第64話 いざ参らん
文字数:2114字
天の空には数多の銀矢。
その数は、約10万本。
弓士バークレが一人の男を亡き者にするため、放ったものである。
「さて、どうするかな」
そんな言葉とは裏腹に、俺は覚悟を決めていた。
――紅蓮の炎の中に突撃してやる――
ここにいれば間違いなく死が訪れるのは必至。
なぜなら、サムライスキルにある固有スキルのすべてを発動しても、10万もの銀矢を避けることなんて不可能だからだ。
それならば、少しでも生き残れる可能性が高い紅蓮の炎の中に突っ込むほうが合理的だろう。
喫緊の問題は拳闘士ゲイル。
おそらくあいつが勇者と弓士の護衛役をしているはずなんだ。
俺と同じく近接戦闘しかできないので、今回の攻撃に一切参加してない。
勇者ジークが豪語していたからな。
〈パーティーは各々が役割を担い、そして適材適所で力を合わせて敵を討伐する〉
それを考慮すると、拳闘士は紅蓮の炎の中で万が一に備えている。
俺の奇襲に備えてだ。
あの筋骨隆々のツルッパゲ男の鉄拳が待ち受けているけれども、奴の攻撃を何とか凌げれば勝機を手繰り寄せられる。
10万もの銀矢の攻撃から生き残るにはそれしかない。
危険地帯でもあり安全地帯でもある紅蓮の炎の中へ、突撃してやる。
俺は〈空間転移〉を発動する直前、洞窟に佇んでいたエミリーとカリンに視線を走らせた。
二人は何かを感じ取ったのか、今にも泣き出しそうな顔になった。
サッと右手を掲げ、かりそめの別れの挨拶を済ませ、紅蓮の炎に視線を戻して雄叫びを上げる。
「いざ参らん、紅蓮の炎へ! 空間転移だ!」
この瞬間、10万の銀矢が闘技場に降り注ぐ。
♢♢♢
ワイ、拳闘士ライル・ゲラ。
本名は田中健太でござる。
素人童貞の26才。
若き日の夢はレスバ王。
そして今。
紅蓮の炎の中、座禅を組んで全神経を集中させている
の巻。
黒髪黒目の超イケメン野郎が、いつ何時襲ってきても
いいように隙間なく網を張っているでござる。
穀潰しというベストパワーワードを使い、スレ住人達
を論破できなかったことが唯一の心残りで早漏もとい
候。
万が一、森沢亮次がここに飛び込んできたら今度こそ
必殺ダイナマイトパンチをお見舞いしてやる所存。
お毛々ある奴は悪即パンチ!
ついでにイケメンの奴も悪即パーンチ!
ワイの名はライル・ゲラ。
若き日はフッサフサのフサフサのマッシュルームヘア
を靡かせていた模様。
今はしがないツルッツルのツルツルのスキンヘッドの
単なるスキンヘッダー。
ワイの本名は田中健太。
紅蓮の炎の中で瞑想する。
敵の襲来に備えて。
♢♢♢
【ヒュー♪ いつ見てもバークレのエンジェルアローはイカしてるな。打ち上がる様は夏の花火を思い出すぜ】
【なるほど〜、言い得て妙だね、マイベストフレンド、勇者ジーク。ふふふ、天の空で爆音と共に美しい大輪の花を咲かせる。でも、花火と違うのは10万の銀矢が大地に降り注ぐのさ、標的を抹殺するためにね】
【ああ、そうだな。森沢亮次は今も動けずにエンジェルアローを見上げてやがる。人生のフィナーレにきれいな花火を見れて奴も幸せだろう】
【だけど、ここまでする必要があったのかい? あいつは初手のシャドーアローは見えてなかった。連射すれば殺れたと思うけど】
【驕るなよ、バークレ。最初は矢が見えず慌てふためくだろうけどよ、スキル持ちなら身体強化〈真眼〉を発動すればシャドーアローは見えるんだからな。確実に敵を仕留めるには幾重にも作戦を張り巡らすのさ。そして、百獣の王ってのはいつも全力で狩りをするもんさ】
【そうだね、ジーク、肝に銘じるよ】
【そろそろ花が開く頃だな、バークレ】
【残り2秒だよ、マイボス】
〘バーン!〙
【たっまや〜! アデューだぜ、森沢亮次!】
【たっまや〜! グッバイ、森沢亮次!】
「やはり、天運我に有りだ!」
♢♢♢
【【な、何で】】
勇者ジークと弓士バークレが俺を見た瞬間、奇声にも似た声を上げる。
奴等が驚くのも無理はないだろう。
いや、俺自身が一番驚いている。
【ク、クソが! まさかライルの網をすり抜けたのか、森沢亮次〜!】
【ボクは夢でも見てるのかな? 信じられない!】
〘スラリ〙
俺はゆっくりと鞘から刀を抜いて、妖刀ツバキを覚醒させる。
紅く妖しく光る刀に斬られた古傷が疼いたのか、勇者と弓士は〘ジリッ、ジリッ〙と後ずさりしていく。
「10万の銀矢という豪雨が降り止むまで、ここで雨宿りさせてもらう」
妖刀ツバキが繰り出す〈死閃〉をもってしても生きる屍、アンデッドを滅殺できないのは百も承知だ。
俺が決死の覚悟で紅蓮の炎の中に飛び込んだ理由は、10万もの銀矢から身を守るためなのだから。
(勇者達が何度生き返ろうと構わない。とにかく今は、銀矢がすべて地に落ちるまで時間を稼ぐ)
妖刀ツバキを下段に構え、眼前にいる勇者と弓士との間合いを詰めていく。
【森沢亮次、いくら生き返るとはいえ、よくもライルを殺りやがったな! 俺様の炎剣で焼き斬ってやるぜ!】
【本当に許せないよ、ボクはマジでキレちゃう5秒前】
勇者が長剣を前に突き出し、弓士が弓に銀矢を矢番えして意味不明な難癖をつけてくる。
紅蓮の炎の中、三度相見える。
俺が〈疾風迅雷〉を発動して斬りかかろうとした時、三人目の男が目覚めるのだった。
【悲報! ワイ、おもいっきり熟睡していた模様】




