第83話 王子様
文字数:3200字
「超すっきり!」
「……それは何よりだな」
参ったと言わざるを得ない。
まさか御年18才の俺こと、レイン・アッシュが女の〈用足し〉の見張り番をするハメになるとは。
サラときたら、暗いよ、怖いよと言ってオシッコするまでそばにいろと俺に命令する。おまけにだ、その間は目を閉じろだの耳を塞げだの息を止めていろだのと言う始末。
まぁ、次期聖女様の仰せのままに、そばに立ち、目を閉じ、耳を塞ぎ、息を止めた俺もどうかと思うが。
だけど、自分でも不思議に思う。
なぜか分からないけど、サラ・アマガミの言う通りにしないといけない、そうしたいと思う俺がいるのだ。
ふと思い出してしまう。
今は亡き、最愛の妹であったアニーを。
あいつも今のサラと同じく〈オシッコの見張り番〉を俺にやらせていたな。
「ははは」
満面の笑みを浮かべるアニーを思い出し、懐かしさのあまり声を出して笑っていると、サラが両手で胸を隠しながら言う。
「レインのエッチ! あたしがいくら魅力的だからって狼さんになるのはダメだよ!」
「安心しろ、狼さんにはならないよ」
「そこはきっぱり否定しなくてもいいと思うけど……」
頬を真っ赤に染め上げるサラ・アマガミ、そんな黒髪の少女に俺はお礼を言った。
「ありがとう、サラ。君がいてくれたから今回の敵、影の軍団をやっつけることができた」
「うん! レインの助けになれて良かったよ……それでなんだけれど、この世界ってどんな世界なの? 普通の世界じゃないよね? フルフロンタルの全裸オジサン達はいるわ、白忍者軍団がいるわでワケワカメだよ」
(ワケワカメ? 訳が分からないという意味かな?)
サラがいた世界の言葉は、ちらほら分からないところがある。まぁ、それはおいおい理解すればいいだろう。
一番大事なことは、この世界がどんな世界であって、そして何が起こっているのか。突如として、異世界からこの世界に召喚されてきたサラにちゃんと説明しないといけない。
「うん、確かにワケワカメだよな。サラに一から説明をする」
「そうしてくれると嬉しいな。あっ、レインは何も心配する必要はないからね。あたしはこの世界に帰ってきたと思ってるし、元の世界に戻りたいと思ってないから。だから、遠慮なく全部話して」
「……そうか、分かった」
月明かりが照らす静かな夜の中、俺はこの世界の現状をサラに説明するのだった。
♢♢♢
「ほぇ~〜、これまた凄い世界に来たもんだって感じ。まさかホントに魔王がいるなんて驚きだよ〜。だけど、すべて合点がいったな。真実はいつもひとつ! マッパの変質者オジサン&ニンニンでござるの忍者は憎っくき魔王の手下、悪者だったんだ……絶対に許さないから、悪い奴らはみんなぶっ飛ばしてやる! あたしとレインがね!」
「…………」
今いる世界の有り様を知ったサラ、その第一声を聞き面食らってしまった。
もっと神妙な顔になり、震え上がる黒髪の少女の姿を想像したが、そんな素振りはまったくない。
(そうだった、忘れていたよ……まだ自覚もなく覚醒もしていないけど、アマガミ・サラなる人物は次期聖女様にして真なる聖女スキル所持者。真剣な表情で悪い奴らをぶっ飛ばすと鼻息を荒くしているサラ・アマガミが、俺の相棒たる者の頼もしい姿なんだな)
「レイン、あたしはやるよ! 鬼婆二人とは共闘する気なんてこれっぽっちも1mmもないけどさ、ゲイルたんとガスたん、レインと一緒に頑張る!」
「!?」
今、何て言った? 俺の聞き間違いかな?
そうじゃなきゃ困るんですけど。
ゲイルたん、ガスたんとワケワカメな呼び方に関しては、ちょっと、いやかな〜り横に置いておいて。
鬼婆二人、もとい聖騎士様と現聖女様とは共闘しないと言い放ったのかな? この小娘さんは?
それはダメ! それだけはダメ!
いくら天と地が真っ逆さまになろうともダメなものはダメ!
三人の女。
エミリー、カリン、サラが仲良く事に当たることこそ世のため人のためになるのだから。
「見て、レイン! 今夜も月が綺麗ですね! あはは、三つ子のお月さんなんて凄いね♪」
三つの月が綺麗?
そんなのはいちいち見るまでもなく分かっている。
……俺は決心する。
サラが言った鬼婆二人と共闘しない云々の考えを改めさせるため、どうやらお説教が必要なようだ。
「サラ、ちょっと座りなさい!」
「やだ、地べたに座るなんて」
「じゃあ、俺の話を聞け!」
「やだ、どうせお説教でしょ? お兄さんの顔を見れば分かるもん」
(くそ! 今日出会ったばかりなのに、すべてお見通しかよ)
「早く馬車のあるところに戻ろう。あたしは食事の途中だったんだからね」
そう言って明るく笑いながら、俺の手をグイッと強く引いて歩き出すサラに何も言えなくなってしまう。
(ははは、俺も甘いな)
まぁ、何とかなるかと思い直した俺は、此度の戦いの功労者と一緒に歩き始める。
だが、世の中そんなに甘くない。
それを今から思い知るのだ。
♢♢♢
「遅かったね、何してたの? 助平なことでもしてたんでしょ? ううん、絶対間違いないよ」
俺とサラを見るや否や、そう言い放ったのはエミリーである。不機嫌なのがありありと見て取れる聖騎士の女に間髪入れず言葉を返す。
「何も疚しいことなんてしてない。あのな――」
「レイン、今の自分の姿を鏡で見ても同じことが言えるのかな?」
俺の話をぶった斬るように、冷やかな声で言葉を口にしたのは聖女の女だ。こちらもエミリーに負けず劣らず不機嫌な様を微塵も隠していない。
「どういう意味だよ? 言っている意味が分からない」
エミリーもカリンもどうして不機嫌なのか皆目検討がつかない。いや違う、よくよく考えるとサラ・アマガミが二人の女の前に登場してからずっとこんな調子だ。
(……話し合う必要があるな。この二人まで共闘しない云々言われたならば、この世界が終わってしまう)
最悪な展開を回避するため、エミリーとカリンに声をかけようとした時だった。
「「は?」」
二人の女が同時に声を上げる。それはまさに怒髪天を衝くかの如き勢いで。
まずこの俺を攻撃するべく先陣を切ったのは、般若顔のエミリー。
「もうホントにムカつく〜! 仲良く腕なんて組んじゃってさ! 半時もいったい何してたの? ナニしてたんでしょ! そうでしょ! 絶対許さないから!」
続くは、同じく般若顔のカリンが口火を切る。
「信じられないよ! これみよがしに腕を組んで戻ってくるなんてさ! 今日出会ったばかりのお二人さんは、すっかり意気投合しちゃった感じ? 敵も二人で仲良く力を合わせて屠ったもんね」
ヒステリックに喚き散らかす二人の女に辟易する。
仲良く腕を組む? 腕を組んで戻る? そんな奴らがどこにいるんだよ。
「はぁ」と呆れてため息をつくと、俺の横に立っていた女がエミリーとカリンに言う。
「鬼婆二人の次は、般若顔の二人。ま、どっちも鬼ヅラだね♪」
それは流石に言い過ぎだと思い、サラに注意しようと視線を向けると、俺の右腕にちゃっかり左腕を絡ませる女がいた。
「……えっ!?」
これには思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
腕を組んで歩いていた意識なんて毛頭ない。なのに、ごくごく自然に腕を組んで歩いていたのだ。
「ち、違う、違うぞ! これは違うんだ! エミリー、カリン!」
すぐさま自分の腕をサラの腕から振り解こうとするがいっこうに振り解けない。
それはそうだろう。
俺の腕をがっちりと掴んで離さないサラ・アマガミがいたのだから。
「ちょ、サラ? お願いだから腕を離しなさい!」
「いや、絶対に離さない! 聞け、鬼婆ども! この際だからはっきり言っておく!」
「な、何を言うつもりだ? おい! 変なこと言ったらお兄さんはカンカンになって怒るからな!」
俺の勧告など無意味だった。
そう、サラはまったく聞いちゃいねぇ。
そして。
次期聖女様は、エミリーとカリンに言ってはいけないことを言ってしまう。
マジで洒落にならないことを。
「レインはあたしの王子様なの! 白馬に乗った王子様なんだから! あたし達、結婚します!」




