第38話 死閃
文字数:2970字
【な、何なのですの!? お前はいったい何者なのですの!? ふざけんじゃないわよ!!】
メメルは憤怒の表情で怒声を上げる。
黒こげなのは変わらないが、首と胴体は見事にくっついていた。
(もう何も話すことはない)
紅く妖しく光る妖刀ツバキ。
俺は、ゆっくりツバキを下げて攻撃態勢に入る。
下段の構えから、今も何か喚き散らしている討つべき敵に斬りかかる。
【っ! 舐めんじゃないわよ! お前のことは見えているわ!】
(やっぱり見えているんだな、俺が)
【出でよ! 氷壁!】
〘バンッ!〙
刀の斬撃からその身を防御するため、氷の壁を作り出した魔術師。氷壁の向こう側に見えるメメルは冷笑していた。
それはきっと〈先程までのわたくしとは違いますわよ〉という余裕の笑みだと思う。
だけど、本人は気づいていないのだろうか?
自分の目と鼻から血が流れ出ていることを。
デバフを繰り出せるのだ。それなら対であるバフだって繰り出せるはずだ。
不死身の肉体が悲鳴を上げるほど、尋常じゃないバフを自分に施しているに違いない。
メメル・フロストにもそれなりの覚悟があるのだなと少しだけ見直した。
だが、お前を仕留める気持ちは何ら揺らいでいない。
「斬り裂け! ツバキ!」
妖刀ツバキを下から上へ切上、そして左から右へ左薙の二連斬撃を鋭く放つ。
〘スパッ! スパッ!〙
魔術師渾身の氷壁を十文字に斬り裂く。
〘パリンッ!〙
【ちっ! このクソガキが! 次はわたくしの番ですわ! 氷矢よ、射殺しなさい!】
氷壁がいとも簡単に粉砕され、怒髪天を衝く形相になったメメルが、攻撃魔法を発動させて空気中の水蒸気を凍らせると、無数の氷矢が次々と出現していく。
こんな状況になろうと至って冷静でいられる自分が不思議だった。
たとえ何百何千の氷矢に狙われようが、まったく問題ないと思っているからだろう。
俺とメメルの間にどんな障害があろうとも、それを飛び越えればいいだけ。
新たに覚醒した固有スキル〈空間転移〉を発動すれば、確実に俺の刃がメメルに届くのだから。
【うふふ、氷矢100本での的当ての刑に処しますわ。名も知らぬ色男くん、さようならでございますの。死んで――】
〘スパッ!〙
【…………え? ……】〘ブッシャー!〙
赤い血を噴水の如く吹き出しながら前のめりに倒れ込んだメメルを、俺はじっと見下ろしていたのだった。
♢♢♢
!? ……ウソですわよね? ……あの数の氷矢を飛び越えて、わたくしを斬りつけるなどあり得ませんわよ……ぐっ……袈裟斬りというやつですの? ……痛いじゃないのよ……この痛みは普通じゃありませんわ……はぁ、はぁ、はぁ……ガキンチョめ! ……必ず倍返ししてやりますわ……ですが、どうやって氷矢を飛び越えられましたの? …………。
ま、まさか空間転移!?
どうして、名も知らぬ男が魔王様のスキルを扱えるのですの?
空間魔術師スキル所持者はこの世でたった一人のはずですわ。
そう、それは魔王倉木鷹也様だけですのよ!
いえ、落ち着きなさい、メメル・フロスト。
どちらにせよ、この男は危険極まりない存在ですわ。
不死身の肉体が爆発寸前のマズい状態ですけれど、そうも言っていられないようですわね。
親愛なる魔王様のためにも、名も知らぬ男を仕留めてみせますわ。
鷹也様、わたくしをご照覧あれ!
さぁ、いきますわよ。
バフ重ね掛け400でございますわ。
♢♢♢
ガバッと勢いよく立ち上がるメメル。
【おっほほほほほほ! 今度こそお約束通りにぶっ殺して差し上げますわ。よろしいかしら? 今のわたくしはお強いですわよ】
体中の穴という穴から大量の血を吹き出し、ガクガクと体を震わせている有り様とは対照的に、自信に満ちた顔で最後通告をしてくる。
舐めていた。どこかで舐めていた。
正直言えば、先程のツバキの一閃でメメルを滅殺できると思っていた。
しかし、滅殺できなかったのだ。
〘バキッ!〙
【は?】
俺は、自分自身をおもいっきり殴りつける。自分を驕り、相手を軽んじたことに対する自戒の意味を込めて。
その様子をあんぐり口を開け、呆然と眺めるメメルに向かって言葉を投げかけた。
「悪かった……さぁ、最後の決着をつけよう。俺の全身全霊をもって、お前を滅殺してやる」
【フン! そんなことを改めて言われなくてもそのつもりですわ。うふふ、貴方、本当に素敵ですのね。でも、ここで死んでもらうわ】
今日ここで、俺かメメルのどちらかがこの世から消える。
♢♢♢
「「エミリー様……」」
ゲイルさんとガスさんが、何やら私のことを心配しているご様子。
大丈夫、心配しないで! 料理は得意です。
ただ、少し手際が悪いだけで……。
〘ガシャン! パリン!〙 「「あっ……」」
「何か?」 「「いえ……」」
旅に陶器のお皿なんてダメだよね? なので処分したと思えばいいのよ。それにさ、二人が背後霊みたく私の後ろにぴったり張り付いてるからお皿の五枚くらい割るよね。
「エミリー様、俺が朝食作るっすよ……」
ガスさんからの都合四度目のお伺いに流石の私もキレてしまう。
「イヤったら、イヤ!」 「はいっす!」
今日だけは、この朝食だけは、私が作りたいのだ。
レインとコウモリの魔物達が戦っていた場所に来て半時、分かったことがある。
いる。いないけど、レインはここにいる。
もうすぐ私のもとに帰ってくる。
私には分かるの。
だから、他の誰でもない私が最初にレインを出迎え、私が愛情込めて作った朝食でレインをもてなしたいのだ。
これは死んでも譲れない。
小一時間ほど格闘して完成した朝食。
レインは玉子が大好きだから、玉子サンドと目玉焼きとゆでたまご。まさに玉子づくしだ。
「「エミリー様、とても美味しいです!」」
「ありがとうございまーす♪」
ゲイルさんとガスさんが〘グゥグゥ〙とお腹を鳴らしていたので、流石にレインが戻るまでお預けとはいかず、先に食べてもらっている。
私はたくさん味見したからか今はお腹一杯。あとでレインと二人っきりで食べるつもり。
……レイン。
未だ聖騎士スキルには何の反応もないけど、もう少ししたら会えるよね?
私はレインを出迎えるため、真紅のマントを白銀の鎧に纏い、聖剣と神剣を帯剣する。
なぜ二本の剣を帯剣したのだろう?
虫の知らせで私の胸がざわついたからとしか言いようがない。
でも、それは結果として正しかったのだ。
もし私が聖剣と神剣を帯剣していなければ、レインの紅く妖しく光る刀を受け止めることができなかったのだから。
♢♢♢
魔王様。
この勝負、わたくしの勝ちですの。
名も知らぬ男は、ここで死にますわ。
たくさん褒めてくださいまし。
あら? 大変ですこと。
あまり時間がないようですわね。
名残り惜しい気も致しますが、これも運命。
うふふ、それではお先に逝かせて頂きます。
♢♢♢
【氷矢よ、火球よ、風弾よ、土刃よ、雷槍よ! 目の前にいる敵を葬り去るために出でよ!】
メメルがあらゆる攻撃魔法を発動させ、俺を亡き者にするために襲い掛かってくる。
その表情は、なぜかとても穏やかに見えた。
【先程の10倍、1,000ですわよ! 貴方にこれが避けられるかしら? 今度こそ正真正銘逝きなさい!】
今度こそ?
俺が今度こそお前を滅殺する。
聖女の祝福によって覚醒した固有スキルを発動させる時だ。
魔術師メメル・フロストよ。
お前の不死身の肉体を滅ぼし、そして生命を簒奪する最恐スキルを食らわしてやるぞ。
「今この時、俺の命を糧に妖刀ツバキで魔を滅殺する」
――死閃。




