第53話 教皇
文字数:2693字
〘パッ〙
「ふぅ……無事到着っと」
愛しの人の元から後ろ髪を引かれる思いで立ち去ったわたしは、大聖堂の前に立つ。
本当はもっと一緒に居たかった。
しかし、聖女としてやるべきことがある。
レインの報告はまさに衝撃的だった。
魔物達が草原地帯に侵攻し、騎士団駐屯地を襲撃。
そして、わたしが何より驚いたのは人間が魔物化するということ。
「六角柱の水晶か……」
レインは六角柱の水晶を破壊できる武器があるなら、誰でも魔物を駆逐できるかもしれないと言った。
その話をわたしの横で聞いていたゲイルとガスの目が輝きを放つ。
二人は教会騎士団の騎士にして第一隊の隊長と副隊長でもある。
〈我々も人々を守るために戦い、魔物を駆逐したい〉
そんな思いがひしひしと二人の騎士から伝わってきたのだ。
きっとそれが教会騎士団の騎士達の本懐のはず。
――六角柱の水晶が魔物の弱点――
これが実証され、魔物の心臓にある六角柱の水晶を砕く武器が見つかれば、この大陸のみならず世界の人々にとって朗報となるだろう。
「レイン、やはりあなたは世界を救う救世主になる人」
火照る顔を両手で押さえながら、わたしは思いを口にする。
でも、気がかりなこともある。
レインがドラゴンを駆逐した刀。
そう、聖女カリン・リーズがレイン・アッシュのために顕現した刀が、紅く妖しく光り輝いていた。
それはとても綺麗で目を奪われるほどだった。
だけど、なぜだろうか。
あれはこの世にあってはならないものだと思った。
何だか胸騒ぎがするので、今夜会った時に聞いてみるかな。
わたしは決めたのだ。
これからは対魔王軍本部で聖女として責務を果たした後、一人の女としてレインのところに毎晩行こうとね。
「さよなら、レイン。今夜、また会いましょう」
わたしがレインにそう言った時、クソ女こと、エミリー・ファインズのマヌケ顔は最高に笑えたな。
エミリー、あなたにレインを独り占めなんてさせないんだからね!
わたしは決意を新たにする。
「あっ、そうだ。今はこんなこと考えてる場合じゃないね。早く教皇の間に行かないと」
これから教皇様にレインから得た情報の報告、それと住民避難について進言するつもりだ。
……けれど、それだけじゃない。
もう一つ大事なことを確認する。
わたしは見定めなければならない。
教会総本山の頂点に君臨する教皇様を。
♢♢♢
教皇の間の玉座に探し人は鎮座していなかった。
まぁ、これはいつものことである。
何かしらの行事以外は玉座に鎮座しないのだから。
教皇の間の玉座の後ろにある隠し部屋に歩を進める。
〘コンコンコン〙
「どうぞお入りください」
古びた木製のドアをノックすると、聞き慣れた柔らかな声が聞こえてきた。
〘ガチャ〙
「カリンです、失礼します」
茶目っ気たっぷりに隠し部屋と呼称しましょうと言った張本人、その人物の執務室に足を踏み入れる。
教会総本山の頂点に立つ人の部屋とは思えないほどの質素な作り。
小さな執務室には木目調の机と椅子、それと来客用の椅子があるだけ。
もうすぐお昼時なのだろう。
窓から差し込む陽の光が、羊皮紙に筆を走らせる教皇様を照らしていた。
「座ってください、カリン」
「はい」
教皇様に促され、わたしは椅子に座る。
五年前のあの日、わたしを導いてくれた大恩ある人。
本名も年齢も分からない。
外見は初老のナイスミドル、まるで美術館の石像みたいな彫りの深い顔、綺麗に整えた白髪交じりの長い髪を総髪にしている。
「カリン、聖騎士一行のところから戻ったのですね」
「教皇様は何でもお見通しで怖いくらいです」
「私はついさっき枢機卿から愚痴を聞かされ、あなたの無鉄砲な行動を知ったのですよ」
「無鉄砲な行動とは人聞きが悪いですね。聖女の務めを果たすため、レインのところに行きました」
「フフフ、そうですか。赴いた甲斐はありましたか?」
「はい。これから教皇様に報告させていただきます」
わたしはレインからの報告をそのまま一言一句違わず教皇様に伝える。
それほどレインの報告は、物事を的確に捉えた見事なものだったからだ。
わたしの報告を聞き終えると、教皇様にしては少し語気を強めて言った。
「その報告に間違いはないのですか?」
「はい、教皇様」
「分かりました。聖女に住民避難含め魔王軍との戦闘の指揮等の全権を委任します」
「えっ? 全権を委任ですか?」
「これからは一刻を争うことになるでしょう。教皇の私にいちいち許可を取っていたら、ことによっては後手に回ってしまう可能性がありますからね」
教皇様の言う通りかもしれない。
全権委任か。責任重大だけど、より迅速に対応できるのも事実だ。
「はい、謹んでお受け致します」
♢♢♢
「では、教皇様。わたしは本部に行きます。ヴィクトのお尻を蹴り上げて住民避難開始のため、一両日中に騎士団を派遣させます」
一仕事終えたわたしは、席を立つ。
「フフフ、ヴィクトに神のご加護があらんことを」
教皇様の冗談にわたしは笑顔で答える。
「あいつに神の加護はないです」
(さて、もう一つ大事な仕事が残ってる。それを今からする)
「あ、教皇様。そう言えば最近顔色がとてもいいようにお見受けします。魔王軍を殲滅した暁には荒廃したこの大陸、そして世界を導いて頂く大事なお体です。どうかご自愛ください」
さり気なくわたしは教皇様に語りかけた。
「まだ耄碌する年ではありませんよ。私は元気そのものです」
「ははは、確かに耄碌する年ではないですもんね」
教皇様にそう言った後、ドアに向かって歩き出す。
(……そうなんだね、やっぱりって感じ。教皇様に異変は現れ始めていない)
♢♢♢
わたしとエミリーは、殺し合いをしていた。
教皇様の〈神の信託〉によって導かれた聖女と聖騎士が私的な理由で殺し合いをしていたのだ。
レインにエミリーとの戦闘を止められ、冷静な自分を取り戻した時、教皇様のことが頭に思い浮かぶ。
同じ三聖が殺し合いをしただけでなく、お互いに相手を亡き者にするため、禁忌スキルまで発動しようとしていた。
それはすなわち聖女と聖騎士が、人の道を外し始めたことを意味する。
導く者と導かれた者の関係性。
導く者である教皇様に必ず反動が来るはずだ。
わたしは教皇様に異変が起こり始めると思った。
思った反面、大丈夫だろうなと安心する自分がいた。
だって……教皇様は………。
♢♢♢
わたしはドアノブに手をかけ、教皇様を一切目にせずドアに向かって独り言のように小さな声で呟く。
「今朝、夢に現れてくれてありがとう」
この声が教皇様に届いたのかどうか分からないけど、わたしが執務室のドアを閉める間際だった。
夢の中ではない。
今この時、聖女カリン・リーズは聞いたのだ。
あいつの声を。
『どういたしまして』と。




