幕間 椿
文字数:1646字
「そのくらい自分で考えてよ!」
大聖堂四階にある教会騎士団対魔王軍本部にわたしの怒声が響き渡る。
泣きそうな顔をして震え上がる騎士を目にし、すぐ我に返った。
「あっ、ごめん、ごめんね、大きな声出して。ははは、色々忙しくて……避難所の件だよね? それはね――」
最低だよ、わたし。
避難計画実行のため、やることが山のようにあり、忙しかったのは本当だ。
でも、それで声を荒げたりなんかしない。
もう二日になる。
レインと会えなくなって二日。
まだ二日と考えるのか、それとももう二日と考えるのかは人それぞれだけど、わたしはもう二日なんだ。
聖女としての責務と一人の女としての想いの狭間で、今も苦悶し続けている。
レインに会いたい。
あのクソ女は、レインと馬車の旅を満喫しているのだろうか?
今日もいい天気。
この美しい青空の下、二人は仲良く笑って……。
ムカつく!
魔王軍先遣隊の監視任務で一緒にいることは百も承知だ。
けれども、そんな簡単に割り切れるものじゃない。
くぅ~、楽しげに笑ってんじゃないわよ!
クソ女! エミリー・ファインズ!
わたしの怒りが頂点に達した時、運悪く声をかけてきた騎士に向かって、八つ当たりするかのように怒声を浴びせてしまったのだ。
こんな格好悪いわたしを見たら、レインはどう思うのかな?
呆れる? 怒る? ねぇ、教えてよ。
どう思うのか今すぐ教えてよ! 会いたい……レインに会いたい。
「僕の愛しのカリンは、ご機嫌斜めさんだね」
「……そんな呼び方やめて」
甘ったるい声で、わたしに声を掛けてきた男が現れるや否や、本部に詰めていた騎士達が揃って敬礼をする。
教会騎士団団長ヴィクト・タウは、にこやかに笑いながら右手を掲げて騎士達の敬礼に応えていた。
「カリン、今日は付き合ってくれるだろ?」
昨日も同じようにヴィクトはわたしを食事に誘ってきたが、昨日と同じようにお断りの返事をするだけだ。
「街へ繰り出す気分じゃない。それより第一隊と第二隊はいつ出るの? 一日も早く住民避難を開始しないと大変なことになるかもしれないのよ」
わたしの言葉に両手を広げて、肩をすぼめる仕草をするヴィクト。
「愛しのカリン、監視隊から早馬は来ないし、何も状況は変わってないだろ? 今からそんなに気を張っていたら潰れてしまうじゃないか。うん? 僕は何か間違ってるかい?」
相変わらずのヴィクトの言動に虫酸が走る。
だけど、わたしはこの場を立ち去るための一計が閃く。
「確かにヴィクトの言う通りかもね。わたしは少し気を張りすぎていたみたい。というわけで今日はこれでお暇させてもらう。あとのことはよろしくね、団長さん」
「えっ? おい、カリン」
予想外の展開に焦りを隠せずにいるヴィクトを無視して、わたしは颯爽と本部から立ち去るのだった。
♢♢♢
わたしは今、大聖堂の裏庭にいる。
ここには花壇があり、色とりどりの花が咲き誇っているのだ。
なんと驚くなかれ。
きれいに咲き誇る花たちを甲斐甲斐しく世話しているのが、いかつい顔をした枢機卿なのである。
「あんな顔してるくせに、花を育てるのが趣味なんて笑えるよね」
わたしはひとりクスッと笑う。
花たちを愛でながら裏庭を歩いていると、ある花の前で自然と足が止まる。
「今日もきれいだね」
――椿。
この花壇できれいに咲き誇る花たちの中で、ひと際赤く咲いていた。
わたしが、一番嫌いで一番好きな花。
「あなたがいてくれたから、わたしは今ここにいるんだ。ありがとう」
両親が死に、生きる術もまだ分からずにいたわたしは、飢えを凌ぐために一番最初に食べたのが野に咲く赤い椿だった。
赤い椿を見ると、否が応でも幼少期の記憶が蘇り、辛くなると同時にこの花のおかげで命を繋げられたんだと感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。
「また来るね」
お礼の気持ちを込め、赤く咲き誇る椿に水をあげてから裏庭を後にした。
この時は、まだ知らなかったのだ。
わたしが顕現した刀が、妖刀となってレインの命を糧にすることを。
そして、妖刀の名がツバキということを。
わたしは死ぬほど後悔する。
レインに刀を顕現したことを。




