月明かりのもと、美しい黒髪を靡かせながら聖剣と神剣を左右に広げて構える女が言う。
「ねぇ、教えてよ。レインが腕の中に抱く小娘ちゃんはどのくらい大事? 私や聖女様を敵に回してでも絶対に守りたい女の子なの?」
(……敵ね……完全にガチギレしてるな。今のエミリーの怒りを鎮めるのは一筋縄ではいかないか)
篝火を境界線にして対峙する幼馴染を目にし、そんなことを思っていると、大恩のある人が白銀の聖杖を前に突き出して言う。
「わたしとレインは導く者と導かれた者、それはまさに運命共同体の二人。けれど、あなたはサラ・アマガミを守るため、わたしの敵となっている。これは裏切り行為以外の何物でもない」
(裏切りって……カリンもカリンで完全にガチギレか。その怒りは何をどうやったら鎮まるんだ)
エミリーもカリンも柔らかな口調だけど、言葉の端々に怒気を孕んでいるのは明白だ。
きっとサラ・アマガミの言動一つ一つが、二人の逆鱗に触れてしまったのだろう。
かくいうサラときたら、俺の腕の中で熟睡していた。
(やけに静かだなと思ったら、寝てるのかよ。ははは、人の気も知らないで呑気なもんだ)
大丈夫、すべて丸く収まる。
だから、それまでゆっくり寝てるといい。
「レイン〜、私の話を聞いてる? 小娘なんかに優しく笑いかけちゃってさ。もうホントにムカつく!」
「あー、なぜかな? わたしは体の震えが止まらない」
聖騎士が聖剣と神剣、そして聖女が白銀の聖杖を強く握り締める。再び攻撃を仕掛けてくるのは必至だった。
覚悟を見せる時だ。俺はエミリーとカリンに己の覚悟を見せなければならない。
「来いよ、三聖様……サラ・アマガミは俺が守る!」
「「!? ……レイン!!」」
(何も語るまいだ。今はエミリーとカリンの怒りを存分に受け止めるのみ)
〘〘フッ〙〙
俺の眼前から忽然と姿を消し去った二人の女。
〘〘バッ! バッ!〙〙
聖騎士、次いで聖女が鬼の形相で姿を現すと、左からエミリーが聖剣を振り下ろし、右から聖女が白銀の聖杖で殴りつけてきた。
「何だよ、そのチンケな攻撃は。やるならもっと本気で来い!」
そう叫んだ俺は〈唯我独尊〉を発動し、三聖の二人の土手っ腹に蹴りを入れる。
〘ドカッ! ドカッ!〙
「「くっ!」」
腹を押さえて蹲るエミリーとカリンを尻目に、三度の攻撃に備えるべくその場から離れた俺は、二人に本気を出させるため、声を張り上げて言う。
「三聖様の力はそんなもんか? 本気で来いよ! この俺にエミリーとカリンの怒りとやらを見せてみろ!」
俺のエールに応えるように、スッと立ち上がる聖騎士と聖女。
いや、聖騎士様と聖女様。
(えっ!? ちょっと待とうか、二人とも。そこまでの本気は求めてないぞ)
エミリーは〈光の衣のオーラ〉を、カリンは〈天女の羽衣のオーラ〉をその身に纏っていた。
――女を本気で怒らせるな――
人生の先輩である親父と兄貴の言葉、それが頭の中に思い浮かぶが時すでに遅しだった。
三聖の二人の体から激しく迸る黄金色のオーラと白銀色のオーラ。
(……まさか必殺スキルを繰り出すつもりなのか? ……それはいくらなんでもガチりすぎだよ)
俺とサラの後方には、ゲイルさんとガスさんが草むらで横になっているし、寝そべる馬たちだっている。
轟嵐と神光。
必殺スキルなんて繰り出された日にゃ、みんな仲良く死亡確定だ。
そうはさせまいと話し合いによる解決を提案するべく二人に声をかける。
「おい、エミリー、カリン! ここで必殺スキルはダメだぞ! ゲイルさん、ガスさんに馬たちがいるんだからな。三人で話し合いをしよう、話せば分かり合えるさ」
「「いや!」」
(即答かよ! 少しは考えて答えるもんだろ)
先程までの鬼の形相とは打って変わり、能面のような表情のエミリーとカリンがいた。
(どうする、レイン? よく考えろ! 〈唯我独尊〉で時の覇者となり、刀で峰打ちして二人を気絶させる……もうそれしかない)
いざ、鬼退治ならぬ能面女達を気絶させるため、俺の腕の中で寝息を立てる次期聖女様を、近くにあった椅子に座らせようとした時だった。
「ん? ……レイン、オシッコしたい」
「またかよ!」
深い眠りから目覚めたサラ・アマガミは、決してボケをかましたわけじゃないけれど、思いっきりツッコミを入れてしまう俺。
「だって、したいもんはしたいんだもん、しょうがないでしょ! ……あれれ? 般若が能面女になってる……鬼婆、般若、能面って百面相かな、超ウケる〜♪」
「ウケなくていい」
腹を抱えてケラケラ笑うサラを見た三聖の二人の女がさらに激しく二つのオーラを迸らせていく。
〘〘ゴォアアアアアアア〙〙
「う、嘘だろ? 殺し合いの時と比較にならないくらい凄いオーラじゃないか!」
エミリーの黄金色のオーラとカリンの白銀色のオーラを、この目にして思う。
ガチりすぎだ、バカ。
命を糧にして戦うのは、俺だけでいい。
俺だけでいいんだ。
二人はこんなところで命を無駄にするな。
悪いけど、しばらく眠ってもらう。
「よし、いくぞ!」
俺は愛刀に手をかけると、エミリー、カリンの暴走を止めるべく二つのオーラの前に立つのだった。




