第40話 バカ女
文字数:3437字
「お前をぶっ殺してやる! 疾風迅雷!」
紅く妖しく光る刀を振りかざしたレインが、私を殺すためにサムライスキルの固有スキルを発動する。
〘フッ〙
「き、消えた!?」
〘バッ!〙
「このクソビッチが! 死ね!」
「っ! くっ!」
いきなり私の背後に現れたレインは、玉木奏の世界の言葉を叫び、刀を天高く振り上げると情け容赦なく斬りつけてきた。
〘ガキンッ!〙
無意識だった。
聖騎士スキルが危機的状況を回避するため、強制的にエミリー・ファインズを突き動かしたとしか言いようがない。
私は聖剣と神剣を素早く鞘から抜き、レインが繰り出す真紅の刀を受け止めた。
〘ギリッ! ギリリッ! ギリリリリッ!〙
私達二人しかいない森の中、無情に鳴り響く鍔迫り合いの音。
二本の剣を十字に重ね合わせ、レインの刀を受け止めながら確信する。
森沢亮次。
今、私の目の前で鬼の形相をしている一人の男は、レイン・アッシュではなく玉木奏という女を憎んで止まない森沢亮次なのだ。
「お前が聖騎士? この大陸の人々を守る? 笑わせるな! てめぇみたいなクソ女がよ!」
「うぅ……」
今まで聞いたことがないレインの怒りを露わにする言葉の数々に私の胸は締め付けられる。
「奏、お前を殺す! そのためにオレはここにいるんだ!」
分かる、分かるよ。
私には分かるんだよ。
森沢亮次、あなたが玉木奏を心の底から憎み殺してやりたいと思う気持ちがよく分かるよ。
だって、私は玉木奏がこの世界に転生した女だから。
全部分かってるから!
その怒りや悲しみ、信じていた人に裏切られた時の絶望感、そして挙句の果てには玉木奏と倉木鷹也に殺される。
森沢亮次の最期は、筆舌に尽くしがたい。
あんな奴等は死んで、殺されて当然だよ。
でも、でもね。
私は玉木奏だけど玉木奏じゃないよ。
私はエミリー・ファインズだよ。
セックスはもちろん、キスもしたことない女だよ。
快楽に堕ちて人を裏切ったり、ましてや人を殺してもいない。
私を、あの玉木奏と一緒にしないでよ。
クソ女なんかと一緒にしないでよ。
「一緒にしないでよー!」
〘フワッ〙
「っ! あのオーラか!」
声の限り叫んだ私の気持ちに応えるように〈光の衣のオーラ〉が顕現する。
〘ガキーン!!〙
「くっ! ク、クソッ!」
聖騎士スキルの完全体となった私は、聖剣と神剣を左右に力強く広げると、真紅の刀を持つレインごと弾き飛ばした。
「私は玉木奏じゃない。エミリー・ファインズだよ!」
〘カチンッ!〙
「フッフフフフ」
刀を鞘に納めたレインが、人を小馬鹿にするような笑い声を上げた。
その姿を見て頭に来た私は、少し声を荒げて言う。
「何がおかしいの? 私は何か面白いことでも言った?」
刀に手をかけ、ぐっと体を深く沈ませると、レインは居合斬りの構えをする。
次の瞬間、対峙する男の射殺すような眼光が私に放たれた。
「バカが! 何がエミリー・ファインズだよ、クソ女! はん! 笑わせるのもいい加減にしろって感じだ! いいか? お前は間違いなく玉木奏なんだよ。自分の胸に手を当てて考えてみろ。てめぇが一番良く分かっているはずだ。快楽至上主義のクソ女だとな!」
「な、何を言って――」
私は言葉を続けることができなかった。
なぜなら眼前の男の言う通り、快楽至上主義のクソ女だと思ったから。
レイン・アッシュは森沢亮次の転生者だ。
言わば二人は一心同体の関係にある。
それなのに……私は……。
森沢亮次を殺害した倉木鷹也とのセックスを想像しながら、オナニーで絶頂していたのだ。
玉木奏の記憶とリンクしてからというもの、クソ女の淫らな記憶が私の頭の中にダイレクトで流れ込む。
エミリー・ファインズは、セックスのセの字も知らない女。
けれども、この脳が、この身体がセックス、そして違法薬物によるキメセクの快楽を覚えている。
〈覚醒剤のキメセクは最高に気持ちが良かった〉
その淫らな快楽を思い浮かべるだけで、私のアソコは熱く疼き濡れてしまう。
そうなってしまったら最後、自分の意思ではどうすることもできない。
今まで通り大好きなレインを想ってオナニーしようとしても、いつの間にか倉木鷹也を想いながら、激しく指を動かしイキ狂っていた。
……最近の私は、レイン・アッシュではなく倉木鷹也を想ってオナニーするのが当たり前のようになる。
最低最悪なことをしていると分かっていても、最高に気持ちが良くてやめられなかった。
愛しき人レイン・アッシュを殺した憎き奴とセックスしている私を想像しながら、オナニーで絶頂していたと言っても過言じゃないのに。
そんな私がクソ女じゃない?
あの玉木奏と一緒じゃない?
一緒にしないでなんて言える女?
私は快楽至上主義の玉木奏と同じクソ女だ。
〘ガラン! ガラン!〙
聖剣と神剣が私の手から滑り落ちる。
それに呼応するかのように〈光の衣のオーラ〉は消し飛んでいった。
がっくり肩を落とし、俯くことしかできずにいた私に向かって、レインは言葉を続ける。
「お前はどう足掻こうが玉木奏なんだ。フン! 良かったな! 最期にてめぇがクソ女なんだと自覚できてよ。どうしてオレに殺されるのかが分かっただろ? お前に慈悲など与えない! 玉木奏という存在を、この世界から消し去ってやる!」
殺されるのはしょうがないよね。
だけど、森沢亮次じゃなくレイン・アッシュに殺されたかった。
それもわがままになるのかな。
「死ねよ、玉木奏! 抜刀一閃!」
あぁ、レインに会いたかった。
それだけが心残りだ。最期くらい大好きな人の顔を見ながら死にたい。
そう思った私は、顔を上げて愛しき人レインをまっすぐに見つめる。
レイン、さようなら。
もし良かったら、朝食作ったので食べてね。
大好物の玉子ばかりだよ。きっと気に入ってくれると思うな……レイン、大好き! 大好きだよ!
最低最悪なことをしていたけど、この気持ちだけは嘘偽りなく本当なの。
〘バタンッ!〙
………………。
「えっ!? レイン? レイン! レイン!」
前のめりに倒れ、ピクリとも動かなくなったレインに、私は急いで駆け寄るのだった。
♢♢♢
「ゲイルさん! ガスさん! 大変なんです! レインが! レインが!」
基本スキルの身体強化〈剛力〉を発動させ、レインを馬車のあるところまで運び込んだ。
「エミリー様! レイン殿!? ど、どうしたんすか? トマトみたいに真っ赤っ赤じゃないっすか!」
何の悪気もなく心底心配してくれているのは重々承知。
それでも、愛しき人レインをトマトに例えたガスさんが許せず、お尻を蹴り上げてやった。
〘ドカッ!〙 「痛っす!」
「このクソ野郎のアンポンタンが! てめぇ、語彙力皆無だな! レイン殿をトマトに例えるとは失礼極まりない! せめてワインくらいに例えろ――」
〘ドカッ!〙 「痛っ!」
お尻を押さえ、蹲るゲイルさんとガスさんを素通りして馬車の中にレインを運ぶと、手早く簡易ベッドを用意する。
〘ギシッ〙
そっと簡易ベッドに寝かせ、横になっているレインの黒髪を優しく撫でながら私は呟く。
「ごめんね、こんなベッドで」
森の中でレインを見た時にも思ったけれど、改めて愛しき人の姿を見てみると酷い有り様に変わり果てていた。
白いローブが魔物達の大量の返り血によって完全に赤く染まってしまい、何よりもレインの顔が誰かに殴られたのか傷だらけなのだ。
あの夜半から今までの間、いったいどれほど過酷な戦いをしていたのだろう。
「レイン、レイン……」
こんなボロボロになるまで戦ったレインに、私は何もしてあげられない。
情けなく泣くことしかできないのだ。
もし、このままレインが死んでしまったら、絶対に後を追うと断言できる。
レインがいない私の人生なんて、考えたくもないし考えられない。
この人になら、何をされてもいい。
たとえ、殺されたって構わないのだから。
そうだよ、そのくらいあなたのことが好き。
「……レイン」
〘ギシッ!〙
私が愛しき人レインの上に跨るように座った途端、簡易ベッドは悲鳴を上げた。
[トクン、トクン、トクン]
高鳴る心臓の音がとても心地よく感じる。
私の唇を愛しき人の唇に近づけた。
レインとキスをするために。
まるで世界の時間が止まっているみたい。
私達二人だけの世界だよ、レイン。
大好き。
静かに目を閉じる私。
〘バン!!!〙
耳をつんざく激しい音が馬車の中に響く。
「何してるのよ!」
私とレイン。
二人だけの素敵な世界を、否応なく破壊するムカつく奴の声が聞こえてきた。
馬車の扉を激しく開け放った女。
――バカ女。
聖女カリン・リーズが、般若のような顔をして立っていたのだ。
私は、殺意を込めてバカ女を睨みつける。
お前は、やっぱり邪魔な存在だな。




