第71話 生存者
文字数:2773字
「えっ!? 銀山跡地だったんですか?」
彼の地へ向かう馬車の屋根の上、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
それはなぜかというと、つい先程までいた丸い野原をぐるっと取り囲んでいた洞窟群が、銀山跡地だとゲイルさんとガスさんに教えてもらったからだ。
「そうっす。あの銀山跡地は大陸でも有名な銀山だったようですっす。良質な銀鉱石が大量に採掘されたらしいっすから。大聖堂に装飾されている銀のすべてがあそこから採掘されたって言われていますっす」
「このクソ野郎のアンポンタンが! 何でいつもいつもてめぇは先に言っちゃうんだよ! その話は俺が言おうと大事に温めていた話だったのによー! そう言えば、レイン殿に残念なお知らせがあります」
ガスさんの首をひとしきり締め上げた後、ゲイルさんがあの銀矢を手にして言った。
そう、それはまさしく俺がゲイルさんに預けた弓士の銀矢だ。
魔物の心臓にある六角柱の水晶を破壊できる可能性がある武器、その素材となり得るかもしれない銀の結晶体である。
「残念なお知らせ? それはどういうことですか?」
俺は馬車の屋根の上から身を乗り出して、ゲイルさんが言った言葉の意味を求める。
「レイン殿は自分に銀矢を渡す時におっしゃいました。教会騎士団の騎士達の最高の武器になるかもしれないと。この銀矢を託された時から考え、そして自分なりに答えを出しました。その武器とは弓であり、矢尻の素材は銀ではないかと」
今度は逆にゲイルさんが馬車の屋根に向かってその身を乗り出すと、俺があの時に言った言葉の意味を求めるのだった。
「流石です、ゲイルさん、その通りです」
「やはり、そうですか。自分は誠に残念でなりません。レイン殿、おそらく、いや十中八九ですが銀鉱石はもう大陸には存在しません。よって、銀はないのです」
「えっ?」
♢♢♢
「レイン、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ、エミリー。別に落ち込んでないよ。銀のことだって俺の勝手な追い込みだしさ、何の実証もしてないんだからな」
「うん。きっと他にいい素材があるはずだよ」
「ははは、確かにそうだな……」
流石は長年の付き合いがある幼馴染だ。
俺は表立って落胆や失望などの態度なんておくびにも出してないつもりだったけれど、エミリーには分かってしまうんだろう。
今、計り知れないほどの落胆と失望を感じている。
エミリーに、ああは言ったものの六角柱の水晶を破壊できる素材は銀だと確信している。
どうして、そう思うのか言ってみろと言われてしまうと返答に困るけど、そう思うのだからしょうがない。
絶対に銀だ、六角柱の水晶の破壊できる素材は絶対に銀なのだ。
しかし、この大陸において銀鉱石が一切採掘できないのならば、それはないものねだり以外の何物でもない。
ここは幼馴染の言う通り、銀に代わる素材を見つけるしかないだろう。
でも、疑問があるのだ。
なぜ、弓士は銀矢を持っていたのか? それも10万を超える銀矢をだ。スキル能力なのか?
こんなことになるんだったら、エミリーの轟嵐で銀矢を消滅させなかった。
まぁ、いつまでもくよくよ悩んでいても意味がない。
前を向いて前向きな考えでいこう。
それにこれからは銀のことなど考える余裕なんてないはずだ。
二人の騎士が、俺とエミリーに言った。
もうすぐ、この交易路の右側にある小高い丘が見えてくると。
魔王軍先遣隊の駐屯地は、もう目と鼻の先にある。
♢♢♢
馬車を交易路の右端に寄せ、俺達四人は早めの昼食を食べていた。
お昼時まで多少の時間はある。
だけど、これから何が起こるか分からない。
教会騎士団第一隊隊長ゲイル・ハミルトン曰く、戦場における鉄則に準ずる。
“食べられる時に食べておく”
任務を遂行するための目的地まで、それなりの距離があるのだろう。俺のサムライスキルとエミリーの聖騎士スキルに敵の反応はなかった。
だが、間違いなく敵の反応はあるはず。
はたしてどんな敵が待ち受けるのか、数はどのくらいいるのか。
監視隊出発時の状況と今とでは、大きな差異が生じているのだ。
不安はないなんて口が裂けても言えない。
それでも、前に進むしかない。
現在の状況を確認して監視する。
それが俺達の任務なのだから。
♢♢♢
昼食を食べ終え、各々が武器などの整備点検をする。
緊張からか、誰一人として話さない。
出発の準備が整うと、ガスさんが御者席に、その横の席にはゲイルさんが陣取る。
俺とエミリーは、馬車の屋根の上で二人並んで立っていた。
まさに交易路に入った時と同じ布陣だったが、その時とは何もかもが違う。
彼の地が目の前にあるのだから。
〘〘ヒヒーン!〙〙
二頭の馬が出発の合図を告げるかの如く、雲一つない青空に向かって鳴き声を上げる。
そして、馬車が走り始めて半時もしないうちだった。
ゲイルさんが声を張り上げて言う。
「エミリー様、レイン殿! 右手前方をご覧ください、小高い丘が見えます!」
「「!!!」」
ゲイルさんが小高い丘に指を差して、俺とエミリーに声をかけたと同時にスキルが反応する。
いの一番に声を上げたのは、聖騎士エミリーだった。
「レイン! こ、これってさ……この反応はアンデッドだよ!」
サムライスキルも聖騎士スキルと同じくアンデッドの反応、その数は254である。
魔王は、憎き魔王は、勇者達三人の他にもアンデッドを生み出していた。
誰がアンデッドにされた?
王宮騎士団か? 王族か? 貴族か? 大商人か? 冒険者か?
まさか一般市民? 女や幼き子供までアンデッドに?
「ふざけんなー! 魔王!!」
俺は怒りに震えながら、声の限り叫んだ!
「必ずお前を殺してやる! 俺が絶対に殺してやる!」
その時だった。
エミリーが俺のローブを掴んで叫ぶ。
「レイン、落ち着いて! 一人だけアンデッドじゃない反応がある」
「えっ?」
確かにサムライスキルにもアンデッドじゃない反応がある。たった一つの反応、それは紛れもなく人間の反応だった。
「で、でも、最悪だ。この人間の反応はアンデッド達がいるところに向かってる」
「俺が助けにいく」
「レイン? 今、何て言ったの?」
「俺が助けにいくと言った! 生存者だ、このままだとアンデッド達に遭遇してしまう。その前にこの生存者を助け出す。俺が必ず助けてみせる!」
この時の俺は頭に血が上り、冷静さを欠いていた。
頭で考えるよりも先に体が動いてしまったのだ。
「ちょっと待って! どうしたの、いつも冷静なレインらしくない」
「黙れ! エミリーはここで待機だ、ゲイルさんとガスさんを守ってろ!」
エミリーを怒鳴りつけ、生存者の命を救うべく馬車の屋根から飛び降りて駆ける。
「もう! 何よ、レインのバカ!」
背中越しに幼馴染の声が聞こえたような気がする。
けれど、〈唯我独尊〉と〈縮地〉を連続発動して馬車から一瞬で消え去ったので、もしかしたら気のせいかもしれない。
「必ず助ける」
俺はこの言葉を何度も呟きながら、まだ見ぬ生存者の元へ駆けるのだった。




