第30話 赤鬼
文字数:2843字
大陸中央に存在するダンジョン。
俺の視線の先に見える魔物達。
本当なら、森林地帯にいるはずがないのだ。
何で? なぜ? どうして?
ふざけるな!
本来いるべき場所から這い出て、人々を殺し貪り食ったゴブリンとオーク、そしてオーガがエミリー達を襲うべく森林地帯を歩いている。
こんな胸糞悪い現実を打ち砕くため、俺はここにいるのだ。
お前らを駆逐するために。
♢♢♢
「お前らはダンジョンから出てくんな!」
〘チンッ!〙
親指を刀の鍔に掛け、鯉口を切った。
ゴブリン11匹、オーク1匹、オーガ1匹。
スキルが示した魔物達の反応は、地上にいるこいつら13匹だけじゃない。
本命中の本命が後ろに控えているのだ。
(雑兵なんかに時間を取られたくない!)
基本スキルの身体強化〈疾走〉を解除すると同時に、固有スキル〈疾風迅雷〉を発動させる。
(……っ! ま、まさか……あのオーガ……)
ひと際デカい体躯のオーガが魔物達の集団の後方で闊歩していた。
「あいつ!」
俺には身体強化〈暗視〉の恩恵があり、たとえ闇夜だろうが日中と変わらず視認できるので、赤鬼を見間違えることはない。
「ここで会ったが百年目、殺してやる!」
怒りで頭に血が上ってしまい、冷静さを欠く自分がいたがすぐに自制する。
「冷静になれ、レイン。奴は逃げないだろ? まずはゴブリンとオークを駆逐する。その後はお前だ! 必ずぶっ殺してやる!」
俺はニヤリと笑い、口角を上げたのだった。
♢♢♢
こいつらは夜目が利くのか分からない。
でも、それはあまり重要な話じゃない。
どちらにせよ、こいつらは…………。
――俺を見ることができない――
緑色のブツブツした肌、大きく裂けた口からよだれを垂れ流すゴブリン達。
ギラつく目で周囲を見回し、尖った耳をピクピクさせ、意味不明な言語を喚き散らしながら歩いていた。
【∃∅∆∈∀∂∝?】
【ギ! ∀∂∃∅∌∆∈】
そのゴブリン達に向かって、手にした棍棒をブンブン振り回し、ブヒブヒ言って追い立てていたのがオーク。
豚ヅラの口元からは鋭く長い牙を剥き出し、自然界の豚がそのまま魔物化したような肌色の体躯を左右に揺らしながら、〘ドスンドスン〙と音を出して歩いている。
魔物達の集団の先頭を歩く、ゴブリン二匹とオークに刀の刃が光る。
【ブヒ! ブヒブヒブッヒー!】
【∆∑√∈∋∃∀≯∅?】
【ギー! ∝∑√∈∅∂】
〘ズバッ!〙
【∇∆∃∂∌……―――】
〘ブシュー!〙
【ブヒ?】
【ギ? ∈¥∑∌……?】
まさに言葉通り、奴等の目に見えない速さでゴブリンの首を刎ねる。
突然、前を歩いていた奴の頭がぽとりと地面に落ち、首から血しぶきが舞い上がる様を見ることとなったゴブリンとオーク。
奴等は何か声を発していたが、俺はすかさずゴブリンに袈裟斬りを放つ。
〘スバッ!〙
〘ブッシュー!〙
斜めに斬り裂かれた奴の体から、辺り一面に赤い血が飛び散った。
(はい、ゴブリン二匹駆逐完了。次はお前だ、ブタ)
心でそう呟いた俺は、次の標的オークに狙いを定め、すぐさま斬りかかる。
刀を上段に構え、一気に振り下ろす。
〘ズバッ!〙
オークの頭に唐竹を放った瞬間、縦一文字にブタの体が真っ二つに裂けた。
いったい今の自分達に何が起きているのか。
そんなことを考える暇など与えず、こいつらに死を与えるため、俺は刀を振るったのだ。
「次!」
サムライスキルの固有スキル〈剣技〉。
俺は〈剣技〉を発動させ、袈裟斬り、左薙、左切上、切上、右切上、右薙、逆袈裟、唐竹、刺突を刀から放ち、次々と残りのゴブリン達を駆逐していく。
――そこはもう血の海だった。
「お前は、一太刀では殺さない」
人間の言葉が通じるなんて思っていないが、それでも俺はオーガに冷たく言い放った。
血の海の中に、一匹だけ立ち尽くすオーガは茫然自失状態だ。
なぜなら。
見えない何かに突如攻撃されたゴブリン達とオークが一瞬のうちに斬殺された。
そして今。
見えない何かが刀を手に持ち、己の目の前にいきなり姿を現したのだから。
「子供達の仇討ちだ! 覚悟しろ! 赤鬼! ぶっ殺してやる!」
俺は声の限り叫ぶと、刀を水平にし、刺突を赤鬼の体躯に繰り出す。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
「死ね、死ね、死ね、死ね、この野郎!」
♢♢♢
忘れもしないあの凄惨な光景。
夕刻の空に映し出された大陸中央で起こった魔王軍による大虐殺。
王宮騎士団だけでなく一般市民までも襲われ、貪り食い殺された。
何らかの理由でダンジョンから這い出てきた四種の魔物。
それと聖女カリン曰く、自然界にいる動物が魔物化した六種の魔物。
こいつらは老若男女問わず、ただ欲望のまま人を喰らうため、無差別に襲いかかるのだ。
だが、一匹の魔物だけが他の魔物達と明らかに違う行動をしていた。
俺は、その魔物を見て思った。
もしかして、こいつは捕食する人間を選んでいるのかと。
ひと際デカい赤肌の体躯、頭に三本の黒い角を生やし、金髪の長めの縮れ毛が妙に目立つ。
そして、太い首には同族のオーガと思われるドクロの首飾りをしていた。
この赤鬼オーガは、幼き子供や乳飲み子を好んで食い殺していたのだ。
怖くて泣き叫んでいた幼き子供達の悲鳴。
今の状況などまったく理解できず、いつものように何かを訴えて泣く乳飲み子。
そんな泣き叫ぶ子達を、あーんと口を開けて満足気な顔で喰らっていく赤鬼。
俺の心臓の鼓動があり得ないほど早くなり、全身を流れる血が一気に沸騰する。
膨れ上がる殺意という名の感情。
――赤鬼よ。
もし、万が一お前と出会うことがあったら、俺が必ず殺してやる。
楽には死なせない。
たっぷり地獄の苦しみを味わってもらうからな。
生まれてきたことを後悔させてやるよ。
♢♢♢
闇に包まれた夜。
俺は赤鬼と出会ったのだ。
♢♢♢
〘ドス! ドス! ドス! ドス!〙
どのくらい刺突を放ったのだろうか。
赤鬼が息絶えようがそんなのお構いなしで、一心不乱に刺突を放っていたと思う。
刺し傷だらけと成り果てた赤鬼の亡骸から、赤い血がビュービューと吹き出していた。
「鬼畜でも血は赤いのかよ!」
子供達の仇討ちを成し遂げた俺は、歓喜の声を上げる。
「赤鬼! 子供達の仇討ちだ! ざまぁみろ! ざまぁ! あはははは! ざまぁみろだ!」
あいつらも同じ目に合わせてやるんだ!
玉木奏と倉木鷹也も同じように殺してやる!
オレが、お前ら二人を必ず殺してやる!
[ズキンッ!]
「ぐっ……な、何だよ……あれ? ……俺は、何を言ってたんだ……何なんだよ、今のは」
頭が割れるように痛くなり、その場で片膝をついてしゃがみ込んでしまった。
「玉木奏と倉木鷹也? 俺が殺したい二人?」
何が何だか分からないけど、ふとエミリーの顔が頭に思い浮かんだ。
「あっ、そうだ。俺がここにいる理由は何だ? エミリーのためだろ? しっかりしろ!」
エミリーのために、少しでも多くの魔物達を駆逐して露払いをする。
今ここにいる理由を思い出した俺は、自分に喝を入れ立ち上がり、本命中の本命の魔物達が巣食う場所に走り始める。
あんな惨劇はもう二度と起こさせない。
絶対にだ。
魔王軍は一匹残らず駆逐すべき奴等だ。
そうだろ? エミリー。




