第52話 彼の地へ
文字数:2249字
ふふふ。
レインが美味しそうに私の作った玉子サンドを食べてくれている。
そんな愛しき人を見ているだけで、私は幸せな気持ちになる。
バカ女こと、聖女カリン・リーズは悔しさからか苦虫を噛み潰した顔でレインを見ているのだ。
ざまぁ!
きっとバカ女は食べるのが専門、作るのはてんでダメなんだろう。
だってさ、私と張り合う気なら「今度、レインのために料理を作ってくるから食べてね」とか言うはず。
だけど、カリンからその言葉は待てども待てども出てこない。
男はね、女の手料理が大好きなんだから!
まずは美味しい料理で男の胃袋をガッチリ掴む。
これが男と女の世の常なんだよ、バカ女さん♪
……………………。
……私は、淡い期待を抱くのをやめた。
レインが森沢亮次の記憶を思い出さないのではなんて淡い期待を。
あの二人しかいなかった森の中、私は森沢亮次と対峙する。
私の目の前で紅く妖しく光る刀を持っていた一人の男は、他の誰でもなく森沢亮次だった。
レイン・アッシュは、玉木奏を憎んで止まない前世の記憶を覚醒したんだ。
森沢亮次から罵詈雑言を浴びせられ、私の前世である玉木奏と同じクソ女なんだと自覚する。
そう、最低最悪なクソ女なんだと。
だから、すべてを諦めて死ぬ覚悟だった。
しかし、森沢亮次は私を斬り殺すことなく前のめりに倒れて気絶。
捨てる神あれば拾う神あり。
この時だ。
九死に一生を得た私は、あるスキルを発現する。
基本スキルでもなく固有スキルでもない。
ユニークスキルなるものが目覚めたのだ。
そのユニークスキル、それは〈天眼〉。
たった一度だけ発動できる奇妙なスキルだったけど、今の私にとってはこの上なくありがたいもの。
〈天眼〉は対象人物に暗示をかけられる。
暗示? 暗示? 暗示? レインに暗示?
私はレインにどんな暗示をかけたい?
自問自答した私の答え。
〈愛しき人レイン・アッシュが、前世の森沢亮次の記憶を覚醒しないこと〉
ふふふ。
ありがとう、森沢亮次。
あなたのおかげでユニークスキルを発現できた。
クソ女はクソ女らしく立ち回るね。
前のめりに倒れたレインを抱き起こし、そして閉じていた瞼を開かせ、私は〈天眼〉を愛しき人に発動する。
私の想い人の美しき黒い瞳、それが一瞬だけ赤い瞳となり、暗示が完了したのか元通りの色に戻った。
「やった! やった! もう最高に嬉しい!」
私は歓喜の声を上げる。
でも、ふと我に返り焦る。
暗示をかけたのはいいんだけれど、レインがこのまま目を覚まさなかったらどうしよう。
「いやだよ、レイン。目を覚ましてよ、お願い」
私は身体強化〈剛力〉を発動して、ゲイルさんとガスさんがいる馬車までレインを運び込むため、急いで森を駆け抜けるのだった。
……………………。
……ふふふ。
ほんの半時くらい前の出来事なのに、遠い昔のことのように感じる。
けれど、間違いなく〈天眼〉による暗示はかけた。
レインは、もう二度と森沢亮次の記憶を覚醒しない。
あとはバカ女を亡き者にすれば完璧だよね。
それはいずれチャンスが巡ってきた時でいいや。
その時が来るまで生かしておいてあげるよ、バカ女。
あ〜も〜。今、最高の気分だよ♪
「レイン、玉子サンド美味しい?」
私は満面の笑みを浮かべ、愛しき人にそう語りかけるのだった。
♢♢♢
まったく最悪な気分だったよ。
それはもちろん俺が両手首の粉砕骨折、そして両肩を脱臼したからだ。
ま、このケガのおかげかもしれないけど、エミリーの玉子料理を食べるのが先か、それともカリンの回復魔法と洗浄魔法の施しを受けるのが先かの不毛な争いに終止符が打たれる。
だら〜んと垂れ下がる腕で飯など食えるはずもなく、自動的にカリンの回復魔法の施しを先に受けることになったというわけだ。
そんなこんながあったが、回復魔法でケガはすっかりと治り、洗浄魔法で元の白いローブになったし、朝食もたらふく食べたので、俺は元気はつらつとなる。
「それじゃ、わたしは大聖堂に戻るね」
カリンとの別れの時が来た。
少し寂しい気持ちもあるけど、聖女には対魔王軍本部でやるべきことがあるのだ。
「カリン、今日はありがとう。本当に助かったよ。魔物の駆逐はもちろん、俺のケガの治療だけじゃなくローブまで真っ白にしてくれて」
「うん、お役に立てたのならわたしも嬉しいよ。それで監視隊はこれからどう動くつもりなの?」
「俺達は監視隊だからな。とりあえず当初の任務を遂行する。魔王軍先遣隊がいる駐屯地に向かうよ」
「彼の地か」
聖女様がその言葉を懐かしそうに呟く。
「ああ、彼の地だ。地理的に魔王軍本隊だってあの場所に駐屯するだろ?」
「そうだね、それは間違いないよ」
「まずは偵察、場合によっては戦闘だな」
「それ、わたしがレインに言ったことじゃん! パクらないでよね」
「そうだったな。悪い悪い」
カリンは俺の横に立っていたゲイルさん、ガスさんとエミリーに体を向けて言葉をかける。
「ゲイル、ガス、それと聖騎士様のご武運を!」
ゲイルさんとガスさんは、右手を胸に当て聖女に敬礼した。
「聖女様、大聖堂での活躍を期待しております」
〘ピシッ!〙
エミリーがその言葉を言った瞬間、聖騎士と聖女の間の空気が張り詰めたように感じたのは俺だけだろうか。
「ありがとうございます、聖騎士様」
にっこりと笑ったカリンは、エミリーにお礼を言った後、俺に向き直った。
「さよなら、レイン。今夜、また会いましょう」
ニヤッと笑いながら、聖女様は消えていく。
「は? どういうことだよ、カリン」
俺、エミリー、ゲイルさん、ガスさんの監視隊の面々は、ただ呆然とその場に立ち尽くしていたのだった。




