第78話 エミリーとカリンとサラと
文字数:2113字
「誰が何と言おうと、聖女はわたしよ!」
この場が一瞬にして凍りつくほどの冷気を纏い、聖女カリン・リーズが鬼の形相で現れるとアマガミ・サラに向かって叫んだ。
「カリン!?」
「「カリン様!?」」
「バカ女!」
「鬼婆だ!」
「は?」
俺を始めゲイルさんとガスさんは、突然現れたカリンを見て、至って普通の反応を示し驚きの声を上げる。
だが、二人の女は蔑称が如き声を上げたのだ。
咄嗟の出来事に本音が口から漏れてしまうのは致し方ないとは思う。
思うけど、今回だけ、今回だけは本音を口に出さず、エミリーには「聖女様!?」と、サラには「誰!?」と言ってほしかった。
しかし、もう遅い、遅いのだ。
一度でも口に出してしまったら最後、その言葉は二度と飲み込むことができないのだから。
そう、まさにこの時、聖女の透き通るような白き美顔にぶっとい青筋が立ってしまった。
鬼の形相に青筋と、目の前に立つカリンの表情たるやまさしく鬼神そのものとなる。
だけどさ……どうしてだよ? お前らアホなのか? 何でまた火に油を注ぐようなことを言うんだよ。
「鬼婆……ぷっ、笑える! 言い得て妙だね! ほんのちょっとだけ、あなたのことを見直したよ、アマガミ・サラ」
いったい何が楽しいのか、本当に意味不明だ。
エミリーが声を弾ませ、そう言ったのだ。
俺の右隣りに座っていた二人の騎士は、この修羅場の行く末を想像したようで失神寸前状態。
「本当に爆笑もんです。昼間は二本の剣を振りかざした黒髪の鬼婆がいたし、夜は夜で白銀髪の鬼婆だし。この異世界は鬼婆の宝石箱や〜ですね♪」
「は? 何だって? もう一度言ってくれる?」
つい今し方までケラケラ笑っていたエミリーが、聖女に負けず劣らずの野太い青筋を立てると、憤怒の表情でサラに食ってかかる。
「どうしてそんなに怒ってるのかワケワカメ。 あたしはありのままを言っただけですよ」
〘ガタンッ!〙
聖騎士が勢いよく椅子から立ち上がり、澄ました顔で食事を続ける次期聖女に殺意のこもった眼差しを向けて言う。
「ワケワカメって何よ? ふざけた言葉づかいしないでよね」
「おい、エミリー、やめろ! サラも!」
泡を吹いて失神してしまったゲイルさんとガスさんを草むらに運んで横にした俺は、険悪な雰囲気を醸し出すエミリーとサラを一喝する。
♢♢♢
エミリーの様子がおかしい、明らかにおかしい。
それは俺が生存者たる黒髪の少女を連れて帰ってきた時から感じていた。アマガミ・サラを見た瞬間、驚きに満ちた顔をした幼馴染を見逃さなかった。
最初は俺達と同じ黒髪黒目だからかと思っていた。
この大陸、いやこの世界において黒髪黒目の人は稀有な存在。おそらく俺とエミリー以外にいないはず。
そう思っていたところに、もう一人現れたのだ。
見たこともない、そして聞いたこともない大きな赤いリボンをあしらった服を着た少女が。
その驚きは想像を絶する。
だから、同じく黒髪黒目の幼馴染は驚きに満ちた顔をしたのだと。
でも、それは間違っていたようだ。
俺の知り得ない何か別の理由がある。
きっとあるはずだ。
エミリー・ファインズがアマガミ・サラに向けるのは敵意ではなく殺意そのもの。同族嫌悪だからとこれほどの殺意を放つわけがないのだ。
……これから注意深く幼馴染の動向を注視しなければならない。
アマガミ・サラを守るために。
♢♢♢
「へぇー、なかなかどうして意外と肝が据わってるんだね、サラ・アマガミ」
「「「!!!」」」
エミリーとサラのいざこざを止めるため、神経を集中していたからか、鬼神の存在をすっかり失念する。
暗闇の中、篝火に照らされる大恩のある人は、背筋が凍りつくようなカリンらしからぬ声で言ったのだ。
約二名を除き、この場にいた全員が驚愕する。
聖女は次期聖女と初対面のはずだし、逆も然りだ。
それなのに「サラ・アマガミ」と黒髪の少女の名前を知っていたからに他ならない。
俺はたまらずカリンに声をかける。
「カリン! どうしてサラの名前を知ってるんだ?」
答えを欲して止まない俺をじっと見つめた後、プイっとその顔を横に向けてしまった聖女様。
「お、おい、カリン……」
そんなカリンの様子に俺が戸惑っていると、左隣りに座っていたサラが不思議そうに聞いてきた。
「ねぇ、レイン。何であの人はあたしの名前を知ってるんだろ?」
この瞬間、聖女が白銀の美しき髪をバサッと振り乱し俺とサラに顔を向けて言う。
「レイン〜? サラ〜? 本日のお昼に出会ったばかりのお二人なのに、もうファーストネームで呼び合ってるなんて本当に仲がいいのね……あ〜も〜、あの女のせいだよね、〈転移魔法〉に鍵なんてするからこうなった。堕女神〜、許すべからずよ」
(……カリン・リーズ、お前もか)
エミリーの時とまったく同じで、カリンも異様なほどファーストネーム呼びにこだわる。
そうなった経緯はもちろんあったが、その相手であるアマガミ・サラにさえ本当の理由を話していない。
幼馴染のエミリーにも話したことはない。
俺は決して誰にも話さないだろう。
♢♢♢
親父、お袋、兄貴、そして俺。
アッシュ家にはもう一人家族がいた。
アニー・アッシュ。
今は亡き、最愛の妹。
この世で俺のことを「お兄さん」と呼べるのは、サラではなくアニーだけなのだから。




