第32話 拍手
文字数:2952字
鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス。
コウモリの魔物達が攻撃してこないのなら、こちらから攻撃させるように仕向ければいい。
〘チッ、チッ、チッ、キュル、キュル、チッ〙
「ふん! 見てろよ! お前らが余裕かまして呑気にぶら下がっている木を全部ぶった斬ってやる!」
サムライスキルの固有スキルは三つある。
剣技、疾風迅雷、抜刀一閃。
元々〈剣技〉は覚醒状態にあり、〈疾風迅雷〉と〈抜刀一閃〉が次々に覚醒していったという感じだ。
俺は刀に手をかけて、斬るべきものに視線を走らせる。
大小様々な木々が生い茂る森林地帯。
コウモリの魔物達がぶら下がっている木は、巨木と言っても過言ではない。
木をぶった斬ると声高らかに宣言した俺が、それを実行するために発動させる固有スキルは〈抜刀一閃〉一択だ。
――抜刀一閃。
〘ザンッ!〙
聖女カリン・リーズが、俺のためだけに顕現してくれた刀と固有スキルは相性抜群。
奴等がぶら下がっている巨木をいとも簡単に斬り倒す。
俺は四方八方にそびえ立つ巨木を辺り構わず刀で切断し、木々を薙ぎ倒していく。
青々とした緑の葉が擦れ合って〘ガサガサ〙と音を鳴らし、巨木がぶつかり合い〘ガリガリ〙と音を立てる。
そして、あちらこちらから耳慣れぬ甲高い音が響き渡るのだった。
〘カラカラカラカラカラカラカラカラカラ〙
コウモリの、ましてや魔物化したコウモリの鳴き声の意味なんて分からない。
だけど、こいつらがカラカラと鳴き出したのを耳にした時、俺はほくそ笑んだ。
〘バサッバサッ〙
初めて聞くコウモリの魔物達の羽音。
「あははは。お前らがぶら下がる木がどんどんなくなっていくよなー!」
〘カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ〙
今、奴等の鳴き声は警戒心と苛立ち、それと敵対心の表れなのだ。
〘バサッバサッバサッ、バッ!〙
とうとう待ち望んでいた瞬間がやってくる。
〘〘ジー!〙〙
黒きコウモリの魔物が二匹、雄叫びにも似た鳴き声を上げ、俺に向かって突っ込んできた。
「来い、コウモリ野郎ども! 俺はこの瞬間を待っていたんだ!」
♢♢♢
〘ドーン!〙
遠くで何か大きな物が倒れる音がした。
〘ドーン! ドーン! ドーン! ドーン!〙
地響きのような音は止むことなく続き、私達三人がいる場所まで振動波が伝わってくる。
「これ、何の音っすかね?」
馬車の御者らしく、興奮して取り乱す二頭の馬を落ち着かせるため「ホー、ホー」と声掛けをしていたガスさんが不安そうに言った。
「分からん。たぶん木が倒れている音だと思うが確証はない」
時と場所問わず〈このクソ野郎〉から言葉を話し始めるゲイルさんが、普通な感じでガスさんに答えていたので、私は驚いて目を丸くする。
〘ドーン! ドーン! ドーン!〙
あまりにも続く地響きを不審に思った私は、この異常な状況の原因が何なのかを探るべく聖騎士スキルで状況確認を試みた。
かなり遠方で苦労したけど、地響きの原因が分かった時、私の心臓がドクンと跳ね上がる。
「二人とも急いで馬車に乗ってください!」
「「えっ?」」
ゲイルさんとガスさんは、私の言ったことが理解できず呆気に取られていた。
そんな二人をよそに、馬車の屋根の上の指定席に飛び乗るともう一度神経を集中して状況確認を試みる。
(魔物の反応は42。レベルはハヤブサの魔物より低い。でもチンケな魔物じゃない。それが42匹。ここから〈天颯雷〉を放つのは無理があるから、少しでも近くに行かないとダメだ。どうしてレインはレベルの高い魔物とばっかり戦うことになるのかな。待っててね、私がすぐ行くよ)
「ゲイルさん! ガスさん! ほら、急いで! 早く行きますよ!」
「「はいー!」」
♢♢♢
〘〘ヒヒーン!〙〙
二頭の馬の鳴き声が、東雲の空に轟く。
先程より東の空は明るくなっていて、やがて日の出を迎えるだろう。
〘ガラガラガラガラガラガラガラガラガラ〙
いつもより明らかに早く回転している木製の車輪の音が、今の私の焦燥感とリンクしているみたいだった。
〘ドーン! ドーン!〙
どんな理由で木が倒れているのか分からないけれど、地響きの音を発している場所にレインと何かの魔物がいる。
(レイン! 今、行くからね!)
こんな時、聖女のバカ女みたいな転移魔法が私にもあればなと思ってしまう。
フルフルと左右に首を振り、あいつを羨んだ自分を否定する。
あんな女に負けない。絶対に負けたくない。
――ジレンマ。
私には、あるジレンマがあった。
聖女が託宣したサムライスキル。
バカ女らしい低レベルなスキルとバカにしていた。
けれど、ハヤブサの魔物との戦いを見てから自分の考えを改めた。
底が知れない恐ろしいスキルだと思った。
そのサムライスキル所持者が、愛しき人だという現実が私を苦しめる。
レインが強くあるのは、とても嬉しい。
それがカリンの託宣なのが、とても悔しい。
レインを守れるのは私だけ、他の誰でもない私だけと思っていたのに、バカ女も形は違えど守っていることになるのだ。
きっとカリンに感謝しているはず……。
〈スキルを託宣してくれて、ありがとう〉
〈刀を顕現してくれて、ありがとう〉
〈俺を守ってくれて、本当にありがとう〉
そんなのイヤ!
カリンに感謝の気持ちなんて伝えないでよ。
ありがとうなんて言わないでよ。
私だけ。
私だけがレインから感謝の気持ちを伝えられ、ありがとうと言われるの。
他の女、ううん、バカ女カリンだけは絶対にダメだから!
ふん! 託宣が何よ! 聖女スキルが何よ!
バカ女のスキルなんてクソ喰らえって感じ。
私は、私のスキルだけで戦っていく。
一騎当千、最強の聖騎士スキルでね。
レイン、安心して。
もし、あなたより強い敵が現れたとしても、大丈夫だからね。
私があなたを苦しめる敵を殺してあげる。
レインを守ることができるのは、聖女カリンじゃなく聖騎士エミリーだけだもん。
♢♢♢
「クソッ!」
あれ? おかしい。
体が思い通り動いてくれない。
〘チッ、チッ、チッ、チッ、キュル、キュル〙
「この野郎!」
コウモリの魔物達が、また俺を小馬鹿にする鳴き声を出し始めた。
〘バサッバサッバサッバサッバサッ〙
いつでもお前を殺れるぞと誇示するためか、けたたましい羽音を立てながら、まるで嘲笑うかの如く俺の周りを取り囲むように飛んでいるのだ。
スキルが示すコウモリの魔物の数は、14。
俺は固有スキル〈剣技〉と〈疾風迅雷〉を発動させ、奴等を難なく斬り捨てていた。
それなのに、突如として自分の体が思い通り動かなくなる。
「何でだよ」
つい先程まで、奴等がどんなに速く動こうが止まって見えていた。
だが、今はどうだ? 目にも止まらぬ速さで空中を飛来し、俺の刀は虚しく空を斬るだけ。
どうやら吸血コウモリが魔物化したらしく、こいつらの攻撃方法は単純に咬むだけなので、何とか深手を負わず刀で防御はできていた。
しかし、もうすぐ体が動かなくなる。
そうなったら最後、俺は死ぬだろう。
時間は有限、その時は刻一刻と迫っていた。
「……ここまでか」
〘パチパチパチパチパチパチ〙
死を覚悟し、力なく刀を地面に落とした時、誰かが拍手をした。
【うふふふ、人間諦めが肝心ですわ。あなた、潔くて素敵ね。わたくしの性奴隷にしちゃおうかしら】
「…………」
カリン、君の予想は外れたな。
魔物化するのは、自然界にいる動物だけとは限らない。
人間も魔物化する。




