第5話 ファンファーレ
文字数:2536字
教会総本山。
言わずと知れた聖地、そして大陸唯一の大聖堂がある場所。
壮麗な大聖堂の中には教皇の間があり、時の教皇が鎮座するのだった。
第312代教皇エリスに謁見するため、枢機卿が教皇の間を訪れる。
枢機卿エドモンドは、注意深くキョロキョロと周囲を見回し、誰もいないことを確認すると教皇の傍らにすっと立ち、そっと耳打ちをして報告する。
「教皇様、聖騎士エミリーとレイン・アッシュの両名が本日午後、予定通り村を出立することになっております。大聖堂到着は六日後になるかと」
「枢機卿、そんな耳打ちしてまで報告する必要はありませんよ。もうカリンにはバレていますからね」
教皇の言葉を聞くや否や目をカッと見開き、口をあんぐりと開けて仰天する枢機卿。
「まさか信じられません。この件を知る者は、ほんの数名のはずです……」
「だから、私は貴方に言いましたよ。彼のことになるとカリンは能力以上の力を発揮すると。無駄な努力になってしまいましたね」
「くぅ~、カリンめ~」
枢機卿は顔を真っ赤にして激昂する。
「彼女を怒らないでやってください。魔王軍に勝利するためには、聖女カリン・リーズの力が必要不可欠なのですから」
「教皇様はカリンに甘い、甘すぎます!」
「フフフ、確かにそうかもしれませんね」
「教皇様~!」
教皇の間で、いつものように談笑する二人の聖職者。
それはまるで平時の一時を思わせる。
だが、現実は違うのだ。
現実は残酷なのだ。
教皇と枢機卿は、まだ知らない。
魔王軍が、二人の予想を遥かに超える早さで大陸を蹂躙している現実を。
♢♢♢
大陸最東端にある教会総本山。
――大聖堂。
聖地にそびえ立つ大聖堂こそが、魔王軍を討滅するための対魔王軍本部となる。
エミリー・ファインズとレイン・アッシュは三日後、大聖堂に到着するのだった。
♢♢♢
「いや~、出立の日に雲ひとつない青空って、神がエミリー様を祝福してるんすね!」
「このクソ野郎のイカレポンチが! てめぇ、エミリー様になれなれしくするんじゃねーよ! 殺すぞ、ガス!」
「ふふふ」
出会ったばかりだけれど、二人の掛け合いはじゃれているみたいで、つい笑ってしまう。
誇り高き教会騎士団の騎士である二人。
ガスさんは、背も高くて金髪が似合う整った顔立ちのイケメンなのに、話し方でかなり損をしてそうな人。
ゲイルさんは、中肉中背の中年ハゲチャビンおじさんなんだけども、何か雰囲気がある人で頼れるリーダーって感じがする。
何にせよ、二人ともいい人なので教会総本山までの六日間、とても楽しく過ごせそうだ。
でも、ゲイルさんとガスさんはオマケね。
♢♢♢
今、私の目の前にいる愛しき人。さっきから窓の外を眺めて悲しそうな顔をしている。
淋しいの? 家族と離れるから?
うん、分かるよ、私も同じ気持ちだった。
だけど、今は嬉しい気持ちの方が大きい。
馬車の旅の六日間だけじゃなく、これから先ずっと一緒にレインといられるからだ。
…………。
一年前、レインがスキルを覚醒した。
その話を聞いた時、バカ女への気持ちの他にもう一つの気持ちがあった。
――歓喜。
レインは一年前にスキルを覚醒したけど、森沢亮次の記憶を覚醒しなかった。
私は、当日に玉木奏の記憶を覚醒したというのに。
そして、未だに前世の記憶を覚醒していない私の愛しき人。
そうだ、きっとそうなんだ、間違いない。
レイン・アッシュは、森沢亮次の記憶を覚醒しない。
これを喜ばずして何を喜ぶのって感じ。
地獄の苦しみの一週間は何だったのか。
まぁ、あの苦しみがあって今があるなら良しとするよ。
ふふふ、これで私と愛しき人レインの間には何の障害もなくなった。
……あっ! バカ女こと聖女カリン・リーズなんて女が登場してきたけど、まったくもって問題ないかな。
もし私の邪魔をするなら、その時は……。
目に物見せてやるんだからね!
(レイン、好き、大好き、愛してる)
私は、流れゆく風景を眺める愛しき人の横顔を見ながら、心の中で愛を囁いた。
♢♢♢
「ねぇ、その服。レインは襟付きシャツなんて持ってたの?」
愛しき人の出で立ちをまじまじと見つめて、問い詰める感じで私は言う。
隣の村や遠方へ買い物に行く時のゆるい服装とは違い、かっちりした服装のレイン。
ゆるい服装の時でさえ、周囲の女達がキャーキャーと色めき立っていたのに、今の愛しき人の出で立ちを見たら、その女達は全員失神すると思う。
それくらい今のレインは格好いいのだ。
長年一緒にいる私が、少しでも気を緩めたら失神してしまいそうなのだから。
「俺が持ってるわけない。これは兄貴が結婚式で着たシャツ。エミリーは見覚えがあるだろ」
襟元に手をやり、ビシっと襟を正してレインはそう言った。
「ふむ、確かに見覚えがあるかも……」
結婚式には私も出席したので、その時の光景を思い出すと、確かにギルさんは白いシャツを着ていた。
(着る人によって、シャツの映え方も全然違うんだな)
そんなことを思っていたら、予想外な言葉が私の耳に届く。
「エミリーの着てる服は、流行りのワンピースか? 濃紺の生地が綺麗で良く似合ってるよ」
「!!」
(褒められた、初めて褒められたよ、嬉しい)
「う、うん……今日のためにお母さんが作ってくれたんだ……ほ、褒めてくれてありがとう」
「どういたしまして」
まさに天にも昇る心地だった。嬉しさと同時に恥ずかしさが込み上げてくる。レインが私をまじまじと見たのだと思ったからだ。
(やだ、やだ、嬉しい、いやー、恥ずかしい)
あり得ないくらい真っ赤になっている顔を、愛しき人に見られたくなかった私は、俯くことしかできない。
それは、あの曲が響き渡る夕刻まで続いた。
♢♢♢
「エミリー様、レイン殿。本日、宿泊する宿屋が見えて参りました」
「はい。ん? どうした、エミリー?」
「……」
ゲイルさんの言葉に反応せず、俯き黙り込む私にレインが声をかけてくる。
顔を上げられない状況は、今なお継続中だ。
「おい、エミリー、聞いてるのか? もうすぐ宿屋に着くぞ。荷物を――!!」
「……!!」
――ファンファーレ。
今の世に存在しないはずの曲が、辺り一帯に響き渡った。
〘パンパカパーン
パンパンパン
パンパカパーン〙
レインが森沢亮次の記憶を覚醒させる引き金となる曲。
私にとっては地獄の幕開けを告げる曲。
それがファンファーレだった。