第27話 約束
文字数:2670字
交易路か。
綺麗に整備されていた教会騎士団の補給路に比べると、悪路と言えるだろう。
まっすぐな一本道で道幅は広く、その両端は青々と木々が生い茂り、それはまるで木の壁に挟まれているかのようだ。
こちらからは木々の中を視認できないけど、木々の中からは丸見え状態になっている俺達の馬車。
待ち伏せ攻撃を仕掛けるには絶好の場所だと思うが、魔物達にそんな知能はないはず。
何より俺とエミリーはスキルによって、敵を探知できるのだ。
余程のことがない限り魔物達に不意を突かれ、後手に回る心配はない。
――不安要素。
不安があるとするなら、やはりゲイルさんとガスさん、それと馬たちを守りながら戦うことか……。
…………。
仮に敵襲があった場合、俺はどのように動くべきか、ひとり考えていた時だった。
ポンと俺の肩に手が置かれる。
その手は柔らかく、とても温かい。
視線を向けるとエミリーの笑顔があった。
「ひとりで何から何まで抱え込まないでよね。レインひとりじゃない、私もいるよ」
「!!」
……ははは。
うん、そうだった。
こんなに心強い味方はそうそういないよな。
「もちろん、聖騎士様に期待しております」
俺とエミリーはお互いに顔を見合わせると、馬車の屋根の上で声を出して笑うのだった。
♢♢♢
夕刻までそれなりの時間があるはずなのに、周囲は少し薄暗い。
森林地帯の木々が、陽の光を遮っている。
明るいはずなのに薄暗い。
何か釈然としないが、そんなの深く考えてもしょうがない。
俺は気持ちを切り替える、そして大事なことを思い出す。
「あっ、そうだ!」
馬車の屋根の上から少し大きめの声を出し、ゲイルさんとガスさんにある場所について質問する。
「この森林地帯に丘があるんです。スギの木が三本ある小高い丘です。その場所に心当たりはありませんか?」
〘〘パッパカ、パッパカ、パッパカ〙〙
小気味よく蹄の音を鳴らして走る二頭の馬。
馬たちの手綱を握るガスさんが言う。
「スギの木が三本ある小高い丘……あそこしかないっす。そうっすよね、隊長」
珍しく決まり文句を言わないゲイルさんが、ガスさんの問いに頷く。
「まだかなり距離はありますが、交易路の右側に小高い丘が見えます。丘の下は沼だったはずです」
「そう、そこです! 間違いありません!」
俺とカリンは、小高い丘から魔王軍先遣隊を確認した。
今、監視隊が目指すべき地である小高い丘の場所が判明したのだ。
「魔王軍先遣隊の場所が判明っすね。ははは、やったっす。俺達やったっす」
「このクソ野郎のノータリンが! てめぇが見つけたわけじゃねーから! やりましたね、レイン殿。場所が分かればこっちのものです」
「はい、ゲイルさんとガスさんが一緒で本当に良かったです」
俺達が硬い握手を交わし喜び合っていた時、一人の女が言った。
――バカみたい。
聖騎士エミリー・ファインズの冷たい声が、俺達三人を凍らせる。
「何がバカみたいなんだよ、エミリー。魔王軍先遣隊の場所が分かったんだよ。お前だって、嬉しいだろ?」
なぜエミリーがそんなことを言ったのか、理解に苦しむけど、喜んでいる俺達に水を差した口ぶりが気に食わなかった。
馬車の屋根の上、エミリーが凛として立つ。
それから腕を組み、俺達を見下ろしながら、こう言ったのだ。
「あのね、魔王軍先遣隊の場所を云々する必要ないでしょ。私、ううん、私とレインのスキルがあれば、先遣隊のいる場所なんて簡単に判明するじゃん。600匹を超える魔物がいるならスキルが反応するよね。私達は何にも考えず、ただ交易路をまっすぐ進んでいればいいだけ。それだけでいいの」
「「「……っ! …………た、確かに……」」」
俺、ゲイルさん、ガスさんは、小一時間ほど俯いて口をきくことができなかったのだった。
♢♢♢
陽もすっかり沈み、夜の帳が下りる。
馬車を交易路の左端に寄せ、巨木を背にした格好の場所で野営することになった。
俺達は火を起こし暖を取り、ガスさんの料理に舌鼓を打ち、それから各々が寝床に入る。
見張りは、俺とエミリーの交代制だ。
理由は単純。
スキル所持者だけが魔物を探知できる。
この森林地帯において、いつ魔物が現れてもおかしくはない。
ゲイルさんとガスさんには悪いけど、二人に見張りを任せられないのだ。
スキル所持者がもう一人いてくれれば、夜の見張り番は楽になると思うが、それを言っても意味がない。
俺とエミリーでやっていくしかない。
まず最初の見張り番は、俺が志願した。
――その夜は、異様なほど静かに感じた。
動物や虫の鳴き声などが一切聞こえない。
本当に無意識だった。
俺は、刀に手をかける。
♢♢♢
〘コンコン〙
馬車の扉をノックする音が聞こえる。
ノック音が2回ほど続き、私は目を覚ます。
見張りの交代の時間ではない。
でも、ノック音は今も鳴っている。
(レインだよね?)
寝巻き姿でレインの前に出るのは少しだけ恥ずかしかったので、祭服を肩に羽織り扉を開けると目の前に愛しき人が立っていた。
「どうしたの? レイン」
――見張りの交代まで、まだ時間あるよね?
レインの顔を見た私が、そんな言葉を言えるはずがない。
その顔に見惚れてしまうくらい、真剣な表情のレインが私に視線を向けている。
「エミリー、すぐ鎧を着て戦闘準備を。魔物達がここに来る」
「えっ?」
聖騎士スキルに魔物達の反応はない。
「レインのスキルに魔物達の反応があるの?」
「……ないよ。ないけど、間違いなく魔物達がここに向かって来てるんだ。俺を信じてくれ、エミリー。今、この時間も惜しい」
「……分かった。すぐ準備する」
私の言葉を聞いたレインの顔が笑顔になる。
馬車の扉を閉め、私は自分が戦うための準備を始めた。
黒の祭服に袖を通し、白銀の鎧を身に着け、真紅のマントを纏い、そして最後に聖剣と神剣を帯剣する。
「よし!」
私は掛け声と共に扉を開け放つ。
「「エミリー様」」
私の名を呼ぶゲイルさんとガスさんが、眼前にいた。
二人の騎士も白銀の鎧を身に着け、刺突剣を帯剣している。
(あれ? おかしいな)
ここにいるべき人が見当たらない。
「ゲイルさん、ガスさん。あの、レインは? レインはどこにいるの?」
二人の顔が暗く沈む。
ゲイルさんが苦悶の表情で私に言った。
「レイン殿から伝言です。〈エミリーは、約束を必ず守れ。俺は、俺にできることをしてくる〉」
〈ひとりで何から何まで抱え込まないでよね。レインひとりじゃない、私もいるよ〉
もう! 私の話を聞いてないの?
クソ真面目男! エッチ! 女たらし!
レインの悪口を言った私だけど、思うことはたった一つだけ。
「ちゃんと無事に帰って来てよね、レイン」
私は、あなたとの約束を必ず守るから。




