第33話 眷属
文字数:3071字
勇者パーティー。
勇者ジーク、拳闘士ライル、弓士バークレ、そして魔術師メメル。
大陸を統べる王様の守護者にして王宮お抱えの冒険者として名を馳せていた四人は、人々の憧れの存在だった。
――魔王軍、大陸最北端に現る。
予期せぬ魔王軍の襲来によって大陸は危機的状況に陥ってしまうが、人々には希望があったのだ。
<勇者パーティーが魔王軍を撃退してくれる>
しかし、人々の希望はあっけなく潰えた。
あの夕刻の空に映し出された勇者パーティーの成れの果てを、人々は目撃することになる。
――勇者パーティー全滅。
サキュバスの肉欲に溺れ、その生涯を終えた勇者を始めとする拳闘士と弓士の男達。
魔術師の女はゴブリンに輪姦されていたが、快楽の虜になると我を忘れて嬌声を上げる。
さらに、胸糞悪くなるゴブリンによる余興。
そんなものを見せつけられた人々の絶望は、きっと計り知れない。
だけど、今のこの状況を知ることになれば、絶望を遥かに凌駕する悪夢と感じるに違いないはずだ。
――魔術師の女が、魔物化している現実を。
♢♢♢
木の倒れる音が止まった。
レインがいるところまで、まだかなり距離があるけど、さっきより精度の高い探知ができると思った私は、目を閉じて神経を集中させる。
「……っ! 14!?」
なんと驚いたことに、魔物の反応が42から14になっていたのだ。
凄いよ、レイン!
高レベルの魔物のはずなのに、たった一人で28匹も駆逐するなんて。
魔物は何なのかな? ……コウモリ!?
コウモリの魔物までいるの?
犬、狼、猿、熊、鷲、鷹の六種とハヤブサにコウモリか。
いったいどのくらいの動物が、魔物化したのだろう。
馬車の屋根の上で、私は考え込む。
……ま、どんな魔物でも関係ないかな。
だって、聖騎士スキルに敵はなし!
この時、バカな私は安堵してしまったのだ。
残り14匹のコウモリの魔物も、レインなら楽勝で駆逐できると。
「ゲイルさん、ガスさん。もう大丈夫ですよ。レインが余裕で魔物達を駆逐しちゃってます。急ぐ必要がなくなったので、馬車の走る速度を落としても平気です」
私はここに来るまでの道中で、二人に現在の状況説明を済ませていた。
「本当っすか! さすがレイン殿っすよね!」
御者のガスさんの腕はピカイチで、二頭の馬の手綱を徐々に強く引いていくと、馬車の走る速度はみるみる落ちていった。
「このクソ野郎のノータリンが! もっと丁寧に速度を落とせ! へなちょこ! エミリー様が不快になるような手綱捌きをするな!」
(まーた始まった、ふふふ)
状況が好転したのを実感できるゲイルさんの話し方。
私がレインの状況を事細かに説明した時、いの一番に自分達二人を置いて、すぐ助けにいくべきだと言ってくれた。
料理もできない、御者もできないけれども、私達にとって必要不可欠な存在の人。
ゲイルさんとガスさんのバカな掛け合いを、この指定席で聞くのはとても気分がいい。
あとは愛しき人レインが戻ってくれば、万事OKって感じだ。ちゃっちゃとコウモリの魔物達を駆逐して、早く戻って来てよね。
「フン♫ フフ~ン♫ フ~ン♫」
私は曙の空に向かって、鼻歌を口ずさむ。
――今この時この瞬間。
魔物化した魔術師の女が、レインの目の前に姿を現す。
魔王の眷属となった魔術師メメルが駆使した上級魔法によって、私の聖騎士スキルはこの女を探知できずにいたのだった。
♢♢♢
いつから、そこにいたんだ?
拍手の音がして、声をかけられる今の今まで魔術師の女の存在に気づけずにいたのだ。
スキルが示していた反応は、コウモリの魔物の14だけだった。
でも、今は違う。
魔物化した魔術師メメルの存在を、スキルははっきりと認識している。
いったいどういうことなんだよ。
今の状況に戸惑いを隠せずにいた俺に、聞き覚えのある艷やかな声で話しかけてくる女。
【うふふ、こんばんは。あっ、わたくしったらダメですわよ。おはようでございますわ】
(人ならざる女……)
夕刻の空に映し出されたあの場面が、脳裏を掠める。
〘バキッ!〙
【このわたくしが挨拶してるのですよ! 挨拶くらい返しなさい! 今のは躾の一貫です。次からは気をつけるようにね。うふふ】
魔術師が持つと言われる魔杖で、俺の顔面を殴りつけると口元を手で隠し、気色悪い笑い声を上げた。
「ぐっ」
身体強化も何もない状態で、こめかみを殴打された俺は、視界に激しく火花が散る。
もう俺の体はほとんど動かないが、最後の力を振り絞って両足で地面を踏ん張った。
(最後の意地だ。死んでも立ち続けてやる)
歯を食いしばり、こめかみから流血している俺の様子を見て、ニヤニヤ笑っているメメル。
体が動かなくなった今、自分にできることは怒りの感情を込め、こいつを睨みつけるだけ。
(魔術師メメル、生きていたのか)
勇者ジーク、拳闘士ライル、弓士バークレが死んだのは火を見るより明らかだった。
魔術師メメルの生死。
これについては不明のままだったが状況的に死んだと思われていた。
だが、生きていたのだ。
人間としてではなく魔物化した姿となって。
(人間が魔物化するとこうなるのか)
メメルを睨みつけながらそんなことを考えていた。
その姿は、黒を基調とした胸元を露わにする儀礼服、丈が短めのスカートとの組み合わせで派手なものとなっていて、魔術師の証しなのかトンガリ帽子を斜めに被り、古木の魔杖を手にしている。
【そんなに見つめないでください。わたくし、興奮してきちゃいます。うふふ】
今、俺の真正面に立つメメルが魔物化したと断言できる理由は、変わり果てた容姿にある。
赤毛のクリクリした長い髪、一重の細い目にわし鼻、少し厚めの唇は以前と変わらないが、 決定的に変わったところがあった。
――青く染まった肌。
それはもう血の通った人間のものではない。
まさに魔物化した証しなのだ。
♢♢♢
【わたくし、君に怒っておりますの。なぜだかお分かりになりまして?】
魔術師の女の言葉使いは丁寧だったが、怒気を含んでいるのは明白だ。
俺の目の前までゆっくり歩いてくると、刀を拾い上げて怨念のこもった目で見つめている。
【君がこの剣を使って、わたくしの可愛い眷属を斬り殺しましたわね。本当に許せませんの。皆さんもそう思いますわよね?】
〘ジー! ジー! ジー! ジー!〙
メメルの言葉に対して、コウモリの魔物達が呼応する。
【けれど、すぐに殺してしまうのも惜しい気が致しますわ。君はとてもお強くて、わたくし、びっくりしてしまいましたの。 デバフをかけていなければ、可愛い眷属が大変なことになっておりました】
そう言ったメメルが、刀を地面に投げ捨てて手に持った魔杖をまるでとまり木のように前へ構えると、一匹のコウモリの魔物が飛んできて慣れた感じでぶら下がる。
魔杖のコウモリの魔物を、愛おしそうに眺めながらメメルは言う。
【この子達は、わたくしの生き血を吸って眷属になったのですわ。他の魔物とは格が違いますのよ。それを君は難なく斬り捨てました。驚嘆に値するとはこのことですわね。うっふふ、君をわたくしの眷属にしたいと思っておりますの。性奴隷としても重宝して差し上げますわ。さぁ、どうなさいますか?】
眷属? 性奴隷? ふざけるのも大概にしろって感じだ。そんな提案を受けるわけがない。俺の答えは決まっている。
「断る」
【うふふふ。まぁ、予想通りの答えですわね。君の目を見れば分かりますもの。でもね、君は知らない。人間をヤメる素晴らしさを知らないからそう答えるのですわ。わたくしは魔王様の眷属となり、すべてが変わりましたの!】
俺の中のもう一人のオレが、静かに目覚めるのだった。
―もうすぐお前と会えるのか? 倉木鷹也―




