第35話 刀
文字数:3160字
――死。
顔面傷だらけで赤い血を垂れ流している男の鋭い眼光が、わたくしを射殺す。
この時、真っ先に感じたのは死の恐怖。
殺される? 死ぬ?
【……っ!】
じょ、冗談じゃありませんことよ!
殺されるのは、死ぬのは、名も知らぬ男。
わたくしこと、メメル・フロストが敗北するなんてありえませんわ。
親愛なる魔王様はおっしゃっていました。
魔王様の眷属となった者は、死さえ超越する存在に昇華すると。
うふふ。
そうですわ、そうですわよ。
お忘れになりましたの?
わたくしは不死身の肉体を与えられ、超越者となったことを!
ほんの少しでも、この男に日和ってしまった自分が情けないですわね。
名も知らぬ男。
ハイドで闇に潜み、じっくりと時間をかけて君を観察していましたの。
スキル持ちなのは、一目瞭然。
とても驚きましたわよ。 勇者ジークの剣捌きが赤子に見えてしまうほどでしたわ。
この男の剣の太刀筋が、あまりにも速すぎてまったく見えなかったのですから。
だから、考えましたのよ。どうすれば確実に勝つことができるのかとね。
メメル・フロストは石橋を叩いて渡るくらい慎重な女ですのよ。
脳筋バカの集まりである王宮騎士団、そしてイケイケの勇者達とは違いますの。
わたくしは自分に有利な状況を作り出すため君にこっそりデバフを重ね掛けし、ゆっくりとスキル能力を低下させていきましたの。併せて金縛りの呪文も詠唱したのですわ。
作戦は大成功。
すべて上手くいきましたの。
わたくしの思惑通りでしたのに、変な色気を出してしまったせいで、千載一遇の好機を自ら逃してしまったのは不徳の致すところ。
眷属だの性奴隷だのと考えず、この男の剣を手にした時、すぐ心臓めがけ突き立てていれば殺せたのに。
まぁ、今さら悔いてもしょうがありません。
これから改めて名も知らぬ男を殺せばいいのですから。
わたくしの絶対的有利な状況は、何ひとつ変わっておりませんの。
それは、君が一番お分かりになっているでしょう。
さぁ、殺して差し上げますわよ。
名も知らぬ色男くん。
♢♢♢
【必ず殺すですって? その台詞はわたくしが言うことですわよ!】
〘ブスッ!〙
わたくしは、手に持った魔杖をおもいっきり地面に突き刺しましたの。
【うふふふ。せめてもの情けですわよ。最期は自分の剣で貫かれて死になさい】
地面に落ちていた剣を再び拾い上げ、この男の心臓に狙いを定めた時でしたわ。
名も知らぬ男が笑いながら、からかうような口調で言いましたの。
「あっははは。カリンの刀は危険だぞ。彼女は聖女なんだ。お前みたいなアバズレ女が二度も触ったら怒り心頭だ。気をつけろよ! お前の身に何かが起こるぞ!」
口角を上げて笑う男。
【はぁ? 何を言っているのですの? 本当に低脳は救いようがないですわ。さて、わたくしの可愛い眷属達! お待たせ致しましたわ! 今からあなた方のお仲間の仇討ちですわよ!】
〘ギー! ギー! ギー! ギー!〙
皆さん、嬉しそうに飛び回っていらっしゃるから、こちらまで嬉しくなってしまいます。
【うふふ。本当に可愛い子達ですわ。わたくしが今からこの男をぶっ殺して差し上げますの。そのあとは皆さんでゆっくりと死体をお食べになってくださいまし】
「いつまでドブ臭い口臭まき散らしてんだよ。 殺るなら早く殺れ、ゴブリンの性奴隷が!」
【このクソガキ! 今すぐ殺してやるわよ!】
わたくしが、名も知らぬ男の心臓に剣を突き立てる瞬間、それは起こりましたの。
〘ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ〙
【ぎゃぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ】
それはまさしく雷が体の中を駆け巡るような激痛であり、わたくしは悲鳴を上げることしかできなかったのですわ。
♢♢♢
「だから、言っただろ? 気をつけろよって」
黒こげになり、ピクリとも動かないメメルに声をかけるが、もちろん返答はない。
スキルにもメメルの反応はなかった。
「……死んだか。本当にバカな女だよ、お前」
ほんの少しだけ目を閉じ、黙祷を捧げた後に哀れみの気持ちを込め、俺はそんな言葉を口にした。
――この刀はあなたを助けてくれるよ――
「ありがとう、カリン。本当に助かったよ」
俺の中で確信があったのだ。絶対にカリンの刀が助けてくれる。
聖女カリン・リーズが助けてくれると。
流石に雷撃でメメルを仕留めてしまったのは想定外だったけど。
少しわがままを言わせてもらうと、この刀に魔法耐性があったら良かったのになと思う。
そうすれば、俺はデバフにかかることもないはずなんだけど、それを言い出してしまったらキリがない。
三聖のスキルは、魔法耐性など当然のように基本スキルにあって、デバフを余裕で跳ね除けそうだよな。ははは、羨ましいよ。
「おっ! よし、動くぞ」
魔術師メメルが死んだことにより、デバフが解けて体が元通り自由になる。
〘カラカラカラカラカラカラカラカラ、ギー! ギー! ギー! ジー! ジー! ジー!〙
メメルという主を亡くし、眷属として様々な感情のこもった鳴き声を周囲に響かせ、仇討ちを誓うコウモリの魔物達。
俺は刀を拾い上げると鞘に納めた。
「さぁ、来いよ! 決着をつけようぜ!」
奴等の覚悟がビリビリと伝わる。
だけど、それは俺も同じなのだ。
勝負は一瞬で決まるだろう。
〘チンッ!〙
俺が鯉口を切る、次の刹那。
〘〘〘〘ジー!!〙〙〙〙
14匹のコウモリの魔物が、一斉に攻撃してくる。
〈剣技〉と〈疾風迅雷〉、俺は二つの固有スキルを同時に発動させた。
――14斬撃乱れ斬り。
〘ザシュッ!!〙〘ヒュン!〙〘カチン!〙
コウモリの魔物達を一瞬のうちに斬り捨て、血振りをした後に、納刀する。
〘ボトボトボトボト〙と音を立てながら、地面にコウモリの魔物達の亡骸が落ちていく。
「ふぅ、コウモリの魔物42匹駆逐完了」
こうして、俺とコウモリの魔物達との戦いは日の出とともに終わった。
新しい一日が始まり、新たな戦いが始まる。
♢♢♢
[ドクン、ドクン、ドクン、ドクン]
あー、やっと心臓が動き出しましたわ。
うふふ。わたくしは超越者であり、不死身の肉体を持つ淑女ですの。
おっほほほほ!
あんなとんでもない雷を食らったら、普通に死にますわよ。
ま、生き返ったから良しとしましょう。
こんな黒こげにしてくれちゃって、どうしてくれようかしら。
黒こげのわたくしは、お嫌いでしょうか? 親愛なる魔王様。
はっ! そうですわ! 思い出しましたの!
魔王様は、おっしゃっていました。
次代の魔王を孕む女を探していると。
その大役を担うことができるのは、この世でメメル・フロストしかあり得ないのですわ。
必ずや魔王様の御子を、謹んで孕ませて頂きます。
うふふ。黒こげなわたくしですが、たくさん可愛がってくださいまし。
お願い申し上げますわ。
…………よくも、よくも、よくもわたくしをまっ黒こげにしてくれたわね! もし魔王様に愛想を尽かされたら、どう責任取ってくれるのかしら?
それだけじゃ、ありませんことよ!
よくもわたくしの可愛い眷属達を斬り捨ててくれたわね!
はー! 必ずぶち殺して差し上げますのよ!
名も知らぬ男、許すべからず!
♢♢♢
「いつまで死んだふりしてんだよ、メメル」
俺は、黒こげでうつ伏せに倒れているメメルに向かって、自分でも驚くくらいに冷淡な声で言い放つ。
【ガキンチョが! またデバフをかけてやろうと思っておりましたのに!】
のっそりと立ち上がる魔術師メメル。
トンガリ帽子はどこかに吹っ飛び、着ていた服はビリビリに破けて黒こげ。
赤毛のクリクリした長い髪は、チリッチリのチリチリに焼けて短くなり黒こげ。
魔物化した証しの青い肌もこれまた黒こげになっていた。
【よくもまっ黒こげにしてくれましたわね! 死んでも許しませんわ!】
お前をまっ黒こげにしたのは、俺じゃない。
カリンが顕現した刀だぞ。
聖女様がやったようなもんだ。
だがな、これからお前を殺すのは俺だよ。




