第74話 思いの丈
文字数:3136字
魔王軍先遣隊が駐屯する森林地帯。
魔物達ではなく、想定外のアンデッド254人が巣食う彼の地にて、黒髪の少女は自己紹介と称し[アマガミ・サラ]と名乗った。
思いもよらぬ名を耳にした俺は、あどけなく笑う一人の少女、アマガミ・サラをただ黙って見つめてしまう。
「……あのさ、ちょっと聞きたいんだけど、お兄さんはあたしの名前をどうして知ってたの?」
あどけなく笑う表情から一転、今度は首を傾げながら訝しそうな表情で語りかけてきた。
まぁ、彼女がそんな顔をするのはしょうがないよな。
いきなり自分の前に現れるや否や、似たような名前で呼びかけられたのだから。
ここはきちんと謝罪した上で、この黒髪の少女に事情を説明するのが吉だ。
「いや、君の名前は知らない。俺が勝手に[サラ・アマガミ]なる人物と君を間違えてしまった。不快な思いをさせたのなら、本当に申し訳なかった。この通り、謝罪する」
俺はそう言った後に、深々と頭を下げる。次の瞬間、彼女はまさに不機嫌な声を発したのだ。
「ふーん」
(あ、あれ? 誠心誠意謝罪したつもりだったけれど、怒っちゃった?)
その顔を見て、思わずハッとしてしまう。
アマガミ・サラは、俺から目を逸らして口を尖らせているのだ。
(これ、絶対に怒ってる顔だよな? 何でだろ?)
あどけなく笑う表情から訝しそうな表情までの流れは理解できるが、今現在のしかめっ面になっている理由がさっぱり分からない。
(あっ!)
いいや、違うだろ? お前はいったい何をやってんだよ、レイン・アッシュ。
目の前に立つ黒髪の少女が口を尖らし、しかめっ面をする理由が分かった。俺としたことが何たる無礼な行いをしてしまったのだろう。
彼女は自ら進んで自己紹介をしたというのに、この俺は自己紹介を怠っていた。
礼には礼をもって返す。
「アマガミ・サラ、俺の名はレイン・アッシュだ」
「知ってる、さっき聞いた」
「…………」
(ああ、確かに言ったな……あれ? おかしいぞ。先程よりお怒り度が増したような気がする)
アマガミ・サラなる少女は俺に背を向け、長い黒髪を指でクルクルしているようだ。
この刹那に何があったのか。もう完全にお手上げ状態となってしまい、途方に暮れるしかなかった。
そんな時だ。
一人の少女はゆっくり振り返ると、とても悲しげな顔をしながら、消え入るような声で話し始める。
今の思いの丈をありのままに。
「お兄さんからすると、きっとバカげた話に聞こえると思うし、信じられない話だと思うかもしれない。でも、あたしが今から話すことを聞いてほしい。でなければ、今にも心が潰れちゃいそうだから」
俺はアマガミ・サラを見据えて黙って頷く。これから彼女がとても大事な話をすると分かったからだ。
「あたしはこの世界の人間じゃないの。別の世界にある日本っていう国に住んでいたんだ。今日の朝、いつもの通り学校に行き、授業を受けて、昼休みに友達と学食で昼食を食べた。そう、ここまでははっきりと覚えているんだけど、そこからの記憶が一切ない。気がついたら、この森林の中にいた。もう最初はマジでパニクったよ、ははは、あたし一人でこんなところにいたんだからさ。そして、何よりも驚いたと同時に思い知らされたんだ。この世界はあたしがいた世界と違うんだって……あれ、あの二つの太陽……愕然としちゃった、太陽が二つあるんだもん。あたしの世界では太陽はたった一つ、うん、間違いなく太陽は一つだけ。でもね、あの双子の太陽を目にした時に思ったの、〈ああ、帰ってきた。本来いるべき世界に戻ってきたんだ〉ってね。それからしばらくの間、ぼーっとしてたんだけど、ふと頭の中にビジョンみたいなものが思い浮かんできた。〈あたしは、次期◯◯にして真なる◯◯◯◯◯所持者。○◯◯・○○○○のバディ〉って感じの虫食いだらけのビジョンだった。それでね、とにかく今の現状を何とか打開しようと森林をひたすら歩き回ったよ。そうしたらさ、三角形の沼があって、その近くに人がたくさんいたのが見えた。もう嬉しくて全力疾走かまして沼に向かってまっしぐらよ。喜んだのも束の間、そんな笑顔のあたしを出迎えたのはまさかのフルフロンタルなオジサン達。でも、お兄さんが助けてくれたの。嬉しかった、凄い嬉しかった。全裸の変質者オジサン達から助け出してくれたのはもちろんなんだけれども、この世界であたしを、あたしの名前を知っている人がいたんだもん。でもでもさ、そんな漫画やアニメのヒロインみたいな都合のいい展開があるわけないからねと冷静になったんだよね。それでこの場から急いで立ち去ろうとしたの。だけどさ、もしかしたら〜なんて期待もあって、とりあえず怪しさレッドゾーンに振り切っていたお兄さんに質問して反応を見てみようと思ったら、びっくりの期待以上のナイスな反応。でね、自己紹介してあたしの名前をどうして知っていたのかを聞いたらさ、別の人と間違えたと謝罪されたら腹も立つよ……あははは、以上があたしの聞いてもらいたかった話です……あ〜あ、これからどうすればいいんだろ……ホント泣きたくなる……今、めちゃくちゃ辛いのに元気なフリするのも疲れちゃった……ははは……この世界であたしは一人ぼっち……一人ぼっちだ」
今、俺の目の前で大粒の涙を流して泣いている黒髪の少女。思いの丈をありのまま話したからか、緊張の糸が切れてしまったのだろう。
見たところ、年齢は15、6くらいだと思う。
そんな少女がいきなり知らない世界に、それもたった一人で飛ばされてしまった。
サラ・アマガミの記憶があるのとないとでは雲泥の差だ。
だけど、何も心配する必要はない。
君はこの世界で一人ぼっちなんかじゃないぞ。
俺がいる。
いや、俺だけじゃなくエミリーやカリンもいる。
ゲイルさん、ガスさんだっている。
アマガミ・サラにはたくさんの仲間がいる。
だから、もう泣くな。
君は決して一人ぼっちじゃないのだから。
「……えっ? な、何? きゃあ、何するんですか? 降ろしてください」
「いきなりで悪いな、アマガミ・サラ。諸事情により、大至急この場を離れないといけない」
俺は涙で頬を濡らす黒髪の少女を抱え上げ、俗に言うお姫様抱っこすると〈疾風迅雷〉を発動して駆ける。
なぜならば、蹴り倒したアンデッド達が起き上がり、俺達に襲いかかってきたのもあるし、沼からアンデッド53人がこちらに向かってきていたのだ。
(今はアマガミ・サラの救出が第一だ。アンデッド達に構っている暇はない)
エミリー、ゲイルさん、ガスさんが、俺とアマガミ・サラを待つ馬車まで突っ走っていると、黒髪の少女が声を張り上げる。
「えー、何これ、めっちゃ速っ! っていうか、あたしをどこに連れていく気ですか!」
「俺の仲間がいるところだよ。君の仲間になる人達でもある」
「えっ? あたしの仲間? な、仲間? ウソ!?」
必死に手で前髪を押さえながら、しどろもどろに言葉を口にする次期聖女様。
「俺が言ったことは間違いだった。[サラ・アマガミ]なる人物は[アマガミ・サラ]、君だ」
「ほ、本当に?」
「ああ、そうだ。君はこの世界で一人ぼっちじゃない。仲間が俺達の帰りをまだかまだかと首を長くして待っているはず。もっと飛ばすぞ、しっかり俺に掴まってろ、サラ・アマガミ」
「こ、これ以上速いのは無理ー! パンツが、おパンツが丸見えになるから! おパンツがー!」
俺は召喚者にして生存者、サラ・アマガミを救出することに成功した。
今日はきっといい一日になる。
そんな思いを胸にして、笑顔で森林の中を走り抜けていく。
良いことがあれば、悪いこともある。
これから地獄のような出来事が起こるのだ。
身をもって体験する。
――女三人寄れば姦しい――
エミリー、カリン、そしてサラによる三つ巴の戦いが今宵始まる。




