第60話 闘技場
文字数:2764字
「す、凄い」
わたしは思うより先に言葉を口にしてしまう。
きっと、ううん、まず間違いなくレインは新たに固有スキルを覚醒してエミリーの命を救ったのだ。
そうだ、そうだった。
思い返せば、今日の朝から愛しの人のサムライスキルには驚かされてばかり。
あのドラゴンとの戦闘で発動していた空間を飛躍するスキルは、わたしの〈転移魔法〉を彷彿とさせる。
いや、それは語弊があるよね。
あれはまさしく戦闘に特化したものであり、わたしのそれとは違うのだから。
そして今、レインは弓士が放った銀矢からエミリーを守るために、瞬間移動でもしたかのような最速スキルを発動して見事に聖騎士の命を救ってみせた。
暴風が猛り狂い、豪雨が激しく降り注ぐ中、エミリーを抱き抱えて洞窟に戻ってくる愛しの人。
エミリーは……違う、クソ女はレインにお姫様抱っこされたのがよほど嬉しかったのだろうか、うっとりした眼差しでわたしの想い人の首に腕を回し、その勇ましくある横顔に見惚れていた。
好きな人に絶体絶命の窮地から命を救ってもらったらあんな惚けた顔になるのも理解できるよ。わたしも熊の魔物からレインに命を救われた身だからね。
ましてや、お姫様抱っこなんてされたらもうたまらんって感じなのもさ。
だけど、今はそんな話などホントどうでもいい。
エミリーの命が助かったのは嬉しく思う。
これは紛れもなくわたしの本心だ……しかし、それとこれとは別の話。
そう、まったく別の話なのだ。
元はと言えば、状況確認を怠ったクソ女が悪い。
わたしは生きる屍、アンデッドである勇者、拳闘士、弓士に全神経を集中して聖女スキルを発動していた。
だから、分かっていたの。
レインが紅く妖しく光る刀で勇者と弓士を斬り裂き、拳闘士を刺突しても奴等が死ななかったことをね。
まぁ、命の概念がないから生き死にと言うのは違う気がするけれど、レインは真紅の刀によって必殺スキルを繰り出しても勇者達を駆逐できなかったのだ。
エミリー、あなたはわたしと同じく三聖なのだから、聖騎士スキルで聖女スキルと同様のことができたはず。
なのに、しなかった。
それが原因であなたは勇者達が駆逐されていないことに気付かず、身勝手に嵐の中に飛び出した。
妙に浮かれていたせいで地に足がつかずの状態だったから……なんて言い訳は通用しないからね。
そのせいで自分はおろか、愛しの人の命までも危険に晒したのは許し難いよ。
勇者達の頭がちょっと緩かったから、今回は事なきを得たけれども、こんな幸運はもう二度とない。
今後のためにも聖騎士エミリーにはしっかり反省してもらわないと困る。
ふん、でも、わたしやレインから今回のことをあーだこーだと言われなくても本人が一番分かっているようでまるで借りてきた猫みたいに洞窟の中でその体を小さくしているエミリー。
それにしてもだ。
聖女のわたしが託宣したサムライスキルは、所持者のレインが極限状態に陥らないと固有スキルを覚醒しないのだろうか?
もし仮にそうであるならば、とてもじゃないがレインは持たない。
心と体にとんでもない負担がかかり、いつしか所持者を壊してしまう可能性がある。
それでなくても、あの紅く妖しく光る刀がレインの命を吸い取って必殺スキルを繰り出しているかもしれないのだ。
この戦いが終わったら、真紅の刀のことを含めすべてを話してもらう。
場合によっては、今後レイン・アッシュを魔王軍との戦闘に参加させない。
聖女のわたしが託宣した責任もあるし、そして何より一人の女としてわたしは愛しの人を死に追いやる最低な女になりたくない。
……それから、あいつだよね。
何回も夢に現れては〘託宣しろ〙だの〘お前だけだ〙と〈聖女の託宣〉をわたしにさせた挙げ句、刀まで顕現させた張本人なのだ。
今度、大聖堂で会った時に首根っこ押さえ込んで洗いざらい吐かせてやる。
しっかしな、聖女のわたしが教皇様を締め上げるのを見たら、枢機卿始め聖職者の全員が卒倒するのは間違いないよね。
けれど、わたしはやる時はやるからね。
愛しの人レインのためなら、天にも背くよ。
ふふふ、覚悟してくださいね、教皇様。
♢♢♢
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、レイン」
「勝ってきなさいよね、レイン」
「「レイン殿、武運長久をお祈り申し上げます」」
エミリー、カリン、ゲイルさん、ガスさんからの身に沁みる言葉をもらった俺は、勇者達を必ず滅殺してやるんだと心に誓い、再び嵐の中に歩を進めるのだった。
嵐は弱まるどころか、さっきよりも激しく暴風が吹き荒れ、豪雨が滝のように降り注ぐ。
ガスさん曰く、この嵐はもっと勢力が強くなり丸一日はこんな状態が続くらしい。
こういう展開の時って、俺が勇者達を滅殺したと同時に嵐が止むとかそんなんじゃないのか。
「フフフ」
それはそれで何か俺らしくていいなと自虐的に笑ってしまった。
(……さて、どうするか……今の俺には打つ手がない)
これから再戦が始まる敵の前に立った俺は、鞘から刀をスッと抜いて体の正面に持ってくると、剣先を勇者達の心臓に合わせる。
攻撃にも防御にも素早く柔軟に対応できる構え。
俺は正眼の構えで勇者、拳闘士、弓士のアンデッドと今また相見える。
(打つ手はないが、それでも必ず活路を見い出し勇者達を討つ)
【やっと来たか、森沢亮次。お仲間に別れの挨拶の時間をくれてやった俺様に感謝しろよ】
(よく言うぜ、今の今まで三人で口喧嘩してただろ? それよりもまた俺をモリサワリョウジと呼びやがって。マジでふざけんなって感じだ。ここは一発、自己紹介をしてやる!)
「俺はモリサワリョウジじゃない! 俺の名はレイン、レイン・アッシュだ!」
【あっ? 雨が降ってるからレインか? まったくよ、お前は頭がイカれてんな、森沢亮次】
【悲報! ワイ、なかなか粋な名前に嫉妬した模様】
【……ハァ、ボクはジークとライルが頭イカれてんだなと確信したよ】
【何だと? バークレ、もう一度言ってみろや。ふん、まぁいい。おい、森沢亮次! お前が何と言おうが俺様の標的なのは間違いねぇんだよ。フフフ、ちょうどいいじゃん。ここはまさにあの場所そのものだぜ。嵐の中の闘技場もなかなか乙なもんだ】
「……闘技場?」
【お前の致命的弱点も把握した。この闘技場が森沢亮次の墓場となる。フフフ、アデューだぜ♪】
そう言った後、ウインクして不敵に笑う勇者ジーク。
その勇者の横に並び立つ拳闘士ライルと弓士バークレも自信に満ちた顔で俺を見据えていた。
「弱点? 致命的だと……ま、まさか」
確かに俺には弱点がある、致命的弱点と言っても過言ではないだろう。
そして、赤髪赤目の男が言ったことは現実となる。
サムライスキルの致命的弱点を突かれた俺は、まさに勇者達によって窮地に追い込まれることとなった。
古代闘技場が如く、この地の闘技場も赤い血を欲す。
レイン・アッシュの赤い血を。




