第28話 曇天の朝(前編)
文字数:3232字
月の光もない闇夜、そして暁はまだ来ない。
その闇夜の中、私は想い人の名を呟く。
「……レイン」
今にも泣き出しそうな顔をしているからなのか、二人の騎士が心配げな面持ちで私のことを見ていた。
いつもそばにいて支えてくれた人がいない。
そんな嘘みたいな現実に直面し、不安な気持ちでいっぱいになってしまう。
(ダメだなぁ、私……ゲイルさんとガスさんにこんな顔させて……)
私にとって、レインがどれほど大事な存在であるかを痛感する。
……ううん、違うでしょ? エミリー。
ずっと前からそうだったよね。
あなたは私の運命の人なのだから。
♢♢♢
闇夜に輝く星たちを眺めながら思う。
8才の頃からだから、もう10年か。
月日の流れなんて、あっという間だね。
――あの日のことを思い出す。
レインと初めて会った日のことを。
忘れもしない曇天の朝、私は一人の男の子と出会ったんだ。
♢♢♢
私の両親は、金髪で目の色は淡褐色。
二人の愛の結晶として生まれた私は、どこをどう見ても黒髪黒目。
その件で一度だけ、両親の仲が険悪になったと聞いたことがある。
母が浮気して、父以外の男の種で妊娠したのではないかと。
気まずい両親が昼夜問わず話し合った結果、行き着いた答え、それは……。
異常体質。
広い大陸において、黒髪黒目の人間など見たことも聞いたこともない。
金髪で淡褐色の目を持つ両親から黒髪黒目の子供が生まれるというのは、きっと私が異常体質だからだとの答えを導き出す。
両親が導き出した答えが正しいのか間違っているのか分からないけど、とりあえず問題解決となったようだ。
こうしてファインズ家の長女であり一人娘、私ことエミリーは両親からたくさんの愛情をもらい育てられたのだった。
♢♢♢
季節は夏。
ひまわりが綺麗に咲き誇る暑い月、私は8才になった。
今年も暑い夏を迎えていた村にとんでもない情報がもたらされる。
〈中央にある高名な治療院から最南端の地に、上級治癒師が遣わされる〉
この情報は、吉報として私達の村に留まらず周辺地域にも瞬く間に広まっていった。
私の両親は、ここで閃く。
異常体質である黒髪黒目の私を、上級治癒師に診てもらおうと。
その日は、曇天の朝だった。
私の気持ちは空模様とまったく同じ。
いったい何がいけないのだろう。
黒髪黒目は、そんなに悪いことなの?
私は何とも言えない気持ちになる。
異常体質と決めつける両親の先入観に嫌気が差していたのもあるし、何より私は黒髪黒目を気に入っているのだ。
得体の知れない上級治癒師に、両親みたいな金髪、そして淡褐色の目に変えられてしまうと思った私は、必死に抵抗する。
「やだ! 私は今のままがいい!」
でも、8才の子供がどんなに抵抗しようと大の大人に敵うわけもなく、私は上級治癒師がいるところに連れていかれる羽目になる。
さすが一番偉い人が遣わされるだけあって、最南端で最も大きい教会が診療場所に選ばれ、朝から大勢の人が押し寄せて大混雑していた。
すごい人混みの中を両親に手を引かれ、私がとぼとぼ歩いていると、一人の男の子と視線がぶつかる。
同い年くらいの男の子は驚いた顔で私を見ていたけど、私はもっと驚いた顔で男の子を見ていたはずだ。
お互い驚くのも無理はない。
なぜなら、私達二人は同じ黒髪黒目だったのだから。
♢♢♢
「えっ? な、名前? 私の? えーっと、エ、エミリー、エミリー・ファインズだよ。き、君は? 何て名前なの?」
緊張するよぉ、心臓がバクバクしてる。
同い年の男の子と話すの初めてなんだよ。
「はぁ? 聞いてなかったのかよ。 俺はお前に名前を聞く前にちゃんと名乗った。それが礼儀ってもんだろ。まったく、しょうがないなぁ。レイン・アッシュだよ、もう一回言うからな、レイン・アッシュ!」
そういえば、そんな名前を言っていたような気がする。
「ははは。レイン君、よろしくね」
「君なんかいらないよ。俺達は同い年じゃん。俺はエミリーって呼ぶから、お前もレインって呼べよな」
「う、うん。わかったよ、レ、レイン」
…………。
なぜ、私はレイン君、いやレインと池で釣りなんかしているのだろうか……。
……あっ、そうだ!
頭が冷静になり、気持ちも落ち着いてきたので、どうしてレインと一緒に池で釣りをしているのか思い出してきた。
何が上級治癒師よ、ヘナチョコじゃない。
私とレインを診たヘナチョコは、首を傾げることしかできなかった。
私達が黒髪黒目になった原因を再び調べたいから、夕刻まで教会に残れと偉そうに命令するイヤな人。
私の両親とレインの両親は、同じ黒髪黒目の子供を持つ親として意気投合。
夕刻に私達二人を迎えにくるからねと言って帰ってしまう。
余りある時間を潰すため、教会の近くにある池で釣りを始めた私とレイン。
うん、完璧に思い出したよ!
突然、レインが独り言みたいに話し出した。
「俺は異常体質なんかじゃない……黒髪黒目がそんなにおかしいのかよ……他の人と違うのがそんなにいけないのかよ……俺は普通だよ……他の人と同じ普通の人間だ」
レインの悲痛な言葉を聞いた瞬間、私は胸が熱くなり涙が溢れ出そうになった。
隣にいる男の子も悲しみや苦しみ、そして怒りと何とも言えない気持ちを抱えていると思ったからだ。
私とレイン。
同じ気持ちと黒髪黒目を持つ二人。
曇天の朝。
私はレイン・アッシュと出会ったことで、この空模様みたいな憂鬱な気持ちが消え去り、雲ひとつない晴れやかな気持ちになる。
私は確信する。
レイン・アッシュは、私の運命の人だと。
♢♢♢
暑かった夏も終わり、実りの秋を迎える。
毎年迎える季節だけど、今年は一味も二味も違う。
私は、これから村の学校に通うことになる。
16才までの8年間、勉学に励むのだ。
楽しみすぎる8年間。
それはなぜかというと、レインと同じ学校に通うことになっているから。
私はレインと出会った日、この男の子はエミリー・ファインズの運命の人だと確信した。
そこに恋愛感情なるものがあったかと言えば、正直ない……はず。
同志や仲間または家族という間柄がしっくりするし、ずっと一緒にいる人と思ったからだ。
一年、二年と過ごす時間を共有していく中、自分の気持ちの変化に戸惑うことが多くなる。
同志? 仲間? 家族?
あれ? ……私は……レインが好……き?
男の子から男に成長していくにつれ、容姿が大人びていくレイン。
そんな彼を見て、ドキドキと胸が高鳴る。
……ち、違う! ……そうじゃない!
私は、気持ちの変化も胸の高鳴りも気のせいだと自分で自分を納得させる。
……だけど。
ある事件がきっかけで、自分の本当の気持ちを無理やり誤魔化していたと知ることになる。
♢♢♢
今現在、私は花も恥じらう15才。
レインじゃないけれど、私も容姿が大人びていくのは自分でも感じていて、特に身体の変化は顕著に表れ、他の女子達より身長や胸が成長していた。
私自身は自分をそんな風に思っていなかったのに、男子達から「かわいい、綺麗、美少女」との褒め言葉をたくさん言われるようになる。
容姿を褒めてくれるのは、とても嬉しいし、正直悪い気はしない。
悪い気はしないが、何とも思っていない人に褒められるより、褒めて欲しい人に褒められるのが一番嬉しいと思う。
……あの無愛嬌であるレインは、私の容姿を褒めたことなんて一度もない。
まったく、ちょっとは褒めろって感じだ。
今すぐにでも、褒めてくれる人達の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい気持ちだけど、レインは一ヶ月ほど学校を休んでいる。
レインのご両親は漁師さんだから、魚が大量に取れる繁忙期になると家族総出で漁をするのだ。
私を含め、多く生徒が家業を手伝うためという理由で学校を休むことは多々ある。
けれど、レインみたいに一ヶ月も学校を休んで家業に従事する人はいない。
「……はぁ」
ここ最近、ため息ばかりついてしまう。
レインと会えない日々が続き、死ぬほど辛く淋しいはずなのにそれを意地でも認めようとしない私がいる。
「レインなんかどうでもいいもん」
――この日だ。
この日、私を襲う忌まわしい事件が起こる。
後編に続く




