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第6話 クソ女

文字数:3324字

〘パンパカパーン

       パンパンパン

            パンパカパーン〙


 大音量で響き渡るファンファーレ。


 私とレイン、そしてゲイルさんとガスさんは急いで馬車から飛び降りる。


 周囲を見渡してみると、従業員と客だろうか宿屋の前に続々と人が集まり始めていた。


〘パンパカパーン

       パンパンパン

            パンパカパーン〙


 今の世にないはずの曲が、再び響き渡る。


 私は混乱していた。


(何で? どうして今の世にファンファーレがあるの? おかしいよ、絶対おかしいよ)


 時は夕刻。


 綺麗な夕焼けの空に、それは投影される。


 ――魔王軍による大虐殺。


 黄金の鎧を身に着けた王宮騎士団が、無惨に殺されていく。


 騎士の死体に群がり、むさぼり喰らう魔物達。


 最強と謳われていた王宮騎士団は、為す術もなく一目散に逃げ出すと、血肉を求める魔物達が次の獲物として目をつけたのは一般市民。


 老若男女問わず、幼き子供達や乳飲み子まで無慈悲に食い殺していった。


 それはまさに地獄絵図そのもの。


 筆舌に尽くしがたい凄惨な光景を見た宿屋の人達は、大陸の終焉が近いと思ったはずだ。


♢♢♢


「あの砦は見覚えがある。ガス、分かるな?」


「はいっす」


 教会騎士団の騎士ゲイルさんとガスさんが、真剣な面持ちで話をしていた。


「間違いなく王宮の砦だった。つまり魔王軍は電光石火の如く最北端から中央にある王宮まで侵攻したことを意味する」


「たったの二ヶ月足らずで中央っすか。北部はもちろん中央も絶望的っすね」


〘パンパカパーン

       パンパンパン

            パンパカパーン〙


「またかよ」


 その言葉を発した人物に視線を走らせると、憤怒に満ちた表情のレインがいた。


(……レイン?)


 私は妙な胸騒ぎを感じたので、レインのそばに歩み寄ろうとした時、夕焼けの空に次の映像が投影される。


 ――勇者パーティーの成れの果て。


 勇者様、拳闘士様、弓士様、魔術師様の四人が、破廉恥極まりない行為に励んでいた。


 それを目にした瞬間、私は動けなくなる。


 サキュバス達によって、精を抜かれ骨抜きにされた勇者様、拳闘士様、弓士様の男三人は、魅惑の魔物の言われるままセックスに励み、最後は恍惚の表情を浮かべながら腹上死していった。


 魔術師様は、ゴブリンに輪姦されているにもかかわらず、淫らな嬌声を上げている。


 私は、魔術師様に嫌悪感をいだいた。


 魔術師様のとろけ顔が、快楽の虜になっていた玉木奏のあの時の表情と同じに見えたからだ。


(キメセクしてる時のクソ女じゃん。アヘ顔もまんま同じで気分が悪くなるよ)


 夕焼けの空一面に、魔術師様の痴態の映像が投影され続ける。


 その時、私は自分の耳を疑ってしまう言葉を聞く。



「キメセクかよ、クソ女が!」



 私の心臓がドクンと跳ね上がる。


 言った。確かに言った。


 今の世の人間が、知るはずがない[キメセク]という言葉を。


 一瞬で全身の血の気が引き、体がブルブルと震えて止まらなくなる。息を吸うこともできず、あまりの苦しさに自分の胸を掻きむしった。


 レインに助けを求めたいけれど、求めることができない。


 今の世に、レインはいない。


 私の隣に立つ男は、レインではなく森沢亮次だからだ。


 クソ女の記憶の中の男は、血涙を流しながら復讐という言葉を何度も叫んでいた。玉木奏を心の底から憎んでいる森沢亮次が、私を助けてくれるはずがない。

 


 あぁ、レイン。

 愛しき人レイン・アッシュ。

 ごめんなさい。

 私が玉木奏でごめんなさい。



「どうした、大丈夫か? おい、エミリー!」


 薄れていく意識の中、レインが私を心配して必死に声をかけてくれたのが分かった。


 嬉しい。


 愛しき人レインが、今の世にいてくれたことを神様に感謝した。


 ――ありがとうございます、神様。


 次の瞬間、私は意識を手放したのだった。


♢♢♢


 今、私は真っ白な空間に立っている。


 ここはどこなのか? 


 夢の中でも現実の世界でもない。


 じゃあ、どこ?


〘バン〙


 いきなり目の前に扉が現れた。


 錆びついた鉄製の扉。


〘ギィー〙


 中央から左右に分かれ開いた扉の向こう側は、真っ黒な空間である。


「……なるほどね」


 私は一人そう呟きながら、黒い意識の世界に足を踏み入れるが真っ暗で何も見えない。

 

「クソ女にふさわしい世界だよ」


 そう、ここは意識の中なのだ。


 真っ白な空間はエミリー・ファインズの意識の世界、対して真っ黒な空間は玉木奏の意識の世界。


 真っ暗で何も見えないけれど、私は迷うことなく目的地に向かって歩いていった。


「あそこか」


 木造りのテーブルとイスが()()()


 そのイスに座ると、正面から聞き慣れた声が聞こえてきた。


〈いらっしゃい。あなたは私なんだよね?〉


 クソ女、玉木奏の声だ。


「私は、エミリー・ファインズだよ」


〈でも、私だよね〉


 クソ女の姿は見えない。


 だけど、間違いなく笑っている。 


 それが私には分かるのだ。


「あなたには、私が見えるの?」


〈見えるよ。女子高生の頃の私を見てる感じ〉


「私はあなたが見えない。ずるくない?」


〈見たい? 見せてもいいけど、びっくりするかもしれないよ〉


「びっくり? まったく意味が分からないよ。あなたは私が見える、私はあなたが見えない。それが気に食わないだけ」


〈18才の頃の私、ううん、堕ちるまでの私は今のあなたみたいに勝気な性格だったな〉


〘ポワッ〙


 テーブルの上にロウソクのような火がともり、辺りが明るくなる。


「!!」


 私は、真正面に座る女と視線が合った瞬間、愕然としてしまう。玉木奏の記憶と完全リンク状態の今、この女の記憶を通して死ぬ間際までの容姿を知っている。


 知っていたけど、改めて面と向かって玉木奏の顔を見ると、ひどい有り様だと思った。


 黒髪にツヤなど一切なく白髪も交じり、肌は潤いなくカサカサ、目は窪み、唇はひび割れ、異様なくらいげっそり痩せている。


 覚醒剤中毒者、まさしくジャンキーだった。


〈びっくりしたでしょ? これでもまだ20代半ばなんだよね。ははは、泣きたくなるよ〉


「自業自得だよね? 快楽の虜になって覚醒剤を使い続けた代償なんだから」


〈!?〉


 どうやら玉木奏の怒りを買ったようだ。


 一瞬で般若顔になり、私を睨みつける。


 けれど、私はひるまない。


 逆に睨み返してやった。


〈あなたに何が分かるのよ? ふざけるな! 何も知らないくせに!〉


「覚醒剤の乱用は、脳を破壊するとは知っていたけど、本当なんだなとあなたを見て痛感した」


〈は?〉


「今さっきだよ? あなたが言ったでしょ? 私のことを私だよねってさ。うん、確かに私はあなただよ。だから、あなたに何があったのか全部知ってるんだよね。知った上で自業自得と言って何が悪いの? クソ女の玉木奏!」


〈……〉


「お前は亮次や家族、警察に助けを求めることができたはずなんだ。なのに、自分にもっともらしい理由を作って倉木鷹也に抱かれ続けた。亮次のためだから? 夫婦円満のためだから? 自分が我慢すれば丸く収まるから? あなた、許して? ……本当にバカ丸出しで笑えるよ。最初に体を持っていかれ、次は気持ちを持っていかれるって、NTRエロ漫画の女キャラを体現じゃん。クソ野郎のセックスなんて薬ありきの粗末なものなのに。ま、クソとクソである意味お似合いだよ。仲良く一緒に死んだもんね~♪ 無様な最期には大笑いさせてもらったよ」


〈……〉


「だけどね、玉木奏の最大の罪はこの世で一番愛した人、森沢亮次殺しの共犯になったこと。本当に最低だよ! お前は最低なクソ女だ! 死んで当然のクソ女だ!」


〈……うん、玉木奏は正真正銘のクソ女だね。最後の最後にクソ女らしく無様な死に方をしたみたいだし。でも、あなたもいずれ私の気持ちが分かるよ。私はあなた、あなたは私。それはどの世界でも変わらない〉


 玉木奏は、私をまっすぐ見据えると冷たい声でそう言った。


「私を玉木奏みたいなクソ女と一緒にするな。エミリー・ファインズとして、この世界に生を受けたのは私だ! 私は私、お前はお前。私は絶対にお前みたいなクソ女にならない! 神に誓ってクソ女になんかならない!」


〈ふふふふふ〉


〘フッ〙


 テーブルの上のロウソクのような火は消え、辺りが暗くなる。


 玉木奏は、私を嘲笑いながら黒い意識の世界から消え去っていった。


 私はひとり、黒き空間にいる。


 けがれなき真っ白な空間が、黒く染まりきったことを知らずに。


♢♢♢


 エミリー・ファインズは、玉木奏。


 玉木奏は、エミリー・ファインズ。


〈ふふふふふ〉


 あなたは、間違いなくクソ女だよ。



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