第39話 神様
文字数:3034字
ふふふ。
そうですの、それが貴方の秘策ですのね。
――紅く妖しく光る剣。
初めて見た時、あまりにも美しい妖艶な輝きを放つ剣に、わたくしは目を奪われてしまったほどでしたわ。
美しくて当然ですわね。
その輝きは貴方の命そのものですもの。
今まさに、より一層美しく命の輝きを放っていらっしゃる。
自分の命を糧にして、わたくしを討つつもりなのでしょう?
そこまでするのは、何のためですの?
自分のため? 他人のため?
……うふふ、失礼致しましたわ。わたくしとしたことが愚問でしたわね。
貴方の美しく輝く命の煌めきを眼前にすれば分かりますもの。
素晴らしいわ。とても素晴らしいですわ。
それは尊き自己犠牲の精神。
ほんの少し前のわたくしなら、そんなものは鼻で笑っていたことでしょう。
でも、今ならとても分かりますわよ。貴方と同じく他人のため、この命を捧げるつもりなのですから。
ああ、愛しき魔王様。
大変申し訳ありませんの。
わたくしの力及ばず、名も知らぬ男を逝かすことができませんでしたわ。
痛恨の極みと言わざるを得ません。
ですが、ご安心くださいませ。試合には敗北することになりますが、勝負には勝利することになりますのよ。
親愛なる魔王様より賜りし〈サイレント〉と対をなす〈カミカゼ〉をもって、名も知らぬ男を虚空の空間に閉じ込めますわ。
そうすれば、あの男に待つのは死あるのみ。
うふふふ、野垂れ死にですわ。
魔王様、どうかそれでご容赦くださいませ。
この勝負、わたくしの勝ちは揺るぎません。
♢♢♢
色男くん、早く仕掛けていらっしゃい。
――空間転移。
必ずやまた空間転移を駆使して、攻撃魔法を飛び越えてくるのは自明の理ですの。
その時、わたくしは〈カミカゼ〉を発動し、愛しき魔王様の眷属の証しである核を、自分の意志で消滅させますわ。
わたくしは、美しく散ります。
しかし、ただでは散りませんことよ。
名も知らぬ男の絶望した顔を間近で見ながら散って逝きますの。
最後の最後におもいっきり言ってやりますわ。
【ざまぁみろ! バーカ!】と。
うふふ。メメル・フロストの29年の生涯はここで幕を閉じますが、悔いはありませんの。
親愛なる魔王様のために死ねる。これほどの幸せがありますでしょうか。
わたくしは逝きます、そして貴方も逝くことになりますわ。
〈サイレント〉が作りだす虚空の空間から脱出するのは、絶対に不可能ですのよ。
もしもあの世があるのならば、貴方とお会いできるかもしれないですわね。
うっふふふふふふ、おっほほほほほほ!
それでは始めましょうか、最期の勝負を。
【いきますわよ! 貴方の負けですわ!】
♢♢♢
【敵を葬り去れ!】
メメルの言葉に反応し、氷矢、火球、風弾、土刃、雷槍、五属性の攻撃魔法が襲い来る。
その数は、1,000。
だが、問題ない。
俺は飛び越えるだけ。
メメルに〈死閃〉を放つため、〈空間転移〉を発動させる。
「行くぞ、空間転移だ!」
〘ギュン!〙
五属性の攻撃魔法を飛び越え、メメルの正面に踊り出ると、俺達二人の視線がぶつかった。
【わたくしの思惑通り! さぁ、貴方の絶望に打ちひしがれる顔を見せてくださいませ! 神風!】
そう言った後にニヤリと笑い、手に持つ魔杖を高く掲げた瞬間、メメルの左胸からドス黒い六角柱の水晶が飛び出し、粉々に砕け散った。
〘バリンッ!〙
【がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"、わたくしの勝ちですわよ! 勝った! 貴方はこの虚空の空間から絶対に出られませんわよ! んあ"あ"あ"あ"、ここで野垂れ死ぬのですわ。あ"あ"あ"あ"あ"、魔王様、万歳ですの! 鷹也様、万歳ですの! 万歳ですのよー! んがあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"】
今際の際の言葉を絞り出しながら恍惚の表情を浮かべているメメルに対して、俺は冷たい声で言ってやった。
「お前ごと、虚空の空間も斬り裂いてやるから何も問題ない」
【ぅえ?】
素っ頓狂な声で発したその言葉が、メメルの最期の言葉となる。
俺の命を糧にした妖刀ツバキは、目前の敵を葬るべく真紅に輝いていた。
「お前を滅殺する! 死閃!」
霞の構えから一文字斬りを繰り出し、メメルの胴体を一刀両断にする。
〘ザンッ!〙
何の言葉も発せずに口を大きく開け、白目を剥いたメメルは、〘ボンッ!〙という音とともに跡形もなく消え去った。
「はぁっ、ふぅ」
魔術師メメルを討ち果たした俺は、一息だけ深呼吸してから周囲を見渡す。
妖刀ツバキによって斬り裂れた虚空の空間は消滅したと判断できる。
なぜならば、俺の目の前にエミリーが立っていたからだ。
「レイン! レイン! レイン!」
エミリーが泣きそうな顔をして、俺の名前を何度も呼んで駆け寄ってくる。
レイン? 俺はレイン・アッシュ?
……いや、違うよ。
俺は……森沢……亮次……オレは……。
「奏! お前を殺してやるよ!」
オレは、玉木奏に斬りかかるのだった。
♢♢♢
「ちょっと散歩してきます。お二人は留守番、よろしくお願いします」
「「はい!」」
聖騎士スキルに魔物達の反応は一切ないし、ゲイルさんとガスさんだけにしても問題ないと思った私は、気分転換も兼ねて散歩することにした。
けれど、私の足は自然とある場所に向かう。
それはレインとコウモリの魔物達が戦闘していた場所。
「ここで戦っていたんだ……」
数多の巨木が薙ぎ倒され、コウモリの魔物達が屠られている。
私のスキルには、レインの反応もコウモリの魔物達の反応もあったはずなのに、突然反応がなくなるなんて余程のことがあったに違いないのだ。
現場に来れば、ここで何があったのか分かるかもしれないと思ったけれど、結局は分からず終いだった。
私はレインがいない淋しさから、今の気持ちを言葉にする。
「ここにいるんだよね? いるよね? 私には分かるよ。分かるんだから! 何してるの? お願い、早く帰ってきて! いつも俺の隣りにいろって言ってくれたよね? 私は今、ひとりぼっちだよ。レインが隣りにいてくれないからひとりぼっち。あなたに会いたい、会いたい」
どのくらいその場で一人、立ち尽くしていたのだろうか。
もっとここにいたかったけど、ゲイルさんとガスさんが私を心配して探しに来たら大変だと思い、泣く泣く馬車に戻ることにした。
「馬車はあっち。レインが戻るまでいつまでも待ってるからね。早く戻ってきてよ」
未だ戻らぬ愛しき人にそう言い残した私が、馬車に向かって歩き始めた時だった。
〘ザンッ!〙
鋭い斬撃音が辺り一面に響くと同時に、私の真正面の空間に真紅の真一文字の亀裂が入り、〘フッ〙と何かが消える音がした。
「何これ?」
この異様な光景に私の緊張はピークに達し、聖剣と神剣をいつでも抜けるように二本の剣の柄に手をかける。
極限の緊張状態の中、神経を集中して周囲に視線を走らせるけど、特に異常はなくスキルが危険を察知することもなかった。
「ふぅ」
とりあえず何もなかったので、安堵のため息を漏らすと、私とほぼ同じくらいのタイミングで誰かの深呼吸が聞こえてきた。
「はぁっ、ふぅ」
分からないはずがない。
聞き間違えるはずがない。
今、この世で一番会いたいと思っている人の声なのだから。
――神様、本当にありがとうございます――
私の目の前にレイン・アッシュが立っていたのだ。
「レイン! レイン! レイン!」
私は神様に感謝しながら、愛しき人レインのもとへ走り出す。
「レイン!」
「奏! お前を殺してやるよ!」
♢♢♢
天国から地獄とはこのことだと思う。
レインが、私に斬りかかってくる。
「お前をぶっ殺してやる! 疾風迅雷!」
夢なら覚めてください。
お願いします。
ああ、神様。




