第7話 私の光
文字数:3237字
おかしい。
玉木奏が消え去るも、私は未だ真っ黒な空間にいる。
私の意識の世界は、真っ白な空間のはず。
それなのに、どうして自分が真っ黒な空間にいるのか意味が分からない。
「……まさか」
頭に思い浮かぶ一つの答えを打ち消すべく、必死にある物を探し回った。
「そんな……」
エミリー・ファインズの意識の世界と玉木奏の意識の世界、二つの意識の世界の境界線とも言える扉がどこにも見当たらない。
「違う……違うよ……私はクソ女じゃない」
一つの答え。
それは、この真っ黒な空間は玉木奏の意識の世界ではなく、エミリー・ファインズの意識の世界ということ。
だから、私は真っ白な空間に戻れず、今ここにいる。
暗く寒い空間にひとり佇む。
途方もない孤独感が、私を襲ってくる。
「助けて……助けて、レイン……」
そう、いつだってエミリー・ファインズが助けを求める人はこの世でただ一人だけ。
愛しき人レイン・アッシュ。
その場にしゃがみ込み、小刻みに震える体を両腕で抱えながら、レインに助けを求め続けるのだった。
忘れもしない愛しき人の言葉を思い出す。
――私の宝物。
〈エミリーは、一人だと危なっかしいんだよ。これからはいつも俺の隣りにいろ。何かあれば俺がお前を守ってやるから〉
「ここは私の居場所じゃない。私のいるべき所はレインの隣りだけ。助けて、レイン!!」
〘スッ〙
一条の光が、暗闇にいた私を照らす。
眩い光は、とても綺麗で何より暖かかった。
――エミリー、帰ってこい。
まるでレインのような眩い光に包まれる中、愛しき人の声が私の心に響いてきた。
「うん、帰る。私はレインのもとへ、あなたの隣りに帰るよ」
たとえエミリー・ファインズの意識の世界が真っ黒な空間になろうが、私と玉木奏は違う。
だって、私には愛しき人レインがいる。
レインが隣りにいてくれるなら、私がクソ女になるはずがないのだから。
「レインー!!」
声の限り、愛しき人の名を叫んだ。
私の居場所、レインの隣りに帰るために。
♢♢♢
「レインー!!」
私は愛しき人の名を叫びながら目を覚ます。
「あれ? 私……宿屋の部屋……」
一瞬だけ黒い意識の世界の中にいると思い、焦燥してしまう。だけど、ランプの灯で宿屋の部屋にいるのが分かった。
ほっと安心したのも束の間、レインの言葉が頭の中でリフレインする。
〈キメセクかよ、クソ女が!〉
「はははは、厄日かなってくらい最悪な出来事のオンパレードだよ」
今、自分でそう言ってはみたものの、玉木奏と意識の世界で対峙したことなど、私にとって正直どうでもいい出来事だ。
――最悪な出来事。
私の愛しき人レイン・アッシュが、森沢亮次の記憶を覚醒したのだ。
それはすなわち、私の死を意味する。
でも、しょうがないよね。
「あはははは……やだなぁ……好きな人に……恨まれて……殺されるなんて……」
涙は出なかった。
ただ悲しかっただけ。
ベッドから起き上がり、窓際に立っているとだんだん陽の光が部屋の中に差し込んできた。
レインは、私の光。
黒い意識の世界から私を助けてくれたのは、レインみたいな眩い光だったよ。
ありがとう、レイン。
〘パチン!〙
私は、自分で自分の頬を叩いた。
「うん、決めた! 私はレインに殺されよう」
〘グゥゥゥ〙
「あっ、お腹が鳴った。ははは」
覚悟を決めた途端、お腹が減ってくるなんて我ながら笑えてしまう。
「違う。昨日、晩ごはんを食べてないから」
そんな苦しい言い訳を自分に言い聞かす。
朝食の時間はまだまだ先のはずだけど、食堂に行けば何か食べ物があるかもと思った私は、思い立ったが吉日という勢いでさっそく行動を起こすことにする。
「ちょ、ちょっと何で開かないのよ」
出鼻を挫かれるとはこのことなのか、部屋のドアが開かないのだ。
「嘘でしょ、何で?」
何度も力いっぱいドアを押すが、ピクリとも動かない。
「もう頭きた!」
私は、聖騎士の基本スキルである身体強化〈剛力〉を発動させると、憎き開かずのドアをおもいっきり押し込んでやった。
「開け~!」
その瞬間、私の耳に三連コンボの音が激しく鳴り響く。
〘バンッ!〙〘ドカッ!〙「痛ってぇ!」
ドアが開いたのは良かったけど、私の目の前には木壁に激突して、苦しそうに蹲るレインがいた。
「えっ? レイン!? レイン、大丈夫?」
私は、すぐさまレインに駆け寄る。
「み、見て分かるだろ? 大丈夫じゃないよ。壁に激突したんだから。くっ、痛ってぇ」
「そ、そうだよね。ごめんね」
〘バッ!〙〘バッ!〙
正体不明の激しい音を聞きつけたゲイルさんとガスさんの二人が、刺突剣を片手に部屋から飛び出してきた。
「何事っすか? 大丈夫っすか? レイン殿、どうしたんすか?」
心配しているのは間違いないだろうけれど、その言葉使いのせいなのか、とても薄情な感じに聞こえてしまった私は、ガスさんにイラッとする。
「何があったのですか? レイン殿」
ゲイルさんがレインを抱き起こすと、状況の説明を求めた。
レインの説明を聞いた私は、人目を憚らずに泣いてしまう。
あの夕刻の時、レインは気を失った私を抱き抱え、宿屋の部屋まで運んでベッドに横にしてくれた。
私のことが心配だったため、部屋の外でドアを背に座っていたが、いつしか眠ってしまったらしい。
そんな時に、強くドアに押し出されたせいで木壁に激突、そして今に至ると苦笑いしながら説明してくれた。
「災難っすね。レイン殿、笑えないっすよ」
「このクソ野郎のスカポンタンが! てめぇはチーズの角に頭をぶつけて死ね! レイン殿、お体は大丈夫ですか?」
ゲイルさんとガスさんが、いつもの掛け合いをしていたみたいだけど、何を話していたのかよく分からない。
なぜなら私の全意識は、レイン・アッシュに集中しているからだ。
気を失う間際に、レインが私を心配して声をかけてくれたのは夢なのか現実なのか。
(今のあなたはいったい誰なの? 森沢亮次? それとも……もし、レインが前世の記憶を覚醒していないなら、私は殺されなくていいの? あなたを好きなままでいていいの?)
「ははは、俺は大丈夫です。それよりエミリーはもう大丈夫なのか? あんなの見たら誰でも気分が悪くなるからな。魔王軍の奴等め、絶対許さない。ん? 何でお前は泣いてるんだ?」
レインの優しい顔に、私の胸は熱くなる。
(レインだ。間違いなくレインだ。私の大好きなレインだ。森沢亮次じゃない)
――レイン・アッシュだ。
「うん、大丈夫、もう大丈夫だよ。私ね、お腹が減っちゃって食堂に行こうとしたの。でも、ドアが開かないから頭にきて身体強化の〈剛力〉発動させちゃった。それでレインを……」
「は?」
びっくりした顔で私を見つめているレイン。
(そんなに見つめないで。抱きつきたくなる)
「いやいやいや、ダメでしょ。言われただろ? 教会総本山に着くまでスキルは使うなって」
「あっ、うん。言われたかも……」
「体に異常はあるか? どこか痛いとか?」
凄く心配そうな顔で、私を気づかってくれるレインに、また涙が溢れてきてしまった。
「どこも痛くない。へへへ、絶好調だよ」
私は、力こぶのポーズをとって絶好調ぶりをアピールする。
「そっか、それなら良かったよ。てか、朝から泣きすぎだろエミリー。頼むぜ、聖騎士様! 魔王軍の奴等をやっつけてやれ! 俺はお前に期待してるんだからな」
「俺もっすよ。聖騎士様がいれば魔王軍なんて屁でもねえっす」
「黙れクソ野郎が! 遅ればせながら、自分も聖騎士様に期待しております。あなた様は我々の希望。教会騎士団は命ある限り、エミリー様に忠誠を誓います」
私は、レインがいてくれれば大丈夫。
何でもできるよ。
魔王軍なんて蹴散らしてやるんだから。
――だから、いつまでも私の隣りにいてね。
「うん! 私はみんなの期待に応えるよ!」
♢♢♢
夕焼けの空一面に投影された映像。
あの凄惨たる光景を悲しいかな、多くの人々が目にすることになった。
人々は大陸の終焉を悟り、一縷の希望もなく絶望に打ちひしがれる。
しかし、人々はこれから知るだろう。
希望の光となる聖騎士エミリー・ファインズがいることを。
救世主がいることを。